★MAIN★
□すれ違い
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一方、リークは城務委員のアルバイトの面接で、5階の門谷衛の部屋で待機していた。王族には珍しく質素な部屋で、ベッドとクローゼットと書斎と鏡しかない。
(城務の人が面接するかと思ってたから、普通の制服で着たんだけど)
どうやら衛自身が面接を担当するようだ。制服以外の礼服を持たないリークは、彼が来る前から萎縮している。
(まずいなぁ…)
辺りをきょろきょろと見るリーク。落ち着かない様子で、衛を待っている。しばらくするとドアを開く音がしたので、慌てて一礼する。
「ほ、本日城務委員の面接に来ましたリーク・クリフトと申します!」
すると、頭上からくすくすと笑い声が聞こえる。そこにいたのは、衛ではなく衛の息子である佐伯和純だ。顔を見上げると急に恥ずかしくなって、顔を赤らめるリーク。
「す、すみません。てっきりお父様の方が担当なさると…」
「ごめんね。お父様は急用が出来たみたいだから、僕が代わりに来たの。えっと城務委員の面接に来たんだね。ということは、クラスAー2の城務科所属かな?」
「違います。剣士科所属です」
すると、目を細める和純。
「珍しいね。剣士科ならモンスターハンターのアルバイトを希望する生徒が多いはずなんだけど」
和純の言う通り、クラスメイトはほとんどモンスターハンターのアルバイトをしているし、そちらの方が給料も高い。
「弟から昨日、そちらの募集のチラシを貰いました。だから、面接を受けに来ました」
すると、穏やかな顔から一変して、真剣な顔つきになる。
「じゃあ一つ質問するね?あくまでもアルバイトとして、城務委員を選んだのか将来、僕の妹を支えるために選んだのかどっちかな」
つまり、学生時代だけのアルバイトか、生涯玲奈を仕えるための目的のためにアルバイトを手段として選んだのか聞いているのだ。7年前行方不明になった自分の母親を親身になって探してくれた玲奈のために恩返ししたいという気持ちがどこかにあった。もちろん、弟ばかりに金銭面の負担を掛けられないというプライドもあったが。
「後者の方です。女王には数えきれない恩義がありますから」
「となると、騎士団に入るつもりだね?」
「はい」
すると、より一掃深刻な顔つきになる和純。
「今は平和になったこともあって、アルバイトから騎士団に入る子は少なくなってしまったんだ。もちろん、君のように妹を仕えたい気持ちはあっても激務に耐え切れず、そのままフェードアウトしていく子もいるとお父様から聞いた。もちろん、君は僕らと同じ場所で、戦った戦友だからその心配はしていない。けど、万が一動けなくなった場合、どう責任をとる?」
まだ15にもならない少年相手に、重大な選択をさせる和純。これは妹の玲奈に対して本当に仕えたいかを問い質すための手段だ。リークは唇を噛み締めて、握り拳をつくる。
「その選択次第で、採用するかしないかが決まると言っても過言じゃないですよね?」
目を見張る和純。このような返答のされ方は初めてだ。もっとも騎士団志望の生徒でさえ、それを答えられないかもしくは、諦めさせてしまうのだ。
「どうやら、君は頭も切れるようだね。そうだよ。君の言う通りだ」
「なら、答えは1つです。もしやめるとすれば、それは彼女自身が僕が仕えるのを拒否する時。そして僕が死ぬときです」
その瞳に偽りはない。だが敢えて厳しい言葉を投げかける。
「拒否する場合、死ぬ時。なるほど、そちらからやめるという選択はないみたいだな。だが、そんなに甘いものではない。妹の心の闇が分からないうちは」
(心の闇…!?)
目を見開くリーク。どういうつもりで、和純が言ったか分からないのか怪訝な顔つきになる。すると、苦笑された。
「ごめんごめん。今のは忘れて。ついむきになって言ったことだから。大丈夫。しっかりとした意志は聞いたし、嘘を付いてるとは思えないから採用する。ふふふ、驚いた?」
「急に口調が変わるから、びっくりしましたよ。ところで、いつから働けばよいのでしょうか」
「そうだね。あらかじめ君から貰った希望リストを参考にして、シフトを考えたけど、明後日の夕方5時から夜の9時半までで、城門の門番の仕事をお願いするよ。ちなみに服装はスクールの制服を上下着て来てくれたらいいよ。ご苦労様、今日は帰っていいよ」
「分かりました」
一礼し、リークは部屋を出ようとすると和純に呼び止められた。
「ところで、フラットの件だけど、彼薬学研究科に試験を受けるんだって?」
「いえ、医学科に変更したようです」
フラットの名前にかちんと来たが、こちらの私情なので、努めて冷静に返す。
「薬学研究科なら、ジパンクの中川淳先生が詳しいよ。彼は薬専門の医者だから。会ったら伝えてあげて」
「すみません。フラットとは会うつもりは毛頭ありませんので」
「まさか、フラットが中川透先生に住み込みで働くと言ったのは、君と喧嘩したのが原因?」
顔を逸らしながら、頷くリーク。
「本当は、その前から決めてたみたいですけど、喧嘩が契機であいつは家を出ました」
「引き止めなかったの?」
「あいつの意思はそんじょそこらじゃ変わりません。それに…」
「それに?」
「いや、なんでもありません。言っておきますが、僕はそちらに住み込むつもりはありません」
言おうとしていたことを、先に言われて苦笑せざる得ない。
「残念だな。君ぐらいなら時間があるなら毎日働いてほしいぐらいだけど」
「すみません」
「分かった。それは僕が無理矢理勧めることじゃないしね。じゃあ帰っていいよ。僕の方からフラットに、君を城務委員に採用したって伝えておくから」
「ありがとうございます。それでは失礼します」
もう一度一礼して、リークは今度こそ部屋から出た。すると、偶然通りかかったフラットと目が合った。
「聞き耳立ててたのか。やることが卑怯だな」
「いや、偶然通りかかっただけだよ。緊張したんじゃない?面接」
「べ、別に普段通りだよ」
「ふうん。あ、そうだ。ルナ受かってたよ」
「嘘だろ?」
ルナがメイドに採用されたことに対して耳を疑うリーク。
「だって今日、メイド服着てたの見たもの。ところで、兄さんは受かったの?」
「ま、まあな」
ルナの件で動揺したが、それを悟られたくなくて曖昧に返事する。
「よかったじゃん。大好きな女王の目の前で仕事できるんだからさ」
微かに微笑むフラットに、リークは悪戯な笑みを返す。
「とか言って、フラットもルナと一緒の職場で働けるんだろ。階も近いことだろうし。生憎、俺は門番だから女王はお目にかかれないさ」
「それは気の毒に…」
「言っておくけど、ルナには言うなよ?俺達が喧嘩しっぱなしのこと」
「もちろん、僕に言う義務はないね。それより、ルナに叩かれたんだって?」
眉を潜めて、死角に入る場所に連れ込むフラット。プライベートな面を他の臣下達には見せたくないようだ。
「まあな。あいつも短気だよな。あんなんでメイドやっていけるのかよ」
「心配しなくても、頑張るつもりだよ?画材を集めるために働くんだって」
「誰かさんのためにだろ?へぇへぇ、仲の良いのを見せつけやがって。俺への当てつけか」
「悔しかったら、優しくしたらいいじゃん。そんな様子だと女王にも愛想つかれちゃうよ?」
「ああ言えば、こう言う。お前と会ったらつい喧嘩したくなるくらいイライラする」
その言葉をそっくりそのまま返したかったが、それではリークの思う壺だ。フラットは反論もせずにただリークの次の言葉を待つ。
「そうか。お前もそう思ってるのか。なら、城内でもスクール内でも、話しかけるなよ?」
「兄さんがそうしたければ、どうぞ」
そう言葉を残し、リークの目の前から去るフラット。その瞳はリークも見たこともない、冷徹な瞳ですべてを拒絶する瞳をしていた。
(そう言うように仕向けたのかよ。つくづく腹の立つ弟だよな)
しかし、ここに留まる理由もないので、さっさと城をで、元来た道を辿って自宅へ帰っていった。その様子を3階の階段の窓から眺めていたフラットは、珍しく舌打ちをした。自分から拒絶していてなんだが、リーク自身もフラットを疎ましく思っていたのは事実だ。フラットがクリスタルキャッスルに働いているのは百も承知だし、アルバイトの件も拒否権はあったはずだ。
(となると、やはり女王に気があるのか…)
わざわざフラットのいるこの城に働く意味は、そこしか見つからない。すると、休憩に入ったルナが、フラットの顔を覗き込んだ。
「どうかなさいましたか?クリフト先輩。怖い顔なされてますが」
ルナの声で、我に返るフラット。
「あぁ、いきなり話しかけないでくれ。それよりクロフォード。仕事は終わったのかい?」
「はい。明日から本格的な仕事に入ります。それに明日はスクールの入学式ですから、支度をしなさいと赤井先輩から言われました」
「じゃあ支度をしておいで?」
それでも、動かないルナ。つまり準備を済ませてきてから、ここにやってきたのだろう。
「ここだと怪しまれるから、散歩に行こうか?メイド服を着替えておいで」
「そうですね」
「門限は?」
「夜9時までです。赤井先輩がそうおっしゃいました。着替えてきます」
ルナは一礼すると、急いで3階の寝室に行き、普段着に着替えて、奈々の了解を得てからフラットの元に戻ってきた。そして2人は、城を出て近くにある城下町に行くことにした。
「初メイドの感想は?」
「うーん。何もかも初めてで大変でした」
すると、くすくすと笑うフラット。
「何かおかしい点でも?」
「いや、今はさあプライベートだから普段通りでいいんだよ。ルナ」
「なーんだ。そういうことか。てっきり言葉遣いがおかしくて笑ってたと」
2人で顔を見合わせて、笑い出す。
「そういえば兄さん受かったみたいだよ。もしかしたら仕事場で会えるかもよ」
すると笑顔が途端に消えるルナ。
「会ったとしても、向こうは私のこと嫌いだから意味ないよ。それに…スクールのファンクラブの先輩達に目をつけられちゃうんだって。赤井先輩が言ってた」
「幼なじみだって、言えばいいじゃない」
「多分、向こうは信じてくれない。仕方なく私の上司をしてるけど、敵意剥き出しだった」
その言葉に、頭を悩ませるフラット。
「君の上司を頼んだのは、僕なんだけど。彼女もファンクラブの子だったのか。ごめん、配慮不足だ」
「ううん。フラットくんのせいじゃないから気にしないで」
「ルナ、例え上司でもいじめられたら僕に言ってね。上司を変えてあげるから」
すると、首を横にふるルナ。
「そんなことわざわざしなくてもいいよ。私もそこは考慮するから。ね?フラットくんは自分のことに専念して」
年下ながら、自分を気遣うルナに申し訳なく思うフラット。
「私の意思で、メイドをしたんだよ。そこまでお世話になったら意味がなくなるわ」
「でも、無理しちゃだめだよ。ルナは頑張りすぎるところがあるからね?」
「友人としての忠告?」
ルナはまだフラットが自分に気があると疑っているのだ。この際、自分の本当の好意の矛先が誰に向かっているか言いたかったが、リークの件もありむしゃくしゃするのも嫌だったので、そこは伏せた。
「そう、君の一番古い友人からの忠告」
「ありがとう。優しいねフラットくんは」
「誰にでもではないからね?」
さりげなく言ったつもりだが、ルナには完全に自分に好意があると誤解されたみたいで、怪訝な顔つきをされる。
「フラットくん、友人としての好きって本当?」