★MAIN★
□味方
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「ルナ、顔も見たくないかもしれないけどその犯人と絵を競い合ってくれないか?」
「実力勝負…ですか?」
「もちろん右手が完治してからにするよ。でも、やられっぱなしじゃあ悔しいでしょう」
確かに、リークと親しい間柄だけでこのようなひどい目にあったのだ。理不尽な扱いに少なからず悔しい気持ちはある。
「でも、勝てるでしょうか。相手は最上級生でしょ…?」
いくらルナの絵が上手いからといって相手は、最上級生だ。経験も技術も段違いだ。まだ12の少女に技術だけで勝てる見込みはない。
「あら、さっき貴女が言ってたじゃない。大切なのは心構えだって」
「ですが…」
「技術を争うんじゃねぇよ。どっちがより絵に対して情熱があるか見るんだよ」
「技術だとハンディキャップがあるからね」
「なるほど」
皆が納得しかかっているなか、奈々だけが複雑な表情のままだ。
「赤井は不服か?」
「いえ、確かに先輩の提案には賛成です。しかし向こうは話に乗ってくださるでしょうか」
確かにいじめの首謀者だ。そう簡単に話に乗るわけがない。しかしリークは、悪戯な笑みを浮かべる。
「俺が頼み込めば、向こうもイチコロだろ。何のためのファンクラブなんだよ。ファンってやつは、その対象者から声をかけられただけで舞い上がるもんなんだぜ」
「確かにそうですね」
「でも…私の存在を明かさないでっ…」
明かせば、リークの頼み事であろうとも話には乗らないだろう。ルナはそう考えたのだ。
「分かった。その代わりルナもそいつと顔を合わせても、何も知らないって顔するんだぞ?」
「う、うん…」
「先輩…仕事に戻らないと不審に思われますよ?」
「そうね。でも貴女が戻ればさらに不審に思われる、今日は休みなさい」
「あ、あの時給は…?」
「いつも通り支給するわ。でないと理不尽でしょ?」
「それじゃあ、私達がここに戻るまで安静にしてなさい。赤井、望月さん行きますよ」
「はい」
メイド長の指示で奈々と香純達は医務室を退室する。リークはベッドの左横にある椅子に腰掛けた。
「にしても酷いやられようだな…」
「見ないで…そんなじろじろと」
「馬鹿。そんなやらしい目で見てないし」
どちらも過剰に反応している。フラットは傍目で見てて、逆に羨ましいなと思った。
「分かってる。でも、見られたくないじゃん。おまんじゅうになった顔を」
腫れた顔を食べ物に例えるルナが相変わらず昔のままで、吹き出すリーク。
「な、何よ。リークくんもそう思ってるの?」
「お前のおまんじゅう顔は今に始まったことじゃねーだろ」
「馬鹿、気にしてるのにっ…」
「お前もそういう年頃になったの?」
「明らかに馬鹿にしてる」
「だって食い気と絵しかねぇじゃんお前の頭の中」
「ち、違うもんっ…」
リークから顔を逸らし横たわるルナ。
「フラットのことか?」
「違うもん」
「じゃあ師匠のことか」
「そうじゃないもん」
「いじめられたこと?」
「そうよ。誰のせいでこんな目にあったのよっ…」
思わず言ってしまった失言にルナは動揺する。そっとリークの方を向くと、泣きそうな顔をしていた。
「ご、ごめ…」
「確かにそうだよ。明らかに俺が原因だ。何の罪もないお前が、体傷だらけになって。初めて自分を恨んだぞ」
「兄さん…」
「だから嫌だったんだよフラット」
そうルナの同居を拒んだもう1つの理由はこれだったのだ。彼女の同居が知られたらこのような目に合うことを予測してたから、頑なに拒んだんだ。
「どういうこと、フラットくん?」
詰め寄るルナにフラットは観念したのか、同居の話について話した。
「そうだったんだ。リークくんが私にフラットくんの元へ行かせたのは」
それが原因で喧嘩したのだろう。
「真意が分からなかった。まさかその配慮だっただなんて」
「ファンクラブの恐ろしさは誰よりも知っているからな。俺がお前に近づくなって言った意味もそれに含まれている」
「だとしても…私は嫌だな。自分の気持ちに嘘をつくのは」
「えっ!?」
聞き返され、自分がとんでもないことを発言したのだと感じ、慌てて布団に潜る。するとフラットはため息をついて、彼女の方に向く。
「この際だから言ったらどう?ルナ」
「これ以上傷つきたくないもん」
フラットは強引にルナの布団を剥がす。ルナはとっさに自分の体を抱きしめる形を取る。
「これ以上傷つきようがないよね?」
ルナのメイド服はずたずたに切り裂かれていて、ところどころ皮膚が見えていた。それを見られたくなくてルナはそうやっているのだろう。リークはそっと布団を被せてやる。
「ルナ…何か言いたいことでもあるのか」
「リークくんは、玲奈さんのこと好き?」
目を見開くリーク。
「どうしてそう思う?」
「フラットくんが言ってた。リークくんのタイプは年上で色気のある女性だって」
ルナが思いつく該当者が玲奈だったのだ。リークは盛大にため息をつく。
「あくまでもタイプの人だよ。玲奈さんは姉貴みたいなものだから」
「向こうはそう思ってないよ?」
すると、クスクスと笑い出すフラットとリーク。
「なわけないだろ。あの人はまだ彼を愛してるんだから」
「彼…もしかして私のこと子豚ちゃんって言った意地悪な雅也お兄ちゃん?」
「そう。俺らのことなんて弟としか見てないって。で、ルナ。逆に聞かせてもらう。フラットが好きなのか?」
途端に沈黙するルナ。
「図星か?」
ルナは哀しく微笑んで、首を振った。
「そうだったらどんなに自分が楽かと思う。いじめられることもないし皆に迷惑かけることもなかったと思う」
フラットに好意があれば、今日の事件は間違いなく避けられたに違いない。だがルナの気持ちは変わらない。
「私、本当はね…」
「本当は…?」
「好きになっちゃいけない人を好きになった」
まどろっこしい言い方だが、フラットにはそれが誰なのか一発で分かった。問題はリークだ。
「既婚者?藤波さんか?」
「…違うよ。私も道理を外したくないもん」
道理を外さずにして好きになることが許されない相手。それは死人かもしくは遥か彼方の存在にある人物だ。
「ルナ。俺も好きになってはいけない人を好きになってる」
まさかリークもここで告白するつもりなのだろうか。そうフラットは2人に気づかれないように診察室に戻る。
ルナのまつげが切なげに揺れる。
「それってやっぱり玲奈さんだよね?」
「ルナの頭じゃあ、そう行き着くのも無理はないか…」
「違うの?」
「違うさ。玲奈さんを好きなのはフラットの方。俺は…」
じっと見つめるルナに気恥ずかしくなって、目を逸らしながら話を続ける。
「俺は…そいつが似顔絵を描くのを心待ちにしてる」
「じゃあ…」
頭を撫でてから、そっとルナを抱きしめる。
「お前だよ。お前が好きだ」
限界まで見開かれる瞳。ふとリークに視線を向けるといままで見たことないくらい優しい笑顔をしていた。だがすぐに切なげな顔になる。
「フラットのこと好きなんだろうから、本来は言うべきじゃなかったと思うし、今も少し後悔してる」
ルナはそっとリークから離れる。そして彼の瞳をじっと見つめる。リークは振られることを覚悟して、見つめ返す。
「後悔しないで。私もずっとリークくんが好きだから」
「じゃあ…」
「フラットくんには相談に乗ってもらってただけだよ。それに本人に相談できないじゃない」
「だけど、お前フラットに対しては、心を開いてた」
「だって、恥ずかしいもん。好きな人に好きっていう気持ち悟られたくなかったもん」
リークもルナと同じ気持ちだったのだ。しかも相談相手まで同じだったとは。
「じゃあフラットのやつ…」
「とっくに気づいてたのかな。私達が両思いだったこと」
窓越しで彼らの会話を聞き、クスクスと笑い出すフラット。するとリークが診察室にいる彼のところに入ってきた。
「盗み聞きするくらいなら、会話に入れ」
リークに連れられて再び、医務室に戻るフラット。
「どうして俺達が両思いということを隠していたんだ?」
「…隠すしかなかった。今日みたいなことが起こるかもしれないから。それにむやみに近づくなと僕も忠告したはずだよ兄さん?」
一度釘を刺されているのだ。
「だとしてもルナを放っておけなかった。それに、藤波さんに言われた。自分だったら彼女の幸せを最優先する。避けるのは逃げるのと同じだから卑怯だと」
どうやら多少なり藤波の言動に感化されたようだ。
「俺は避けるのが一番いい方法だと思った。でも、どんな方法をとったとしてもルナは彼女達から理不尽ないじめを受ける。だったら、俺自身でこいつを支えてやりたい」
その言葉は紛れもなくリークから出た言葉だ。昨日見られなかった揺るぎなき思いが滲み出ている。
「リークくん…」
「ルナ。お前は自分に正直でいろ。嫌なことは嫌と言え。他の女みたく媚びるな。俺はそういう女が一番大嫌いだ」
つまり、ルナみたいな飾り気のない性格の方が好きだと言いたいのだ。
「ルナ、お前が今回のことを隠そうとしていたのも分かる。でもな、それをされると手を差し延べられない」
もし、メイド長が真実を明かさないままだとしたら、リークは対処できなかった筈だ。
「近づくなと言ったの撤回させてくれないか?」
「撤回…」
「自分で、言っておきながらフラットと仲良く話をされるのが不愉快で仕方なかった。だからお前は、俺の見てる場所でいろ。そうしたらあいつらも迂闊に手は出せない」
たしかにファンクラブの女子達はリークにいかにして好かれるかを気にする。もしも彼の前で、ルナに酷い仕打ちをすればどうなるか予想がつく。
「だとしても不可能よ。リークくんはクラスA。スクールでは、ほとんど顔を合わさないわ…」
「何のための藤波さんだと思ってんだよ。フラットが理事長に頼み込んで、お前の担任を持たせたんだよ」
どうやら、連携プレーで彼女を守るつもりらしい。だとしても藤波とルナが会えるのは朝礼、HRを除けば一日1時間か2時間しかないのだ。
「藤波さんのスケジュールはフラットが把握してる。フラット見せてやれ」
フラットからスケジュール表を渡される。水曜日の1・2時限、木曜日の3・4時限、土曜の5時限に彼の授業がある。
「まだ変更可能な期間だった筈だ。なんなら基礎デッサン、実技公論、イマジネーションの授業すべて受ければいいだろ」
スケジュール表を見ながら、リークは藤波の授業に入るのを進める。すると、仕事が終わったのかワンピース姿の奈々がルナの元にやってきた。
「何のお話をされているのですか?」
「いま、ルナの守護のためにどの授業に入れたらいいか話してるの。赤井、僕達ではとても見切れないから、いくつかルナと一緒に授業を受けてほしいんだ」
するとルナは喜ぶどころか、曇った顔になる。昨日言った言葉を気にしてるのだろうと赤井は気づく。
「ま、マヌケ面もたまに見るのは毒にはならないでしょう。藤波先生の授業が3コマで…」
奈々はフラットからスケジュール表をもらうと、藤波以外の授業をペンで印をつける。
「体育は必ず男女別になるわ。月曜2限、火曜3限、木曜1限、金曜4限に私は入れてるから、ルナもそうしなさい」
「でも…赤井先輩では、上級生には強く言えませんよね?」