★MAIN★
□味方
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ほぼ全員メイド達からの冷ややかな視線を感じるが、気にしないようにしてルナは奈々と共に新人メイドのいる、舞踏場の左袖に向かう。
「あらやだ、こんな汚らしい姿で現れるなんて」
「神聖な仕事をなんだと思ってるのかしら」
「本当、朝といい今といい図太い神経してるのね」
「朝のことに凝りてない証拠だわ」
「そういう子たまにいるのよね。肝っ玉があるのか、ただの馬鹿なのか知らないけど」
新人メイドのみならず、メイド達も口々にルナの陰口を言う。それでもルナは毅然とした態度で、そこに立っている。すると、初老の女性が舞踏場に入るな否や、会話がピタリと止んだ。どうやら、メイド長のようだ。メイド長は、ルナ達に近付くと口を開いた。
「初めましてメイドの卵達。今日から貴女達は、私達と共に働きます。最初は戸惑うかもしれませんが、先輩方の指示に従いながら、立派なメイドを目指してください。では、右側の方から、簡単な自己紹介をお願いします」
新人メイド達は、沢山の先輩メイド達を目の前にして尋常でない緊張を感じる。それ故、自己紹介もたどたどしくなり、満足に話せないメイド達が続出し、先輩メイド達はその度にため息をついた。しばらくすると、ルナの番になった。
「別に彼女に自己紹介してもらう必要はありません。私達は皆知ってますから」
先輩メイドの一人が言うと、メイド長は鋭い目つきで彼女を諌める。
「知ってると言われても、私は彼女と初対面です。是非彼女の自己紹介を聞きたいです」
さすがの先輩メイドも、メイド長には敵わないだろう。奥歯を噛み締めて、拳を握りしめながらルナを睨みつけていた。
ルナはゆっくりと前に出て、深呼吸して自己紹介をし始める。
「最果ての町カレンバーから来ました。ルナ・クロフォードです。趣味は絵を描くこと、ご飯を食べることです。この仕事をするのは初めてですが一生懸命頑張ります」
かの先輩メイドだけでなく、同僚となるメイド達や他のメイド達の突き刺さるような視線をものともせずに堂々と言いのけたルナに、奈々は目を見張った。
(この子、ただものじゃない…)
「正直に話してくれてありがとう。そうね、ここの料理は絶品だから、食べすぎないように注意してね?」
「はい」
その後も新人メイド達の自己紹介が続き、全員の自己紹介が終わった頃には、窓から差し込む日が沈みかかっていた。
「自己紹介ありがとう。貴女達の中でここに住み込む方は、事前に相部屋となる先輩達の名前を知らせています。また、スクールに入ったばかりの人もいるでしょうから、いろいろとアドバイスをもらいましょう。では、今からグループに分かれます。Aグループ」
どうやらメイド達の班分けをするそうだ。名前が呼ばれたメイド達は次々とグループごとに輪を組む。
「Rグループ。私。赤井奈々。ルナ・クロフォード。望月香純」
最後、呼ばれた名前に目を見開くルナ。すると、懐かしそうな顔をする香純がいた。奈々に連れられて、メイド長、そして香純の元へ行くルナ。
「お久しぶりね。ルナ」
「香純さ…いや望月先輩っ…」
「あら、お2人は前に、お会いしたことがあるのですか?」
メイド長の問い掛けに頷くルナと香純。
「でも、どうして…」
「まだ会社が復旧途中で2年はかかるのよ。だからその間だけでも、働かせてもらえないだろうかと、雨宮さんに頼んだのよ」
「雨宮さん?あのパソコンにかじりついてる雨宮さん?」
するとメイド長はクスクスと笑い出す。
「その雨宮の母親です」
「えー!?」
黒髪かつ切れ長な瞳に、眼鏡を掛けさせれば、雨宮輝そのものになる彼女は、やはり彼の母親なのだ。
「もしかしてメイド長、お2人と前から面識がおありですか?」
楽しげに話す3人に割り込む奈々。
「直接はないけれど、息子から聞いてたわ。2人も勇敢だったと。まさか貴女達だったなんて」
「勇敢?」
「うん。伝説の英雄だって息子は言ってたわ」
視線を他のメイド達に移すメイド長。
「では、A〜Gグループは、城内の掃除。H〜Oグループは、各大臣の食事の用意を。私達は王室に行きます」
メイド長の指示にしたがって動き始めるメイド達。その様子を見て不思議そうな顔をするルナ。
「私達だけなのですか?王室に向かうのは」
「えぇ。そうよ」
すると、腹の虫が鳴るルナ。それもその筈、あの件のせいで昼食を食べ損ねていたのだ。
「でも、その前に腹ごしらえね。良ければ私の部屋へ」
「いいのですか?メイド長」
「えぇ。懐かしい顔ぶれですもの。赤井は不服ですか?」
「いえ、あからさまにクロフォードを贔屓しているようですから」
その言葉に、目を細めるメイド長。
「確かにそうね。でも彼女を見るメイド達は明らかに彼女を爪弾きにしようとしてたわ。だいたい何があったかルナの右手の怪我で想像がつくわ」
ルナは慌てて右手を隠す。関係のない人まで、巻き込んではいけないのだ。
「隠さないで。可哀相にね。利き手が使えないのは」
「…はい」
「たまにあるのよ。新人メイドいびり。仕事だけの間ならまだいいけど、学生の間は、スクールでも顔を合わせるから仕打ちが酷いのよ。なんど注意しても直らないどころか、注意すればするほどいびり方がどんどん過激になるのよ。それでメイドだけでなくスクールもやめていった子もいるわ」
リークはルナにそんな想いをさせたくなくて、あんなことを言ったのだ。そう思うと不謹慎ながら、胸の懐が暖かく感じられる。
「なるほど…。ルナ、心当たりはないの?」
事情を知らない香純。スクールには関与していないのだから当然だ。
「リーク先輩のファンクラブです。彼女達に目をつけられました」
「リーク先輩って、あの双子のリーク?」
「はい、そうです」
「彼女達はリーク先輩に近付く女は皆、敵なんです。それぐらい熱狂的なファンなんです」
「…そう。にしてもやり方が卑怯ね」
ため息をつく香純。
「直接自分達が手を下せば、彼にその情報が行き渡ります。そうなれば自ずとどうなるかわかるでしょう?」
いじめられたにも関わらず、冷静な口調で解析するルナ。
「嫌われるのを恐れて、皆さん直接しなかったのです」
「そうだったの…闇雲ウイルスが消えてから平和になったと思ったけれど。そういう醜い争いはいつになっても消えないのね」
今度はメイド長が、ため息をつく。するとボーイが料理を持ってきた。
「本日は、そら豆のポタージュと、ムール貝のリゾットになります」
「分かったわ。そこに置いてちょうだい」
「はい、畏まりました」
ボーイは一礼すると、カートを置いたまま去っていった。
「さて、食べましょうか」
よほどお腹がすいていたのか、話の途中にも関わらず、料理を食べようとするルナ。
「クロフォード。メイド長が了承するまで召し上がってはなりません」
厳しい口調で諌める奈々に、ルナは慌ててフォークをテーブルに置く。
「ルナ。ここでは、自分より偉い方より先に召し上がってはならないのです。分かりましたね?」
「はい。すみません」
つまり食事においてもタテ社会があるのだ。そう感じたルナは、自分の無礼を詫びた。
「さて、いただきましょう」
メイド長の号令にルナはゆっくりと料理に手をつけた。
「にしても、赤井。どういう風の吹きまわしですか?彼女を部下にするなんて」
「フラット先輩から頼まれたのです。クロフォードをよろしくと」
「おや珍しい。部下を取らない主義の貴女が。もしかしてフラットに気があるのでは?」
「いえ。私はリーク先輩派です」
「だったら尚更、彼の知り合いであるルナを部下にしたの?」
「クビにされる覚悟で申しますと、一度確かめておきたかったのです。彼女がどんな人間かと」
「リークに相応しいかどうかですか?」
「えぇ」
2人のやりとりに黙視するルナと香純。
「相応しくなければ、フラット先輩の頼みを撤回しようと思いました。もちろん、最初はあまりにも要領が悪かったので、イライラしましたけれど」
「だけど貴女は撤回しなかった」
「…彼女の覚悟を見たからでしょう」
傷だらけで青痣だらけにも関わらず彼女は、仕事場にやってきたのだ。しかも大勢の敵意なる眼差しの中、堂々と自己紹介したのだ。
「覚悟?」
「ある目的のためだと…」
「目的?」
「本気でメイドになりたい方には失礼なんですが、私、本当は画材を揃えたくてこの仕事を選んだんです」
この答えに目を見張るメイド長。
「確か、大切な人の似顔絵が描きたいって…」
香純の発言にはっとする奈々。
「つまり、貴女はリーク先輩の似顔絵を描くために?でもどうしてそのためだけにこの仕事を?紙とペンさえあれば充分じゃない」
「…ルナは、ただの落書きをリークに渡そうとしてるわけじゃないわ。額縁に入れてもらうような絵を描こうとしてる」
「確か、美術科だったわね。まさか貴女本当に実力で入ったの?」
少なからず、言いたいことは分かっていた。裏金で入ったと言いたいのだろう。
「皆さん裏金で入ったっておっしゃりますが、私そんな莫大なお金持ってません」
13のルナが持つお金で、裏金なんて作れやしない。ましてやそんな金があれば、迷いなく画材のために注ぎ込んでいる。
「貴女自身になくても、ご両親が…」
途端に顔を曇らせるルナ。
「私には両親はいません。闇雲ウイルスによって2人は間接的に殺されましたから」
瞳が揺れる奈々。ルナはいじめを受ける以前から、悲しい思いをしてきたのだろう。
「分校時代にもあったのです。今とは理由は違うけど、みなしごだみなしごだって…馬鹿にされてきたんです」
ルナが分校に馴染めなかったのは、クラスメイトがみなしごだということを軽蔑していたからだ。またルナの場合、親戚も闇雲ウイルスによって、離れてしまったのだ。
「だから慣れてます。理由は違えど冷たい視線を送られるのは」
「話してくれてありがとう。じゃあ貴女はどこの家庭に?」
「クリフト一家に世話になっていました。生前、母親とリリアンさんが親友だったので。リリアンさんは私を実の娘として育ててくれました。」
「昔からリーク先輩達といたのね」
だから物心がついた時には、リークが好きになっていたのだ。むしろ、リーク達とルナを引き離す方が甚だおかしいのだ。
「だから、本当は理解できなかった。どうして彼と私を引き離す真似をするのか。だって私達恋人同士でもなんでもないのです。幼なじみで家族同然な関係なんです」
ルナからすれば身に覚えもない仕打ちを受けたのだ。すると奈々はため息をついた。
「先輩方はそんな事情を知らないのよ。だから、疎ましかったし妬ましかった。リーク先輩はファンクラブにとっては高嶺の花だから」
「赤井先輩もですか?」
「最初はね。でも貴女達がどういう関係で結ばれていたか、分かったわ。だから、安心なさい。味方になってあげるわ」
「本当ですか!?」
目を見開くルナ。1人、リークとフラットを頼ってこの国に来たのだろう。さぞかし心細かったに違いない。だからこそ奈々は自分の私情より良心を優先したのだ。
「けど、先輩達に直接ルナをいじめるななんて言えないけれど」
「でも、味方がいるだけで心強いわね」
「私達も味方よ」
「ありがとうございます」
満面の笑みを浮かべるルナ。そんなルナを見て、余計に彼女を守ってやらなければと思った。
そして夕食の時間が終わると、ルナは玲奈のいる5階の寝室に、香純と共に向かった。
「ルナ。リークはこのことを知ってるの?」
「…知ってます。だから近づかないでくれって言われました」
リークなりの愛情なのだろう。
「そう…」
「あの…師匠が私のクラスの担任になりました」
「あら、そうなの。じゃあ心もとないわね」
「どうしてですか?」
手足もろくに動かせない彼がどうやって生徒に指導するか想像できない。
「貴女ぐらいの絵が描ける人なら物足りないんじゃない?」
「いえ、大事なのは技術ではありません。心構えだと師匠は教えてくれました。確かに師匠は手が使えないから絵を描くことはおろか、字も書けないでしょう。ですが、私は師匠の弟子です。ついていきたいのです」
曇りなき瞳でそう言い切るルナ。
「そうね。貴女は大切なことを知ってるわね」
すると後方から車輪の音が聞こえる。藤波がこちらに向かってくるのが分かる。