★MAIN★
□悲劇
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「彼女の場合、相当末期だよ。本当ならスクールもメイドの仕事もできないくらいなんだ」
「じゃあ、彼女にすべてのことを諦めろって言うんですか?」
「………」
握り拳を作り、しきりに首を振る透。
「とても、そうしろだなんて言えるわけがない。あの子はまだ13だ。恋だって、好きなことだっていっぱいしたいはずなんだ」
「でも、いずれ言うべき時が来ます。そうでなくとも、彼女の病は進行しているのでしょう。放っておけば、彼女は…」
「確実に彼女の母親と同じ末路になるだろう」
つまり死だ。8年前にルナの母親を看取った際、透もその現場にいた。
「今、そのウイルスを撃退する方法を探してる。いや本当のことを言えば、見つかっている」
「まさか、四龍達全員の血液を採取させる気ですか?血液型はバラバラですよ。そんなことしたら、治るどころか拒否反応を起こしてしまう」
「…フラットの言う通りだ。しかし、闇雲ウイルス思念体に彼らの血を浴びせた際、ウイルスが消滅した。これは紛れもない事実」
「仮にそうだとしても、師匠と景さんは僕らの知らないところへ行きました。探すといっても消息が掴めないのなら、意味がありません」
2年前、景とレバインは再会した後誰も知らないところへ行ったきり連絡が断たれていた。
すると、黒装束の女性と、スーツ姿の男性が診察室に入ってきた。
「父さん、シリアスな空気だけど何かあったのか?」
「棗、輝君。いいところに来た」
「何か頼み事でしょうか?」
「戸川と徳川君の連絡先を教えてもらえないか?この子達に」
顔を見合わせる中川棗とその夫である輝。いくら、父親とは言えども、景達の許可なしでは教えられないのだろうか。
「その理由は?」
「ルナが闇雲ウイルスに掛かった。一刻も早く四龍達の血が必要なんだ」
「なるほど。しかし、景はそれを許可しても彼が許可しない」
「どうして…同じ戦友だったでしょう?」
「もし、血を分けたことが他の人間に明らかになった場合、自分の存在がバレてしまう。それに彼の場合、多大な国民に被害を出した弟の存在もあるから世間からそう言う目で見られる。そんなことになっても彼は気にしないが、景が気にする。それを危惧するからとてもじゃないが…」
「なら、俺が直接会いに行く」
「やめたほうがいい。やめたほうが」
苦笑する輝。それがカンに障ったのかテーブルを叩き、詰め寄るリーク。しかし彼は全く動じない。
「君達が徳川の戦友なのは百も承知だ。けど、あいつはもうみなのことを忘れつつあるんだ」
「龍になったから?だとしても薄情過ぎないか?」
すると、同じ四龍の仲間である香純と、彼女に押されて藤波がやってきた。フラットは、藤波に今日の分の痛み止めの薬を渡し、代金をもらう。
「あれ、皆さんお揃いのようで」
「何かあったのですか?」
透はこれまでのいきさつを2人に話す。
「輸血なら喜んでさせてもらいます」
「ありがとう」
「しかし、徳川さんが簡単に提供してくれるとは限りませんね」
やはり藤波達もレバインの事情を知っているようだ。
「だからと言って俺は見捨てられるか。藤波さん、あんただって…」
死にかけの香純のために、絶壁の崖を登り龍花を取ったのは、8年前の話だ。
「確かに君の気持ちは分かる。でも…」
「でもってなんだよ。ルナを見殺しにする気か!!」
「なら、貴方自身で彼に説得すればいい。ただ彼は簡単に絆される人ではないけど」
「行き方は?」
「私達にも分からない」
「同じ四龍だというのに」
すると、香純は聖なるクリスタルを見せた。
「ごく稀に起こる光の周期で、その持ち主の行方が分かるらしいの。でも、今度の周期は遥か500年後…。それに私は聖龍を退いた身だから…もう二度と龍化トランスはできない」
「望月様、いや私の妻は人として私と生きる道を選びました。なので、龍として生きるお二方とは相容れない立場ゆえ、行方が分からないのです」
黙り込む2人。
「それに…貴方だけの力では到底辿り着けません。上空は気圧が薄くなってるので…」
「だとすれば、青龍に頼みます。彼はルナと過ごした仲だ」
母親のリリアンとルナを乗せて、船旅をしていたのはつい最近のことだ。もしかしたら、取り合ってくれるかもしれない。
「馬鹿言うな。あいつの故郷は水深3000m以上にもなる海底だ。お前だけで行ける筈がない」
ことごとく希望が崩れていく。
「だったらどうすればいいんだよ!!ルナが衰弱するのを、指を銜えて待ってろって言うのかよ!!」
激昂するリーク。やっと両想いだと分かった矢先にこんな仕打ちはあんまりだ。
「俺はルナのためならなんでもする。だからっ…」
床に手を付き、皆に土下座する。その突飛な行動に双子であるフラットでさえ、目を見開く。
「だから、ルナを助けてください!!」
床に落ちるリークの涙を見て、奈々は彼がルナを家族以上に想っているのだと、痛感する。
「わ、私からもお願いします。あの子はやり遂げたいことがあるんです。だから、まだ死なせるわけにはいかないっ…」
リークと共に土下座する奈々。大人達はそんな必死な姿を見て、戸惑いを隠せない。すると、診察室前のバルコニー聞いていた玲奈とフラットの目が合う。
「女王」
「…どうしたの?」
「ルナが闇雲ウイルスにかかって…」
「四龍の血液が必要なのね」
「でも、徳川は絶対に許可しない。それに彼らの住んでいる場所が分からない」
このままでは埒があかない。
「………とにかく、リーク、赤井顔をあげなさい」
玲奈に言われて、顔を上げる。そして玲奈は2人に歩み寄る。
「瑠宇さんなら、彼らの居場所が分かるかもしれない」
「本当ですか?」
「彼女は龍人族だから携帯はなくても、テレパシーで居場所を特定できるかもしれない」
「貴重な情報ありがとうございます。でも…ルナは」
「このことを話しても、彼女はメイドもスクールをやめることを選択しないわ。だから、貴方達のサポートが必要です」
「それなら任せてください」
「リーク、フラット。ところで貴方達はどちらが、従兄さんの方へ行くのかしら?」
「俺です。フラットにはルナを看てもらいます」
「分かったわ。私にも協力させてね。戦友の一大事だもの」
「心強いです」
学校に行く時間になったので、リーク達は学校へ向かい、奈々は一度ルナの元へ帰ってから彼らを追った。
しかし、それを見送る棗達の顔はいっこうに晴れない。
「会ったとしても、門前払いされるだけだ」
「それに徳川の人間だった記憶は薄れつつある」
「それはないわ」
否定する玲奈に、反論する輝。
「一度連絡した時、どちら様だと聞かれたんだ」
「それは、多分…従兄さんが過去を忘れたいからでしょう。闇雲ウイルスが爽さんを乗っ取ったのは、もとはと言えば自分の責任だと思っていると思います。きっと、その重圧に耐え切れなくて敢えてそう言ったのでしょう」
「だったら、最前線で戦ったあの子達の顔も見たくない筈です。リークは尚更です。一時期ではありましたが、ルナと共に彼らと過ごしてましたから」
「なら、同じ戦友である景さんを自分のもとに置くのですか?」
輝の持論だと、レバインは、自分に近ければ近い間柄ほど、遠ざけたい筈だ。なのに、景を手元に置くのはおかしい。
「それは、戦友以上の特別な感情によるものだろう」
「思慕ですね…。藤波貴方も授業なんだから早く行きなさい」
「そうですね。行ってきます」
藤波は、車椅子を押して診察室を退室した。
「思慕ねぇ…」
「けど、リーク達はただの戦友だ。忌ま忌ましい過去を思い出す温床にも成り兼ねん」
「…でも、従兄さんは仲間を見捨てるような薄情な人ではありません。威圧的で難しい顔をいつもしていますし、言葉も容赦ないですが、仲間を見捨てる真似だけはしないと言えます」
「信じているのだな…」
「だからこそ、雅也くんも景さんと従兄さんが一緒になるのを認めたんです」
「雅也ねぇ…もう8年も経つのか。あいつならどう言ってたんだろうな」
故人戸川雅也を思い出す棗。ひょうきんで可愛い女の子には目がなかった彼を思い出しクスリと笑う。
「雅也くんなら、きっと奔走したわ。だって景さんのために自分の命を捨ててまで助けたのよ」
玲奈にとっては胸が苦しくて痛い思い出だが、それは彼の人柄そのものを表す。
「だろうな。最後まで諦めないのが、あいつだったな」
「時々思うの。リークが雅也に見えてきて…」
確かに社交的だし、女性に対して優しいところは雅也そっくりだ。フラットの思惑は当たっていたということになる。
「でも、違うの。リークはルナを愛してる。さっきの態度を見たらすぐに分かったわ。だからかしら、手を貸したくなったのは」
「大切なものを失いたくない気持ちに共感したのか、失ってしまった過去があるから、そうなってほしくなくて、手を差し延べたのか…」
「…どちらもよ。私はもう二度と会えないけど、ルナとリークは違うわ」
「病気さえ治れば、なんでもできる」
「うらやましいわね…」
話を置いてきぼりにされた、透は一度咳ばらいをする。
「忘れてない?俺のこと」
そう言われて、我に返る玲奈と棗。
「ごめんなさい。雅也くんの話をするとつい夢中になって」
「すまん、父さん。一度情報を集めてみるよ」
「ネット仲間に四龍の仲間がいるのか?」
「まあね。そうと決まれば輝さん、家に帰ったら、一度パソコンを立ち上げてくれ」
「情報収集か。君も仲間は見捨てられない質だな」
「まあな。ルナとは海原を旅した仲間だからな。協力しないわけにはいかないだろ?土下座までされたし」
図書館に戻り、全世界のネットユーザーに、景とレバインの居場所を聞くことにした。
一方、その頃ルナは、目深に帽子とサングラスを被りながら、藤波の授業を受けていた。もちろん女子達はその姿を見て、ルナだとは気付かず、堂々と彼女に近寄る。
「ねぇ、あんたルナ・クロフォード知らない?」
「ど、どうかしましたか?」
ルナは必死で声質を変えて、返事する。
「あの女、尻尾を巻いて逃げ出したと思うと愉快でたまらないわ」
「そ、そうなんですか?それより授業聞きましょうよ」
するとあからさまに嫌な顔をされる。
「あ、無理にってわけじゃないので」
愛想笑いをして追い返そうとするルナ。
「ふふふ。あんなでくのぼうの授業なんて受ける気ないわ」
「なら出ていってくれても構わないよ?」
いつの間にか、ルナ達のそばに駆け寄る藤波。口元こそ笑っていたが目は冷たい。
「な、何よ。そう言われなくてもこっちからこんな授業出ていってやるわ。さあ皆」
彼女の指示により、授業中にも関わらず生徒達が出ていってしまう。すると自然にルナと藤波の2人だけになってしまった。
「いいのですか?皆を追い出して」
「構いません。私の授業を受ける気のない人に対して教える義務はありませんから。ルナ」
「え、えー?」
藤波に正体が見破られ、目を白黒させるルナ。
「気付かないとでも思いましたか?残念ですが、貴女のその口元で分かりましたよ。で も黙ってあげます」
「はい。あの…先生」
「どうしましたか?」
「色彩についての質問なのですが、膨張色は主にどんな色がそう言えるんですか。さっき、会話に付き合わされてちゃんと聞けてなかったんです」
すると、苦笑される。
「ダメじゃないですか。でも今回は特別に教えます。そうですね赤とか、茶色などが膨張色ですね。対称的なのは黒。分かりましたか?」
「はい」
ルナは必死でノートにそのことを描く。
「それでは講義は終わりです。今から三原色と白の絵の具を出してください」
「それだけですか?他の色もたくさんありますよ?」