★MAIN★

□相互思慕
1ページ/5ページ

3年前、一人の女性と自分との間に生まれた息子と共に消息を絶った。

自分はあまりにも、地上の人間と触れ合いすぎたのだ。そのせいで、罪なき人間達が闇一族の祖である闇雲ウイルスに大量虐殺されたのだ。もちろん、自分が手を下したのではない。その祖によって操られた弟の所業である。

弟は、自らの罪を過去の世界で背負うと決めたのだ。それは、溺愛していた自分との決別でもあり、また罪悪感を感じてほしくない思いでもあった。

だが、弟が操られたのは幼き日、彼を追いかけなかったからだ。闇一族の手に渡ったとしても追い掛けたなら、弟は心を病むことも、操られることもなかった。

だから結果的に自分のせいで、この世界は犠牲になった。




…例え、永久の平和が訪れたとしても。




龍花が庭に咲き誇る国、【飛龍の里】。唯一世界地図に載らない天空の場所に拠点を置く一人の青年。彼の名前は徳川礼。またの名称を【紅龍】と呼ばれている。

翡翠色の瞳に、ロングのブロンドヘアーを青いリボンで束ねていて、軽装を身につけている。彼は自ら、戦友達との連絡を断ち切り、この国に家族だけで暮らしている。

バルコニーに黄昏れる彼の隣に、同じブロンドヘアーの女性が寄り添う。

「礼さん…」

「どうした?急に」

「いいえ、遠い過去のことを思い出してました」

彼女は胸に手を当てる。衣服に隠された胸と胸の間に手術跡の傷がある。

「私はまだ生かされてるんですね。兄さんに」

そう、彼女は瀕死の重傷を負いながら、実の兄の臓器提供により、再び生かされているのだ。

「あれから、もうどれくらいの月日が経つのだろうか」

「…聖が生まれたのが8年前ですからね。もう8年も経ってますよ」

天空の城は、地上の世界の目まぐるしい変化とは一線を画する空間で、正確な時間の経過が麻痺してしまうのだ。

「そうか…」

すると、ブロンドヘアの少年と、亜麻色の髪をした少女が電話を持って、礼と景の元へ駆け付ける。

「パパー、りんりんが鳴ってる〜」


「電話だと、そんなまさか!?」



冒頭でも述べたが、彼は自ら連絡先を断ち切ったのだ。だからこちらから連絡するのはあったとしても、むこう側から連絡がくるなんて到底ありえないことだ。当然のように、切れ長の瞳を見開かせる。

「聖、電話の相手は誰だか分かるか?」

「リーク・クリフト。ルナお姉ちゃんと一緒にいたお兄ちゃんだよ」

景と聖は、天空の城に身を寄せる前日に、ルナに似顔絵を描いてもらっていた。その際に、あの利発な双子も一緒にいたのだ。礼は、その懐かしい名前に、ほろ苦い気持ちを覚える。

「おかしいな。リークには、連絡先など伝えてないが…」

戦友かつ、かつての弟子だが、余計な詮索をされては困ると思い連絡先は伝えてはいない。

「とにかく、電話機を貸してくれないか。聖」

「うん」

聖は素直に、父親に電話の受話器を渡す。それを受け取ると礼は話をはじめた。

「誰から聞いた」

ふだん耳にする優しい父親の声ではなく、威圧感に満ちて、どこか人を遠ざけるような声に、聖と妹の雅が身をこわばらせる。景はすかさず、彼らを別の場所に連れていった。それを確認した礼は話を続ける。

「誰から連絡先を聞いた。お前には教えてない筈だが?」

『中川棗。あんたの奥さんの先輩から連絡先を教えてもらった。といっても聞きに行ったのはフラットだけど』

景が地上世界にいた時に、妹のように可愛がってくれた彼女にならと連絡先を伝えたのだが、まさか口外されるとは思わなかった。

「何のために?」

『実は、ルナが病気に掛かった。しかも闇雲ウイルスの中毒って…』

その言葉に絶句する。平和になった今も闇雲ウイルスの脅威は未だクリスタルワールドの人々を苦しめているのだ。

『だから率直に言う。あんたとあんたの奥さんの血を分けてほしい。いや、分けてくださいっ…』

「望月さんや、青龍には話したのか?」

『青龍はまだですが、香純姉さんは承諾してくれた』

香純なら、快く血液を提供するにちがいない。彼女は人の役に立つことを率先する性格ゆえ、このことは予想できた。

「だから、私達にも頼るわけか」

『…一度その話を棗さんにした。あんたはきっと血を貸さない。血を貸せば過去を暴かれる恐れもあるからって』

確かに棗の論は正しい。闇雲ウイルス患者を血液の提供で治したことが、広まると、その他の患者やその家族がこぞって、ここに駆け付けるにちがいない。過去については、自分は受け止めるつもりだ。しかし、景相手に矛先が向けば、きっと彼女は自分を責めてしまう。それが一番嫌なのだ。

「なら、何故電話をする。無理だと分かっているのに…」

『あんたのいとこの玲奈さんが言ってたんだよ。仲間を見捨てるほど、薄情じゃないって。だから俺は玲奈さんの言葉を信じることにした』

確かに、かつて戦友であったルナを助けたい気持ちはある。しかし、はたしてそれが自分以外の家族にとって喜ばしいことなのだろうか。まだ幼い子供達や伴侶である景が、自分のせいで傷付くのは見たくない。


「…断る。医学は進歩したのではないか?」


ここ8年で、難病も奇病も徐々に不治の病ではなくなっている。これは棗から伝って景に聞かされた話だ。

『フェニックスシンドローム類はね。マンドマゴラに似た成分を人工的に作り出せるようになってからは、劇的にその患者数が減った。でも闇雲ウイルス対策は、未だなされてない』

つまり、このままではルナの死が免れないのだろう。

『唯一の治療法が、あんたら四龍の血を掛け合わせること。もちろん血液はバラバラだからただ掛け合わるだけでは、使い物にはならない。あんたらの持つ純粋なPDG型が必要だとフラットが言っていた。だから、血を提供してほしい。ルナを死なせるわけにはいかないです』

受話器から伝わるリークの必死な懇願に、心が揺れる。だが、自分とて家族を危険な目に巻き込みたくないのだ。


「断る」

「私は彼の意思を尊重します」

振り返ると、子供達を別室に連れていった筈の景が、バルコニーにいた。

「どうして?もし、私達が提供したと世間に広まれば、他の人間もここをかぎ分けてくるにちがいない。純粋に治療を求めるなら、私も喜んで引き受ける。だがな、中には私の生い立ち、そして弟のことを詮索する輩もいるだろう。私は受けて立つつもりだが、景や子供達を傷付くような事態は避けたいのだ」

不器用な彼の精一杯の思いやりだった。

「少なくとも私はそれを受け止める覚悟で、貴方のそばにいることを誓ったのです。もちろん、貴方の思いやりを無下にはできないけれど」

「景、これはルナ一人の問題じゃない」

「もちろん、それは分かってます。しかし失った者の悲しみを味わってほしくないんです。彼には」

「お前の気持ちは分かる。だが、それによってさらなる悲しみを背負うかもしれないんだぞ?」

「だとしても、ルナもリークも大切な戦友です。彼らが悲しむのを私は見たくない」

「…家族より、あいつ達を優先するのか?」



目を細める。緊迫した空気が流れる。礼の逆鱗に触れれば、伴侶の景でさえ無事ではすまされない。すると、部屋にいた筈の聖と雅が、景にしがみつく。


「ママをいじめないで!!」

「話、聞いたよ。僕はお母さんに賛成する!」

息子達に言われると、冷徹と言われる礼も、心が揺らぐ。

「私はお前達を思って、この話を断ろうとしてるのに…」

「僕らなら平気だもん。だからルナお姉ちゃんを助けてあげて!」

「助けるのが紅龍の役目だよね?パパ」

紅龍は平和の象徴と言われると同時に、生命の再生の象徴だと伝えられている。しかし、それはあくまでも一代目であって二代目の自分ではない。

「私は聖や雅が信じているほど、崇高な紅龍ではない。ましてや、生命を分ける自己犠牲の精神もない」

幻滅しただろうか。子供達は何も言わない。

「だとしても、血は分けられます。現に…」

「一度景には輸血してもらった…でも」

「仲間を見捨てるほど、貴方は薄情ではない。薄情なら爽さんと会っても、弟だと名乗られても、見捨てたはずです。ましてや彼は貴方がもっとも嫌悪する一族の首領だった。デュエルの時でも、殺せるなら殺したはずです」

紅龍として、平和を乱したものを処刑してもなんらおかしくはなかった。だが彼は弟の翼を切り裂いただけで、致命傷は与えなかった。

「それは弟だからだっ…」

「味方なら尚更、助けるでしょう?地震の日、貴方は私に逃げろと言った」

その話に耳を傾ける子供達。

「例え、自分が犠牲になっても私を生かす方法を考えたのは貴方です。今回は犠牲なんてならなくていい。血を少しだけ分けるだけなんですよ?どうしてそこまでして拒むのですか」

家族のためだとすれば、その家族である景や聖や雅も、血を分けることを賛成しているし、これから降り懸かるであろう災難が訪れても受け止めると言っている。断る理由がないだろう。

「何か別の理由で…」

目を見開き頭を抱える礼。威圧的な瞳が一変する。

「………」

礼は目を固く閉じ、苦悶の表情を訴える。それには流石の子供達も心配したのか、おろおろしだす。

「すまない。景、断ってくれないか。適当な理由をつけて」

「………」

『全部聞こえてるんだけど?』

ずっと受話器を握りしめたままだったのだ。

『家族の皆は後押ししてくれたんだよね?じゃあなんであんたは血を分けることを拒むの?』

景は礼に替わってこう答えた。

「礼さんの事情です。…だから、返事はできない。その事情を聞いてからでないと」

『なるべく早くにお願いします。でなければ…』

「でないと?」

『居場所を嗅ぎ付けてあんた達のもとに勝手に行きます』

それほど、ルナの病状が悪化してるということだ。景1人の話なら、喜んで血液を提供できるが、これは礼を巻き込む話ゆえに、1人で決断するわけにはいかない。

「…だとしても、彼は頑なに拒むわ」

『あんたから説得できないのか…』

「今からするところよ。なるべく早くに話をつけるわ。だけど…これは礼さん自身の心の問題だから」

『分かった。いい返事を待ってる』

漸く納得してくれたのか、電話が切れた。

「礼さん。これは貴方に決定権があります。いくら私が提供しても、貴方がしないのなら、意味がありませんから」

しかし、礼の苦悶の表情を浮かべたままだった。

























受話器を切ったリークは、ため息をついた。

「どうだった?兄さん」

「どうしても血が提供できない理由があるみたいらしい。景さんもそれを今から聞くそうだから…多分すぐには返事は来ないと思う」

「やはり…」

「だから、待ってるだけじゃだめだと思う。フラット、お前はそれに代わる成分を開発してくれないか?」

てっきり、そのまま礼達のもとへ行くのだろうと予想していたので、その言葉に目を丸くさせる。

「行かないの?」

「闇雲に行ったところで、あの人が提供してくれなければ、無駄足になる。それにルナの病気は待ってくれない」

本当は誰よりも焦っているにちがいない。だが一時的な感情で動かないのが、リークなのだ。見た目とは裏腹に冷静に分析できるところを見て、まだ希望を捨てたわけではないと感じた。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ


©フォレストページ