★MAIN★

□相互思慕
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「クリフト先輩。私も、最期まで諦めません。だって、貴方にまだ何1つ与えてないっ…」

抱きしめられて初めて感じる思慕。自分が死ねばこのぬくもりは永久に感じられないのだ。

「先生、皆、俺達を2人にしてくれませんか?」

明日になれば、ルナを構う暇もなくなる。もしかしたら、他の生徒に感づかれるかもしれない。

「いいけど…」

「先輩、赤井。今からのことは黙ってほしい…」

「…分かった」

亮達は診察室を出て、透とフラットは研究室に戻った。

「先輩?」

恐る恐る顔を上げると、切なげに笑うリークがいる。

「2人の時はどう呼べって言った?」

「リ、リーク…」

「そう呼んでもらえるのも、今日だけだな…」

ため息混じりに囁かれ、こちらまでせつなくなる。

「さっきも言った通り、明日から休学届を出す。そしてしばらくは図書館に篭りきりの生活になる。多分、お前とすれ違っても話をすることができないくらい忙しくなる」

「………」

「フラットは人工的にPDG型を作り出すと言ってたが、俺はあくまでも、輸血の手段を取る。だってそれしか助かる方法を知らないから」

しかし、そのめどはついていない。

「…でも、彼らの居場所が…」

所在地不明の礼と景だ。そう簡単に辿り着けるものではないだろう。

「だからそれを探すために…」

「電話番号を教えてくださった、棗さんなら知ってるかも…」

「いや、あの人は俺の意見に反対した。フラットが電話番号をもらったのも、棗さんはフラット派だからだと思う。居場所は教えてくれないだろう」

「うーん。なら、あの人の旧友である瑠宇さんに聞いてみたらどうかな。龍達のテレパシーで通じるかもしれないし」

その方法もある。しかし、リークは首を横に振る。

「もしかしたら、口封じされてるかもな。棗さんも瑠宇さんも」

確かにごく少数だけにしか、知らせてないのなら彼らの居場所を聞いてないのも頷ける。

「だとしたら、後、身内だけかな。和純さんと女王…」

「女王は知らない筈だよ。知ってるなら真っ先に教えてくれる」

「じゃあ和純さんだけか…」

「でもなぁ、和純さんって苦手なんだよな」

「どうして?優しそうな人なのに」

「心理が読めない。藤波さんはポーカーフェイスだけどさ、微かな瞳の動きで表情がわかるけど、彼は…」

すると、ルナはそっとリークから離れる。

「闇一族の血が流れてるから信用できない?」

目を見開くが、すぐに顔を逸らす。どうやら図星のようだ。

「かもしれない…。実際に闇化トランスしたことも聞いてる。じゃあ……」

礼が提供を拒む本当の理由が見えてきた。

「あの人は、それが嫌で…」

「確かに彼の祖父様は闇と契約した人間」

「だとすれば、子も孫も…」

皆闇一族の血が繋がる。

「あの人は自分が紅龍であるにも関わらず、闇一族の血が通ってるために、提供ができない」

なぜなら、殲滅したとは言え、大切な家族が犠牲になったからであり、今も酷く憎んでいるに違いないだろうから。それと同時に、自分の存在にも疑問視しているかもしれない。

「それじゃあ…私」

急に震え出すルナ。最有力の可能性が消え、一気に死に近づく気がした。

「落ち着け。ルナ。だとしてもあの人は闇一族として契約したわけじゃない。契約したら、紅龍にはならない」

そうなれば、紅龍どころか四龍にもなれず、黒龍になるだろうから。

「でも闇雲ウイルスの媒体があの人の体内に含まれているとしたら?現にあの人の弟さんは…」

闇雲ウイルスに操られていたし、血も提供している。まさかかとは思うが、礼の血液に闇雲ウイルスの媒体が含まれてるかもしれない。その場合、ルナの病気は治るどころか進行させてしまう恐れがある。

「だとしても、紅龍の血が闇雲ウイルスを相殺してしまう。だから、大丈夫だ」

依然としてルナの顔は曇ったままだ。

「でも、過去を暴くようなことはされたくないと思う」

「自分が助からなくてもいいのか?」

肩を持ち、震えるリーク。

「誰かを傷付けるくらいなら、私は残りの人生を真っ当する方を選ぶわ。きっと、あの人以上に景さんが傷付くかもしれないから」
景の兄は、闇一族によって殺されたも同然だ。それを改めて痛感させられた時、彼女が彼のそばにいられるかはわからない。

「なら、景さんはあの人のために国も王位も捨てなかった筈だろ?」

「そして雅也さんも…」

彼と初めて出会った時に玲奈に切り掛かったが、それでも、自分達のために何かと世話をしてくれた。

「雅也さんは特別だよ。闇一族も普通の人間も差別しない。俺とはなにもかも違う…。それに、あの人は闇一族である弟を殺さずに過去の世界に逃がしたんだよ。ここじゃあ、きっと住みづらいと思う。見た目はなんなんだけど、慈愛に溢れてる」

「………」

「ルナ。やらないうちからできないなんて言うのはただの臆病者だ。俺は彼が折れてくれる方を賭ける。ただ、折れなかった場合…」

それはルナの死を示している。

「その時は、フラットにお前を托す」

つまり、フラットの方法でルナを治すという意味になる。

「どちらにしろお前はまだ死ぬのは早い。だから俺の手で助ける。それを拒否する権利はない。いいな?」

言い聞かせるように伝えるリークに、頷くルナ。

「いい子だ。じゃあおやすみ。親愛なるルナ」

もう一度だけ抱きしめて、ルナの額にキスをして、そのまま診察室を出るフラット。ルナはその柔らかな唇の余韻に浸り、次第に顔を赤らめる。


(あんなこと、いままでしなかったのに)


去り際に見たリークの顔は、とても穏やかな笑顔だった。明日になれば、自分のために奔走するだろう。それは嬉しくもあり、哀しくもある。自分のために貴重な時間を割いてくれるのは有り難いが、それが返って彼を縛りつけてしまうのではないか。そう思うと心が痛かった。

リークと入れ代わったように、診察室からフラットがやってきた。

「兄さんは?」

「さっき、帰っていったよ」

「そう。それでルナ」

「な、なに?」

「あまり無理しちゃだめだよ?ただでさえ本調子じゃないんだから」

「うん…ありがとう」

彼女の瞳が微かに揺れるのを感じ、リークとの間に何かあったに違いないと察したフラット。しかし、自分から聞き出すのはあまりにもデリカシーがないと思い、彼女が話し出すまで、待つ。

「私、迷惑かけてばかりだなぁ…」

「兄さんに何か言われたの?」

瞳がわずかに見開かれるが、首を横に振らられる。

「そうじゃないけど、みんな私のために時間を割くから、悪い気がして…」

リークもフラットも、ただの上司でしかない奈々でも、ルナのために死力を尽くしてくれる。たかが自分のために。

「そう思うなら、病気を治す方向に持っていこう?その方が皆が報われるから」

「じゃあ、なんでリークくんの案には乗らなかったの?確率論からくるもの?」

核心を突かれる質問をされ、しばし黙ってしまう。フラットは的確なアドバイスをくれる。しかしそれはそうすればいい確率が高いからだと、ルナは知っているのだ。

「薬を開発してるのは、前から知ってる。でも全然進んでないんだよね?」

「違うさ。ルナには分からないほど微妙な進歩を遂げてる」

本当は、ルナの言う通りだった。8年前から透と共同で闇曇ウイルスの治療薬を生成してきたが、どれも失敗に終わっている。医学が進歩したとはいえ、未だ決定的な治療方法が見つかってはいない。

「…そう。私、フラットくんの案には乗れないよ」

「兄さんがいるから?」

目を見開く。図星だ。

「でも、兄さんの方法は無謀すぎる。自分が死ぬことだってあるんだぞ?理解できないっ」

礼が血の提供を承諾するには、やはりデュエルが必要だと踏むフラット。そうなれば、当たり所が悪ければ、命を落とすかもしれない。フラットが顔を両手で覆い、嘆くのも理解できる。

「兄さんとはいつだって一緒だった。今回は、僕の住み込みから別居しただけで、基本的には顔は合わせてきた。でも、今度は…」

リークは死ぬつもりで、礼に会いに行くのだろう。それはルナにとっても最も避けたい事態だ。

「やめさせなければ…」

「…無駄だよ。彼は言い出したら聞かないもん。もちろん死んで欲しくないよ。でも彼の思いに水を差す真似はしたくないの」

「兄さんの条件を呑むの?」

「そうね。私は彼を信じてる。いつもはふざけてるけど、いざというときはやる人だから」

迷いのない瞳。しかし今回は挑む相手が悪すぎるのだ。

「だとしても、相手はあの人だ。いくら兄さんが弟子だったとしても、容赦しないよ」

礼は実の弟である爽に対しても一切の手加減はしなかった。その現場を見たからこそ言えるのだ。もちろん、ルナもその現場にいた。

「もしかしたら、景さんをストッパーにと考えてるんじゃない?景さん自身は輸血を反対しないと思うもん」

確かに、献身的な景ならば喜んで血液を提供してくれるだろう。しかし、フラットは釈然としなかった。

「だったら、なんですぐに説得しない?」

リークから景の電話が来たと言ってもおかしくない。

「今、説得中じゃないかな?」













景は、ルナの言った通り、説得の真っ最中だった。

「どうして?弟さんの話なら、受け止める筈です。ましてや貴方は、世界を平和に導いた方ですよ」

「それは結果論だ」

頑なに輸血の提供を承諾しない礼。赤の他人ならいざ知らず、仲間であるルナを見捨てるなんて、彼の人間性からすれば有り得ない。

「…誰も貴方を責めません。かつての仲間だって皆そうです」

「これは仲間がどうかという次元の話ではない。私自身の問題だ」

徐に、礼はメタル式コンタクトを外す。すると金髪翡翠色の瞳から、漆黒髪紅色の瞳に変わる。

「この容姿を見て、人々はどう思う?何かの拍子で、コンタクトが外れたら、私の正体が暴かれる…。それに…私は」

不安げに揺れる瞳。微かに背中が揺れていた。

「闇一族の血筋の人間だ。そんなことを知れたら、私だけではない、聖、雅、そしてお前だって…」

礼が言いたいのは、この世界の多大な被害をもたらした闇一族の血筋を持つ自分の存在が知られたら、同時に娘、息子の彼らも当然軽蔑される。実際に従兄弟の和純はそれが原因で幼少期に、一般庶民の子供達にリンチを受けた。そして、玲奈との初対面では自分も軽蔑していた。それが今降り懸かろうとしている。

「それは単なる言い訳に過ぎません!」

「黙れ!私を本気で怒らせたいのか景」

向き合い、こともあろうか景の頬を本気で叩いたのだ。しかし、景も負けじと言い返す。

「それは図星だからでしょう?自分の考えが悟られたくなくて、だから…」

図星なのか、そうではないかと分からないが、とにかく景を寄せつけないオーラを醸し出している。流石に景でも、そんな彼を見るのは初めてだ。もしかしたら、繊細な心を傷付けてしまったかもしれない。しかし、心を鬼にする。

「闇一族の血筋だから、ルナを助けられない。そう思った。確かに闇雲ウイルスの成分に爽さんの成分は入っていた。同じ兄弟なら尚更です。そして、貴方はルナの病気を助長させてしまうことを恐れた。だからリークの願いを聞き入れなかった」

限界まで見開かれる。これは流石に言い過ぎたかもしれない。現に二度目の平手打ちが来そうなところまで来ている。



しかし、いっこうにその手の平は彼女の方に振り下ろされることがなかった。
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