★MAIN★
□悲劇
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翌日、目を覚ますとまだ朝日も昇らない暁の頃だった。白いカーテンを開けると、医務室のドアにもたれ掛かり眠るリークの髪を梳くルナ。
「ありがとうリークくん」
不意に彼の額に手が当たる。夜遅くまで見張りの番をしてただろうから、起こしてしまうのは可哀相だと思ったのですぐにその手を離すルナ。すると、不意に手首を掴まれた。
「…ルナ、ちゃんと眠れたか?」
寝ぼけ眼だが笑顔を向けるリーク。
「う、うん。ぐっすり眠れたよ?リークくんは?」
「ん?誰かさんのせいで、寝不足」
「…ご、ごめん」
悪戯な笑顔を向けられ、頭を撫でられる。
「謝んなよ。何でも本気で受け取りすぎ」
「で、でも…」
「寝不足ぐらいどうってことねぇぜ?試験前とか、常に1時までやってんだから」
「それは普段しないから…」
「そういう意味で言ってんじゃねえよ。馬鹿」
クスクスと笑うリーク。そして体を起こす。
「さて、今のうちに赤井のところへ帰るんだ」
「1人で?」
すると診察室からフラットが、やってきた。どうやら送り迎えは彼がするらしい。
「ルナ、行くよ。兄さんはご苦労様。学校行く時間までにはちゃんと起きるんだよ?」
「了解」
フラットの忠告に頷き、また眠ろうとするリークに、ルナが近づいた。
「何?ルナ」
「3限はいっしょだね?」
満面の笑みを浮かべるルナに、改めて自分に好意を抱いていたことを実感する。
「数学苦手だからなぁ…お前、ノート頼んだぞ」
「分かった!じゃあまたね。リークくん」
すると彼女が帰ろうとする前に、耳元にこう囁く。
「2人きりの時は『リーク』って言えよ」
すぐに離して、フラットに手を振るリーク。それを合図にフラットはルナを連れて同じ階の355室に向かった。
「ルナ、兄さんから何か言われた?」
帰る際、ルナの顔は真っ赤で耳まで赤くなっていた。
「え?気になる?」
「気になるも気にならないも、ルナ顔赤くなってるし…」
「そ、そんなに分かりやすいのかなぁ…」
頭を掻きながら苦笑するルナ。
「おおよそ、兄さんからは考えもつかない甘い言葉を囁かれたりして」
指を唇の下に当てて、目を細めて微かに微笑むフラットに、ルナは否定する。
「ううん。好きだよなんて言われてないもん」
ルナレベルの甘い言葉はやはりそちらに行くのだろうか。フラットが予想してた答えとしては期待外れだった。
「そう。じゃあなんて言われたの?」
「秘密。ファンクラブの人達がヤキモチ妬いちゃうもん」
それでなくても、リークがルナの話をしただけで昨日、リンチまでされたのだ。リークとルナが2人きりだったなんてファンクラブの人間が聞けばどうなるかなんて、簡単に予想がつく。
「賢明な答えだね」
「うん。あ、着いた。ありがとうフラットくん。フラットくんも寝てないんでしょう?」
見張りの番はリークだけでなくフラットもしていたから、当然彼も寝不足だと予測がつく。
「いや、君が寝てからすぐに寝たよ。僕は、夕方休憩時間の時に見張りをするから。中川先生にメイドの休憩時間と僕の休憩時間を合わせてもらった」
「いいの?急患の人が来たら大変だよ?」
医務室にも少なからず急患の患者が運ばれる。その際ルナの休憩時間と合わせるのは無理だろう。
「だったら、ルナがこっちに来て手伝ってくれればいい。もちろん、仕事時間になったら帰すよ。この話はつけてる。それに手伝ってくれた分、ボーナスを支給するって先生おっしゃってた」
「メイド長には話をつけたの?」
いくら透がルナが医務に関わるのを許可しても、直属の上司ましてや権威とも言われているメイド長の許可なくして、フラットの提案は受け入れられないだろう。
「つけたよ。最終的にはルナの意思次第だって。どうするルナ?」
「……私なんかでいいの?先生のお手伝いするの」
「もちろん。僕が薦めてるんだし。それに、僕といることで、兄さんとの関係をカムフラージュできるでしょ?」
「でも…リークくんが」
「夕方の見張りは僕に任されたから、どうするかは僕の自由。それにその方が、ルナも助かるでしょう。無理には薦めないけど…」
確かに夕方の見張りはフラットに任されたのだから、彼がどうするかは自由だ。ましてや赤井とリークと相談してるのだから、了承は得てるだろう。そう考えたルナは、医務の手伝いをすることを決めた。
「ありがとう。じゃあ僕は医務室に帰るね」
「うん」
ルナを見送った後、医務室に帰ろうとすると、昨日言っていたいじめの首謀者の張本人が、腕を組んでフラットを待っていた。
「おや、随分とお早いようで」
顔色一つ変えず、通り過ぎようとするが、手首を掴まれた。
「それはこちらのセリフよ。フラット・クリフト。あの小娘を匿ってるようだけど、何のつもりかしら」
まさか、さっきの会話を聞かれてしまったのだろうか。一昨日みたく。
「幼なじみですよ?彼女とは」
「幼なじみ?ただの幼なじみとしては気の入れようが違うようだけど?」
つまり、それ以上に見ているのではないかと言いたいようだ。
「しいていえば、家族みたいな存在です。ただの幼なじみとしては見てません。ですが、貴女が思っているであろう気持ちは抱いたことはありませんし、今後抱くこともありません。それに、自分が試験に受からなかったからってルナに当たるのはやめてください。しかも間接的な方法で」
後半部分から彼女は、動揺しだす。
「僕達が知らないとでもお思いでしたか?そのツメの甘さが命取りでしたね。試験でも」
「何よ。自分が学年首席だからって生意気な口を利いてるんじゃないわよ」
「事実を述べたまでです。すみません。僕は兄と違って、社交辞令は一切使いませんから」
つまり先輩である彼女に対しても、一切容赦しないという意味だ。大切な友人を傷つけたのだからより一層、口調に冷たさを帯びる。
「だから、あんたとリークの扱いが違うのよ。首席であってもあんたはお子ちゃまなのよ!」
リークと比べられついムッとなりそうだったが、負けじと言い返す。
「社交辞令に気付かない先輩の方がよっぽど子供ですよ」
すると、城内に乾いた音が響いた。
彼女は、フラットの右頬を思い切り平手打ちで叩いた。フラットは落ちた眼鏡を拾い上げて、彼女を見据える。その瞳は、リークもルナも見たことのない冷酷で人を寄せつけないオーラを発していた。
「自分の思うようにいかないから、その対象を潰す。僕は貴女のやり方が気に食わない」
「ずっとリークだけを見てきたのよ。分校時代からずっと…。なのにどうして彼はよりによってあんな小娘の名前を呼ぶのよ。信じられない。私は彼のタイプに合わせようと努力してきたのに」
あまりにも必死すぎて滑稽に見えたのか、喉を鳴らしクスクスと笑うフラット。
「分かってませんね先輩は。あれは兄さんのフェイクですよ。確か年上でセクシーな女性が好きだと言ってましたが、あれは僕のタイプなんですよ」
「な、なんで…リーク本人から聞いたのに」
リークだからこそ、疑いもせずに鵜呑みにしたのだ。
「確かに兄さんもタイプではあるんですが、恋愛対象がまた違うみたいで。ここだけは双子でも一致しないので」
「じゃあ、何よ。何なのよ」
フラットの衿を掴み、詰め寄る。
「多分兄さんから聞けると思うよ?兄さんの本当の好きなタイプ。これ以上はやめましょう。ルナみたいに被害者を出したくないんで」
「被害者ですって!?本当に被害者なのは私の方よ。13にもいかない小娘が試験に受かって、最上級生の私が受からないなんて、絶対何か裏があるわよ」
医務室あたりから盛大なあくびが聞こえる。
「フラットうるせぇよ。朝っぱらから誰と喧嘩してんだよ」
医務室のドアが開けられ、唖然とする首謀者。
「で、何喧嘩してたの?」
「ルナが受かって、私が受からないのはおかしいって」
「へぇ。そういうこと」
眠たそうな顔をしながら彼女に近付くリーク。
「だったら、どっちが本当に芸術家として優れてるか証明すればいいだけの話ですよ。ね?先輩」
リーク特有の営業スマイルに、何も言えなくなる。
「そうね。リークがいうなら勝負に乗るわよ。日時はいつ?」
リークはルナの受けた傷を思い出す。
「そうですね。クロフォードさんの怪我が完治してから。それくらいの期間は向こうに与えても構いませんよね?」
リークの手前、それを嫌だとは言えないだろう。フラットは内心ほくそ笑む
「分かりました。そりゃあ私の方が先輩だから譲歩するわ。さて、リーク。何をモチーフにすればいい?」
「そう焦らないでください。勝負当日に伝えます。それにそろそろ皆さんが起きてくる時間だ。他のファンクラブの皆さんに、はぶられたくないでしょ?」
「そ、そーね。ファンクラブはファンクラブ同士仲良くしないとね。じゃあ私は部屋に戻るわ」
いそいそと寝室に戻る首謀者。気がつけば窓辺に太陽が昇るのが見える時間になった。
「どうにか話をつけられたみたいだね」
「話題提供が上手いからなお前は」
「褒めても何も出ないよ兄さん。それより起きてていいの?」
「もう、寝るに寝れねぇよ。時間が時間だし」
診察室の前のドアの上に掛かっている時計台をみると、6時をさしていた。
「それに朝練は7時からだし。今から朝風呂に行ってくる」
「じゃあ僕も行こうかな」
「珍しい」
「いいじゃん。たまには」
眼鏡を外し胸ポケットに入れる。
「どういう風の吹き回しかな?」
「これから僕らはルナ親衛隊としてやっていくんだから。仲間同士の親交を深めようと…」
額を小突かれ、ムッとするフラット。
「寂しかっただろ?俺のいない夜は」
「…うん」
「素直でよろしい」
優しい笑みを向けられ、ほっとするフラット。そして2人は2階の大浴場の更衣室で衣服を脱ぎ、大浴場に入る。幸いこの時間に入る人はいない。
「大丈夫。俺も住み込むことにしたから」
「じゃああの家は売り払ったの?」
リークが住み込みするとなると、部屋が必要なくなる。
「いや、まだだよ。家具とかはまだ置いてる。でも安心しろ。あの家は暗証番号なしでは入れないから」
「でも空き家だと、あれだよ。住みたい人はたくさんいるし」
「じゃあさ、試験の時だけ帰らない?住み込みったって勉強机は相部屋で1つしかないし、不便だろ?」
「僕の場合は、相部屋じゃないけど」
シャワーを浴びた2人は、浴槽に浸かる。
「じゃあ、お前はそのまま住み込みで。俺は試験勉強は必ずしなきゃ、まずい点数取るからな」
「試験勉強は僕でもしてるよ」
「前の試験勉強はかなり真面目にやってたけど、いつもの試験勉強なんかノートめくるだけじゃねーか」
「兄さんはノートの作り方からして、おかしいもん。字は乱雑だし、どれが大事か全く分からない。だから試験直前に、無駄に勉強しなきゃいけなくなるんだよ。だいたい、スクールの試験は、授業内容とその担当教師の情報さえ掴めたら、簡単に100点は取れるものなの」
「その担当教師の情報が、くせ者なんだよな。授業内容なら聞き逃したところを、他の奴に聞いたりできるんだけど」
「兄さん、ノートを2つ作るんだよ。教科用と担当教師の情報用を」
浴槽の持ち手に指で2つの四角を描き、ノートに見立てる。
「そうしたら、ノート代結構掛かるんじゃない?」
各教科用のノートと各担当教師用のノートを全部揃えるとしたら最低でも16冊は必要だ。
「ノート代はたかが知れてるよ。まあ兄さんに勧めるべきかどうかは分からないけど、僕はルーズリーフで書いて各教科毎に分けてファイリングしてる」
フラットの持ち歩く、ファイルは他の生徒より遥かに分厚かった気がする。どうやら1つのファイルの中に全教科の内容を各教科に分けて、ファイルしているようだ。
「それで、担当教師用は、授業で教えてくれない場合もあるから、図書館で調べにいく。そのためにノートを使うんだ」
「けど、本に載るほど先生達ってすごい人ばかりか?」