★MAIN★

□仕打ち
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「声をかけたらどうなるか、あんたは知ってるだろうよ」

そうリークがルナに声をかけた場合、彼女の災難はより残酷になる。だとしても見捨てる形をとるリークが許せない。

「ならば、ファンクラブの全員に言えばいい。ルナを傷つける奴は許さないと」

藤波の言ったことが、彼女達の前で言えるならこんな回りくどい方法はとらない。

「言えるわけがないだろ。ましてやルナは俺なんかどうでもいいんだよ!!」

「どうでもいい?」

「ルナはフラットが好きなんだよ。あいつが災難にあったのはたまたま俺とフラットがルナの話題をしてたのを、誰かが見てただけなんだ。濡れ衣なんだよっ…」

握りしめられた拳が微かに震えている。

「だから、フラットに護衛を任したんだよ。ルナが傷つくのが俺は一番嫌だったから」

「自分が傷つきたくなかったから。彼女を見て打ちのめされる自分を見たくなかった。君はルナのためとか言うけど、結局は自分のためにしただけだ」

「あんたに何が分かるんだよ!!」

感情が高ぶり、思わず藤波の胸倉を掴むリーク。だが藤波はあくまでもポーカーフェイスを崩さない。

「分かりたくもない。自分の手で大切な人さえ守れない男の心理なんてな」

彼はかつて、死にかけた香純を助け、そして自分の弱き心と闘いぬいたのだ。それを知ってるリークは、何も反論ができない。

「もし、私が彼女に対して好意を抱いてるなら、自分より彼女を優先する。彼女の幸せを最優先する」

「ルナの…幸せ?」

「きっと君は、ルナをいじめから逃れさせたくて避けてたんだろう。でもルナはそんなこと望んでなんかいない。ルナは君がかわらずに話し掛けてくれることを望んでいた」

保健室で見た自嘲的な微笑み。あれは叶わぬ恋心を抱く自分への思いだ。それにルナは何度もリークに視線を投げかけていたのだ。藤波はそれを知ってる。

「あの子は、自分がいじめられたとしても隠し通すつもりだろう。きっと君にもフラットにも言わないつもりだろう。私は…」

「そんなあいつの心の支えになりたいのか。じゃあ、そうしろよ!そうしてよ。俺は卑怯だからな」

去ろうとするリーク、しかしルナはまだ帰っていなかったのか、そこに佇んでいたのだ。

「まだ帰ってなかったのですか?」

「忘れ物取りに来ました」

その彼女の顔はひどく青白い。

「大丈夫ですか?顔真っ青ですよ?」

「思ってたより出血量が多かったみたいで…」

ふらつくルナ。すると、右手だけでなく顔まで傷だらけになっていたのだ。リークはすぐにフラットを呼びにクリスタルキャッスルに向かった。

「とにかく、安静にしてください」

藤波は、ルナを椅子に座らせる。よく見ると額に2ヶ所、頬に3ヶ所擦り傷が出来ていて、膝小僧も擦りむき所々青痣が出来ている。その状態からして、渡り廊下の階段に突き飛ばされたに違いない。

しばらくすると、白衣姿のフラットが図書館にやってきた。

「ルナ、大丈夫?僕だよ」

「うん、分かる」

ルナは儚い笑みを浮かべる。そして、意識が朦朧とする中、リークにおぶられる。

「フラット、診察室は使えるか?」

「うん。今なら使える」

意識が途切れそうになる中、リークの声とフラットの声が聞こえる。城に着くと、リーク達は急いで3階の診察室に向かう。すると、そこには透の姿があった。

「どうしたの?急に飛び出して」

「話は後にしてください。先生、彼女を…」

リークの背中でぐったりとしているルナ。リークはルナを下ろすと、透に土下座した。

「こいつ、俺のファンクラブの奴らにやられたんだ。どうか助けてくださいっ…」

「フラット、できるか?」

「えぇ。兄さん落ち着いて」

「落ち着けるかよっ…」

握りしめられた拳の上に雫だ垂れる。

「ルナは気を失ってるだけ。治療したらすぐに元気になるから」

「その言葉、信じていいんだよな?」

「もちろん」

フラットは、血だらけになった制服を脱がしルナを下着姿にする。するとひざ小僧だけでなく、あらゆるヶ所に青痣ができていたのだ。痛々しい体になって、心が痛む。額の傷を針で縫い、その後体中に付着した血を濡れふきんで拭き取る。固唾を呑みながら見守るリーク。そして打ち身専用の塗り薬を患部に塗り、青い患者服を着せる。大量出血してるため、透から輸血のルートを聞き出す。

「確かにルナはAB型だったな。PDG型でなければ、容易に見つかる」

彼女が持っていたハンカチに付着した血液を、分離器に回す。幸い彼女はPDG型ではないようだ。

「なら、俺の血を使ってください」

自分の腕を差し出すリーク。

「本当にいいのかい?」

「えぇ、こいつがこんな目にあったのは俺が発端ですから」

だからこそ自分の手で助けたい。それは藤波に言われたからでもない。自分の意思に寄るものだ。彼の真剣な眼差しに押されたのか、透は急いで彼の血で輸血することにした。

「でも、言わないでくださいね。俺がルナに血を分けたこと。向こうはフラット派だから」

目を見開くフラット。どうしてそこまで自分の好意を隠す必要があるのだろうか。ファンクラブのことがあるにせよ、彼の思考が双子にも関わらず全く読めない。

すると、ルナが目を覚ました。

「ルナ、気がついた?」

体を起こすと、リークとまた目が合った。ルナはどう言えばいいのか分からないのか、複雑な顔つきになる。

「ここは…」

「診察室。ルナ、貧血で倒れたんだよ」

「…貧血じゃないよ」

貧血だけならこんなに全身が痛むことはまず有り得ない。

「ごめん。君が運ばれた時、血だらけかつ全身打撲だったんだ」

だとすれば、わざわざ忘れ物だけのために図書館に戻るだろうか。

「輸血…」

自分が誰かの血を分けてもらったことを、点滴で実感するルナ。

「私のために申し訳ないなぁ…。ただ階段から滑り落ちただけなのに」

「何かされたわけじゃないんだね?」

「うん。急いで帰ろうとしたら滑り落ちたの。私おっちょこちょいだから」

どうやら嘘をついてるわけではないようだ。とりあえず今回はファンクラブの女子達の仕業ではなかったようで、内心安堵するリーク。

「でも、なんでリーク先輩がいるんですか?」

「たまたま診察室に通り掛かっただけだよ。フラットのやつ深刻な顔つきをしてたから、つい気になって覗いただけ」

「兄さん…」

リークはあくまでも、自分が彼女を背負い、彼女のために輸血したことを隠すつもりだ。

「残念だったね。私で…」

「残念なのはお前だろ。入学式早々ついてないよな」

「まあね、災難続きで、手は怪我しちゃうし転んじゃうし」

「…気をつけろよ」

それが彼にとって掛けられる精一杯の優しい言葉だった。それでもルナにとっては嬉しいらしく、傷だらけの顔で笑みが漏れる。

「ありがとう」

こんな目に遭っても彼女は、自分に笑顔を向けるのだ。その笑顔があまりにも綺麗だったので、不意にドキリとさせられる。

「じゃ、じゃあ俺は帰るわ。夕食の支度もあるし」

ルナに自分の好意を悟られたくなくて、適当な理由をつけるリーク。

「私と一緒にいたくないから?」

「ルナ…困らせちゃだめだよ。兄さんだってやりたいことあるんだから」

「別に俺がお前のそばにいなくたって、フラットがいるだろ?」

その言葉で、彼が自分の好意に気づいてないことを改めて痛感する。だが、もしも本当に玲奈を好きだとしたら、自分の存在は邪魔でしかないだろう。

「そ、そうだよね。リーク先輩も都合があるし、わがまま言っちゃいけないよね」

「やけに物分かりがいいな」

本当は引き止めてほしいのだ。だが、ルナの好意は明らかに自分に向けられてないのだから、期待するだけ無駄だ。

「う、うん。私も大人にならなくっちゃね」

「お前はお前らしくいろよ。大人ぶることもできないんだから」

思わず頭を撫でたい衝動に駆られたが、フラット達が見てる手前そんな行為はできなかった。

「…ありがとう」

それが自分だけのために向けられた笑顔でないと分かっていても、自分のした行為が間違いではなかったと思えた。

「フラット、後で用事がある」

きっと今日のことについてだろう。フラットは去ろうとするリークの腕を掴む。

「なら、用事はここで済ませよう」

まさか、ルナの前であの件について話す気だろうか。

「ルナに明かすつもりか…?」

「自分から引導を渡せば、彼女も諦める。そして兄さんの望んだように、彼女が傷つかずに済む」

「な、何の話をしてるの?」

こそこそ話をしていたつもりだが、ルナには聞こえてしまったようだ。

「ルナ。俺に近づかないでくれるか?」

「女王が好きだから?」

「……違う」

「私が嫌だから?」

次の瞬間、リークは険しくルナを睨んでいる。だが、どこかその瞳は悲しげだ。もっと他の理由があるのかもしれない。

「私が、これからいじめられるのが耐えられないから?友人として」

目を見開く。リークの思惑を手にとるように分かるルナ。やはり好きな人の気持ちも分かるのだ。そのするどい洞察力にドキリとさせられる。

「だとしたら…」

「そうするよ。フラットくんもそう言ってたしね。もしかしたらリークくんにまで害を及ぼすかもしれないし」

自分よりも相手を優先する彼女がいじらしい。けど、罪悪感に耐え切れなかったのか、リークは逃げるようにして診察室を去ってしまった。

「兄さん…」

「にしても、ルナがいじめられる理由ってそんな些細なものだったの?」

彼らのやりとりを一部始終聞いていた透は疑問に思った。

「僕らからすれば些細なものでも、いじめられる側はもちろんいじめる側も大事なんでしょうね」

「だから、リークはルナにあんなことを」

「でも、兄さんがいくらそうしたところで、彼女達の怒りはおさまりません」

「じゃあ、私はずっとあの人達からいじめられ続けるの?」

「………」

ほとんど肯定の意味にしか取れない。フラットはこれからのルナの行く末が、心配になる。

すると、奈々がやってきた。

「クロフォード。ここにいたのね」

フラットは真っ先に奈々がこの件の首謀者だと疑いを掛ける。

「随分と呑気にそう言うね」

冷徹な瞳に怯みそうになるも、ルナの目の前ではうろたえられない。

「ひどい傷だけど、何かあったの?」

「いえ、転んだだけです。心配かけてすみません」

「何かあったの?じゃないだろ。ルナの右手を見て何か身に覚えはないか」

フラットは包帯を巻かれたルナの手を見せる。だが、奈々は首を傾げるだけだ。

「いえ、私は何も」

「とぼけるつもりかい?」

「どういうこと?」

フラットがあまりにも鋭い敵意を向けるので、つい口を挟んでしまう。

「今日、ルナが右手を怪我したのは、彼女の仕業ではないかと踏んでます。もちろん、根拠ならあります。彼女は明らかにルナに対して敵意を持っていましたし、ルナの情報を僕ら以外で知ってる。それに昨日、僕らの話を聞いていた」

「昨日?いつですか?」

「9時すぎ、僕と兄さんは死角になるところで、口論をしてた。その時物陰から人の気配がした。しかし僕らが気づくとその気配が消えた。その翌日、つまり今日。異様に食堂が殺伐とした空気に包まれた。君が言わなければまず、こんなことにはならない。相部屋の君なら皆に、言える筈だ」
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