★MAIN★

□仕打ち
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「香純さんですか?」

キラリとひかる左薬指を見て、彼と香純が結婚したのだと気づく。

「えぇ、背中を押してくださったのは彼女です。おや、いけない。ここで一度お別れですね。私は教師側の席に行きますので貴女は、体育館前で待機しておいてください」

すると、ルナは一礼する。藤波はポーカーフェイスから優しい笑みを浮かべてから、裏の扉へ行った。ルナは、ただ1人のDクラスの入学生だ。またリークとフラットを覗いて、クリスタルキングダムに友人はいない。楽しげに会話する同学年達の中で1人、ただ体育館の門が開けられるのを待つ。

故郷の最果ての町からこの国に来た時も1人だったが、今感じる疎外感と孤独感は比ではない。もしそばにリークやフラットがいてくれたなら、そんな思いをしなくても済むのに。そう思った矢先、体育館の門が開けられた。在校生の拍手が鳴る。けれど、フラットと藤波を除いては、自分の入学を歓迎してはいない。もちろんリークだってそうだ。前に進もうとすると、不意に足を引っかけられて、盛大に転んでしまう。

「あーら、ごめんなさい。足癖が悪いもので」

ルナは笑顔で交わすが、内心はわざとやったにちがいないと感じていた。このスクールも、前にいた分校と同じ。自分を歓迎する者はいない。そう思うと何のために入学したのか分からなくなる。

席に座ると、ルナの両隣だけ空席だ。他の席は皆満席だったので、欠席者だろうと思っていたが、該当者は前後に詰めて座っていた。予期はしていたが今日は、不愉快なことが起こりすぎている。やはりフラットの言うとおり目をつけられた結果がこれなのだろうか。そう思うと悔しくて仕方がなかった。

入学式が始まる。だが校長の話も、来賓の話も全くルナの耳には通らなかった。すると、座席を後ろから思いっきり蹴られた。

「前見えないんですけどー!?」

その声の持ち主は、明らかにルナより身長が高い。それに座高だってある。明らかに因縁をつけてきたのだろう。だが、それにいちいち構ってられない。ルナは小さい声で謝罪して前を向いた。何度も何度も席を蹴ってくる。それでもルナは耐えたのだ。教師は気づかないのだろうか。それもその筈、彼女達は彼らの目を盗んでしていたのだ。実に巧妙なやり方で。

それでもなんとか入学式が終わると、ルナは他の生徒と共に退場する。退場する途中、フラットと目が合った。彼に悟られたくなくて、笑顔で通り過ぎた。そしてDー2教室に戻る。すると、やはり敵意の眼差しがそこらじゅうから突き刺さるのだ。

「泣いて帰るかと思った」

「まだ、分からないんじゃない自分の立場」

その言葉からして、年上の彼女達が新入生を利用して、因縁をつけさせたのだろう。リーク1人のためにそこまでするとは、信じられない。

「それにさぁ、今年の担任ハズレだよねー」

「せっかく、特級クラスに受かったのにさぁ、あれじゃあ木偶の坊だよね」

「そうそう。あいつが教師になるんだったら、わざわざ寝る間も惜しんで試験勉強するんじゃなかった」

自分だけの悪口ならなんとか耐えられる。だが、絵師としても戦友としても尊敬する藤波を悪く言われるのは堪らなく悔しい。だが、それを口に出せば間違いなく藤波も自分と同じ目に遭うに違いない。だから、ルナは下を向いてただ下唇を噛むことしかできなかった。

しかしそれが災いとなったのか、1人の女子がルナの顎を持ち上げたのだ。

「なに、何か文句でもあるの?新入りのくせに」

「…あ、ありません。ただ目にゴミが入ったみたいで」

「あんたに口答えする権利はいいの。分かった?」

「は、はい…」

ルナの態度に満足したのか、彼女を解放する。しかし敵意は収まるどころか増すばかりだ。こんな教室早く抜け出してしまいたい。そう思った矢先に、藤波が教室に入ってきた。

「今日は授業もありませんので、これで終わりです。それではさようなら」

生徒達はすぐに教室を出ていった。だが、ルナは藤波をじっと見つめている。握られた拳から血がにじんでいることを発見すると、車椅子を進めた。

「見せてください。右手」

有無も言わせぬような静謐な言葉。だが、ルナは頑なに見せようとはしない。勘のいい藤波なら何が原因でそうなったか分かるかもしれない。それだけは避けたい。自分のために心を痛めてほしくない。

「化膿して使い物にならなくなっても、よろしいのでしょうか」

その言葉を今の彼が言うと、説得力がありすぎる。彼は二度と絵も描けなくなった体なのだ。ルナはしぶしぶ右手の拳を開いた。すると手の平中血で真っ赤に染められて、絶句する藤波。それもその筈、藤波はこう見えて血を見るのが苦手なのだ。

ルナはハンカチでその血を拭う。すると、画鋲で刺されたところが赤い点となりそこからまた血が出てくるのだ。

「念のため保健室に行きましょう」

「大した怪我じゃないですから…」

「いいから、ついて着なさい」

握力がほとんどないにも関わらず、藤波の手を振りほどくことができないルナ。仕方がないのでA棟の保健室に向かった。保健室に入ると、保健医とリークがいた。思わず目を逸らすルナ。リークは一度ルナに視線を向けたが、すぐに藤波へ行く。

「藤波波瑠那だよな?あんた」

「教師の名前を呼び捨てで言うのは感心しませんよ。リーク・クリフト」

「あ、そうだ。そうでした。着任式の時で見ました。あの、傷が痛むんですか?」

藤波は未だに痛み止めがなければ生活が出来ないほど、体中傷だらけなのだ。

「いえ、今のところは大丈夫です。それよりリーク。君は?」

「朝練の時に指の皮がめくれて血が出たのです。最近の練習はきつくて」

右手人差し指の手の平も血豆が出来ている。

「練習もほどほどになさいね」

保健医は、呆れたようにリークに言う。

「分かってますって先生。それでは俺はこれで」

リークは最後まで、ルナに話し掛けずにそのまま保健室から退室した。保健医はルナの手の平を見て絶句する。

「先生、応急処置をお願いします」

「え、えっとこの子は?」

新入生だから、顔見知りではないのも頷ける。

「ルナ・クロフォードです。Dー2美術科の一年生です」

「あぁ、新入生ね。入学早々大変な目に遭ったわね」

ルナの右手の血を水道水で流し、消毒液を含ませた脱脂綿を患部に当てる。痛烈な痛みに眉を歪ませるが、我慢するルナ。そして消毒が終えるとガーゼを当てられ、包帯を巻かれた。

「よし、これで終わり。ところでなんでそんな目に遭ったの?」

「………」

「理由ぐらい言えるでしょ、13にもなるんだから。もしかして私には話しづらいこと?」

それに見兼ねた藤波は適当な理由を言うことにした。

「キャンバスを画鋲で額に貼り付けようとした時に、画鋲を入れてたケースを落としてしまい、拾おうとしたらすべって大量の画鋲に突き刺さったみたいです。彼女、おっちょこちょいなところありますから」

とって付けたような話だが、保健医は目を見開いた。

「あらそうだったの。これからは気をつけてね」

「はい。手当てありがとうございました」

「保健医だからね」

「先生、ありがとうございました。では失礼します」

藤波とルナは保健室を出て、図書館に向かった。2人共、特別そこに用事はなかったが、静かな場所を探していたので、目指したところがたまたま一致しただけだった。


図書館に着くと、藤波とルナは他の生徒から見えない奥の部屋の椅子に座ることにした。藤波の場合車椅子に乗ったままなので、ルナに体を支えてもらいながら椅子に座る。

「さっきはありがとうございました」

藤波の機転で、直接的な理由を言わずに済んだのだ。それはルナにとって有り難かった。

「いえ、何か言いづらそうでしたので、ついでしゃばりましたが、あれでよかったですか」

「はい」

すると、藤波はゆっくりとテーブルを掴みながらルナの方へと、身を乗り出す。

「先生…?」

「この学校にはファンクラブというものがあるのですね」

リークのことだ。

「誰から聞いたんですか?」

怪訝な顔つきになるルナ。

「聞かなくても、あのような光景を見れば嫌でも分かるでしょう。それにしても、リークは凛々しくなりましたね」

「そうですか?荒々しくなったなら分かりますけど」

「あの容貌なら、ファンクラブがあってもおかしくはないでしょう」

確かにルナもそのことに関しては、否定しない。

「ですが、彼が見えるたび歓声を上げられては他の生徒にも迷惑ですし、授業をしている先生方にも迷惑です。そして何より彼が迷惑でしょう」

「いえ、彼は満更でもなさそうですよ。笑顔で先輩達に手を振ってましたから」

そうだ。リークは歓声を上げる少女達に嫌な顔をするどころか笑顔で手を振っていたのだ。

「ルナ。ファンクラブは時として危険なのですよ?」

自分に対してなされた仕打ちを彼はもう知っているのか。そう思うと背中に冷たい汗が流れる。

「これは、ジパングの話ですが、芸能人。とくにアイドルなどにはファンクラブがいます」

「アイドル?」

「こちらではそういう立場の方はいらっしゃらないのですか?」

アイドルそのものの単語を初めて聞いたようで、しきりに首を傾げるルナ。

「じゃあ…人気者と言えば分かります?」

「それは分かります」

「その人気者が異性だった場合、ファンクラブに所属する彼ら彼女達の一部は、いつのまにかファン以上の心理を抱きます。つまり恋愛感情で見てしまうのです。そうなると他のファンに対して尋常でない敵意を抱くようになります。そうなった場合、他のファンはどうなるか分かりますか?」

「嫌がらせを受ける…でしょうか」

「そうです」

彼はルナの傷がファンクラブの一味の仕業だと知っているかのように話を続ける。

「そうならないように、共同戦線を貼るファンもいるでしょう。しかしその人気者に近づく同性がいたら、その敵意は1人の時より倍になります。自分達が戦線を貼ってるがために」

「つまりリーク先輩に近づくなと言いたいのですか?」

「もし、君に万が一のことがあったら困りますからね」

(もうその災難に巻き込まれちゃったんだけど…)

「とにかく、彼女達のほとぼりが冷めるまで私と一緒にいましょう」


その話をルナ達の見えないところで聞いていたリークは、藤波に対して尋常でない敵意をあらわにする。その気配に気づいた藤波は時計を見るふりをする

「おっと、すまない。今から会議だ。ルナ、君は真っすぐ帰りなさい」

「わ、分かりました。さようなら先生」

ルナは手を振り、そのままスクールの門をくぐり抜けた。それを見送ると優しい眼差しからポーカーフェイスに戻る藤波。

「そこにいるのは、分かっています。顔を出しなさいリーク」

気配を消したつもりだったが、敵意までは隠せていなかったようで、ふて腐れた顔で、顔を見せるリーク。

「何のつもりですか?」

「何のつもりですかって?俺が彼女の護衛を任せたのはあんたじゃない。フラットだ」

「護衛?ファンクラブからの護衛?」

自分で墓穴を掘ってしまったようだ。ならば仕方ない。リークは誰もいないことを確認すると、観念したのか口を開いた。

「その通りです。見たでしょう?彼女の手の平の傷。あれは画材なんて歓迎ない。先輩達が仕掛けた罠です」

「分かっているなら、何故声を掛けない」

急に敬語が消える藤波。
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