★MAIN★
□仕打ち
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翌朝、ルナは奈々に起こされて寝ぼけ眼のまま制服に着替えた。
「もう!貴女は早く寝たにも関わらず、なんでそんな寝起きが悪いのよ!!」
耳に響く怒声で頭が痛くなりそうになったが、軽く流して髪を整える。
「あの…赤井先輩は入学式には…」
「行かないわよ。私はこれから仕事。ほらさっさと行きなさい」
奈々にせかされて、寝室を出る。他の寝室のメイド達もルナと同じ制服に着替えている。
「お、おはようございます」
ルナの声を遮るように話を始める。
「今日、リーク先輩来るんだって!」
「本当?おめかしした甲斐があったわ!」
「あ、あの・・・」
メイドの1人が一瞥をくれると他のメイドはルナを通り過ぎる。ルナはその不思議な光景に首を傾げる。だが、フラットの出現によりいっこうにどうでもよくなったようで、笑顔で彼を出迎える。
「おはようございます!フラット先輩」
「おはよう。クロフォード」
仕事中ではないが、公的な施設内のため敬語で話すルナ。
「あれ?他の人たちは?」
「急ぎのようでしょう。みなさん行かれましたよ?」
「おかしいな。入学式までまだ2時間以上あるのに」
「ま、いいじゃないですか。ほら食堂に行きましょう」
ルナたちは従業員用の食堂に入る。すると一斉にルナが注目される。メイドの新人はルナ以外にもいるはずだ。目新しいのだけならこんなにも注目はされない筈だ。その証拠に少女達のまなざしは明らかに敵意が含まれている。それに気づいたフラットは、そのまなざしをそのままそっくり敵意で返す。すると少女達も目を逸らした。どうやら、フラットの残酷な目つきが自分達の敵意が気づかれたと勘付いたのた。
フラットは敵意を含む視線が減ったと確認してから、足を進める。
「行こう」
「う、うん」
空席だった奥のテーブルのに椅子座ると、フラットは、難しい顔をしていた。
「何か考えごと?」
「そ、そういうところかな…」
フラットはルナに気付かれように周りを見渡す。いくら彼が視線返しをしても、先輩方もいるので、通用しない輩もいるようで、明らかにルナに敵意剥き出しの視線を送る。彼女は感ずいているのだろうか。相変わらず欠伸をしながら、テーブルの中央に置かれたバケットのパンに頬張る。
いくら、ルナでもこんなにも、剥き出しの敵意を感じていたなら、おめおめとパンなんて食べていられないだろう。
「早く食べないと、なくなっちゃいますよ」
「う、うん」
差し出されたパンを受け取ると、急いで口にする。
「にしても、皆さん厳かですね。誰一人として会話をしてない」
「…そ、そうだね。珍しいなぁ。いつもなら賑やかなんだけど」
自分に対して向けられた視線を感じていないかもしれないが、この異様な空気はフラットでさえ嫌な予感がする。コーヒーを飲むと席を立つ。
「え、もう行かれるのですか?」
「ま、まあね。ほらクロフォードも行くよ」
手を引かれて、ルナは食堂を出る。誰もいないことを確認すると、足を止める。フラットは眼鏡を外してから、ルナの方へ向いた。いつもと違う真剣な顔つきに、思わず緊張する。
「ルナ。もしかしたら目をつけられたみたい」
「え!?」
昨日、リークと会話してた際に誰かの視線を感じていた。
「これはあくまでも僕の予測なんだけど、昨日君と兄さんが喧嘩してたじゃない。その現場を見た人間が兄さんのファンクラブだったとしたら、それを見たという事実を周りに話し出した可能性がある」
「だから、あんな目で私を見てたんだ」
どうやらとっくに気付いていたようだ。
「分かってたの?」
「分からないとでも思った?でも、そんなこと気にしてちゃおいしいごはんもまずく感じちゃうわ」
ご飯に重点を置くルナに、クスクス笑うフラット。昔からどんなことが起こっても、食事を大切にする彼女だった。いくら、スリムになってもあの頃のままだ。そう思うと笑えてきたのだ。
「分かってるよ。リークくんに近づくな。だよね。大丈夫、向こうが相手にしなければ意味ないから」
「………」
だとしても、ファンクラブの女子達の結束力は強い。ルナ1人では対処しきれない問題に直面するかもしれない。リークはそういう思いをさせたくなくて、彼女から離れたのだ。だが、フラットはそんなリークから、ルナを託されたのだ。
「ルナ」
「なあに?」
「兄さんのことで、何かされたら絶対言うんだよ?自分だけで対処しようなんて思わないでね?」
「も、もちろんだよ。フラットくんにはなんでも話してきたじゃん」
リークに好意を抱いてはいるが、相談事は決まってフラットに話していた。的確なアドバイスをしてくれる彼に対して絶大な信頼をおいていた。
穏やかな風を感じると、スクールに足を進める。ジパングエリアとは違い街路樹に桜の木は、見掛けることはない。だが、微かに香る春の香りが、2人の鼻孔に突き抜ける。
「あぁ、いい天気」
「そうだね」
あっけらかんとした口調とは対照的に、浮かない顔をするフラット。
「気にしないで。フラットくんが、私のために頭を悩ますのは嫌だわ」
「別にいいじゃない。友人として心配なんだもん…」
「私、フラットくんが好きだったら良かったのかな。でも、フラットくんを困らせるんだろうな。それはそれで」
「………」
急に黙り込むフラット。どう言葉を掛けてやればいいか、分からないルナは、足を進めるしかない。
本当のことを言えば、フラット自身も同じことを考えていたのだ。もし自分がルナを好きでいられたなら、これから彼女に降り懸かる災難も、避けられたのだ。
「ごめんね。フラットくん」
「う、ううん。ルナがもし僕を好きだったら、それはそれで嬉しいよ」
「玲奈さんよりも?」
彼女の名前を言われて、目を見開くフラット。だが、何もなかったのようにスクールに向かう。
スクールに入ると、正門に建つ教師達がそびえ立っている。フラットは一礼する。ルナも慌てて一礼する。
「お、おはようございます」
「うむ。入学おめでとう」
「ありがとうございます」
もう一度一礼すると、ルナとフラットはそれぞれの教室へ向かう。ルナは、D棟の靴箱を開けようとすると、鍵が掛かってるため開かない。
(他の靴箱は鍵なんて掛かってない)
手続きの際貰った靴箱の番号をもう一度確認する。だが、その鍵の掛かった靴箱が彼女の番号なのだ。いつまでもここに立ち止まってはいられない。ルナは竹串で鍵をピッキングして、靴箱を開けた。
だが、開けた瞬間鋭い痛みが走ったのだ。なんと、取っ手全体に画鋲が貼り付けられている。背後から、せせら笑いが聞こえてくる。振り返ると、慌てて気配が消えていく。ルナは律儀にもその画鋲を全部取ってから外靴をそちらに入れた。そして痛む右手を押さえながら、上靴にはきかえる。
そして1階のD−2の教室に入る。突き刺さるような視線を感じつつ、なんとか自分の席に座るルナ。すると、女子達がわざとルナに聞こえるように陰口を言い出す。
「あらやだ。裏金で入ったクラスメイトと一緒に授業を受けるなんて私聞いてないわよ」
「たまにいるのよね。分不相応な人って」
「なにあれ、田舎臭いわね。化粧の仕方すら知らないのかしら」
「そんな人がリークと釣り合うだなんて思うなんて思うほうがお門違いよ」
「そうそう暗黙の了解なのにね」
男子はルナから目線を逸らしている。女子達の仕打ちが怖いのか、手を出せずにいるのだ。
(クラスAじゃないから、安心してた)
しかしD組は総合クラスなので、元クラスAの生徒もいる。つまりメイドのバイトをしていれば、ルナの情報も筒抜けなのだ。だが、学校で仲間外れにされていることは慣れているルナ。この程度では精神的なダメージを受けはしない。
ルナはさも気にしていないように、窓を眺める。朝練終わりのリークが見えた。すると会話してた女子達のほとんどが、窓から覗き込み、リークに歓声を上げる。
「リーク!!」
「こっち向いてー!!」
「今日は花柄ワンピースですのよ」
D棟だけでなく、他の棟の女子達も黄色い歓声を上げる。これがファンクラブの威力なのか。しかも、リークは満更でもない顔で、手を振る。すると歓声がより一層大きくなる。騒ぎが大きくならないように各教室の教師達が急いで止めに行くが、もはや聞く耳を持たない。
「ここはコンサートでも、ライブ会場でもねぇんだよ!お前ら」
いきなりの怒声に、ルナのみならずD−2クラスの女子達がそちらに視線を向ける。
「学校という場所をわきまえろよ!」
しかし彼女達は一向にその声の主を見付けられないでいる。なぜなら彼女達はてっきり体育科の先生が注意しにきたのかと思い、視線を上に向けたからだ。ルナは、その声の主と目が合う。
『おや、偶然ですね。ルナ』
彼女だけに分かるように口パクで話す。ブロンドのパーマヘアで、瞳が空色の人物だ。
『あ…』
漸くクラスメイトも彼を見つけたようだ。しかし、誰もが目を疑った。野太い声の持ち主は、車椅子に乗った小柄な男だったからだ。
「分かればいいよ。初めましてD-2の担任になりました。藤波です」
すると、女子達は彼の存在を無視して会話を続ける。どうやら姿を見て、自分達には敵わないだろうと見做したからだ。
「あ、会話してくれて構いません。僕の授業を聞きたい人だけ、聞いてください。全員に聞いてもらおうだなんて思ってませんから」
女子達の姿に全く動揺もせずに、淡々と話を続ける藤波。以前から度胸のある人間だと思っていたが、そんな姿を見ると改めてそう思う。
「新入生の方は、分からないことがあったら、先輩方に聞いてくださいね。それではHRでまた会いましょう」
そう言うと、車椅子を首の振りだけで動かして教室を去る藤波。ルナはすぐに彼を追いかけた。
「ふ、藤波さっ…」
「ここでは先生です。またお目にかかれて嬉しいですね。随分と大きくなりましたね」
以前彼には、絵の構成についてアドバイスしてもらったこともある。
「先生…ど、どうやって授業するんですか」
歯に衣を着せぬ言い方に、苦笑する藤波。足はもちろん手首も腕もろくに動かせないような彼なのだ。至極もっともな質問だ。
「私はただ絵にエッセンスを加えるだけです。実際に黒板に字を書くのは、無理でしょうから、口答での授業になります」
しかし、それでは生徒達が聞く耳を持つのだろうか。技術を磨くための特級クラスなのに、彼のやり方はそれと真逆へ行く。
「もちろん不本意な生徒もいるでしょう。今のように話を聞かない生徒もいるでしょう。いつの時代にもいるんですよそういう生徒は。でもね、私は1人でも耳を傾けてくれる生徒のために教鞭をふろうと決めたのです。ルナがその生徒だと、嬉しいですね」
「わ、私がんばります!」
「その意気です。そろそろ入学式が始まりますね。体育館まで一緒に行きませんか?1人だと迷っちゃうんで」
ここのスクールの入学式は、着任式も同時に行われるのだ。
「わ、私も1人だと心細いので一緒に行きましょう」
2人はD棟を出て、体育館のあるB棟へ向かう。奇妙な組み合わせにリークのファンクラブの女子ならず、他の生徒達も怪訝な視線を向ける。
「先生…」
「ふふふ。皆さん化け物でも見たような顔してますね」
リークの件については知らないだろう。彼は純粋に自分に向けられた視線について感想を述べているだけだ。
「気にしないでください。私は慣れてますから」
「お強いのですね。先生は」
するとゆっくりと手を胸に当てる藤波。
「強くなったのです。彼女のおかげで」