★MAIN★

□戸惑い
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不意に向けた視線にあどけなさはなく、ただ一人の男として向けられた眼差しに、戸惑いを隠せない。

「け、研究のしすぎじゃない?」

「残念。これ伊達眼鏡なんですよ」

自ら眼鏡を外すフラット。双子の兄であるリークとはまた違ったダークブラウンの瞳が玲奈を捕らえてはなさない。

「本当は知られたくなかった」

「何をよ…」

「素顔。どれだけ苦労してポーカーフェイスを装ってると思ってるんですか」

「えっ」


素顔が見えないのではない、見えなくさせたのだ。しかし、フラットの言葉は意味深だ。

「さっきのことは空耳だと思って。おやすみなさい女王。また明日」

微かに微笑むフラット。ただそれはいつものフラットではなく、どこか別の男性に見えた。彼の背中姿にため息をつく。

「…執事ではなく医者として…かぁ」

あの優しかったフラットとは違う。基本的には違わないのだが、最近の彼はどこか自分を避けているのだ。心当たりがなかったわけではない。闇一族のせいで父親を亡くし、親友のルナを失う寸前まで追い詰めたのだ。もちろん、玲奈自身が手を下したわけではない。だが、今も残るほの暗い罪悪感が、玲奈を苦しめる。

すると、母親の佐伯遼がやってきた。

「明日のことだけど…」

その声で我にかえる。遼はさっきフラットが座っていた椅子に座る。

「お供にフラットをつけることになったけど…だめかしら」

「いや、駄目じゃないよ。でも意外ねぇ。雅也くん以外には決してお供にはつかせなかったのに」

「中川先生に推されたのよ…。私の意志じゃないわ」

夜空を見上げてため息をつく。

「そう…私は逆の立場しか分からないからなんとも言えないけど」

「逆の立場?」

実は遼は、1000年前の人間でその当時玲奈の叔父に当たる、徳川漣の執事として仕えていたことがある。もちろん今も専属ではないが、玲奈の執事をしている。

「お供につく側よ」

「お供というより、ドクターって感じよ」

「執事は、主人のことはなんでも知ってるし、管理もするからスペシャリストだよ。健康管理や精神的ケアも、執事の仕事。だからドクターも兼ね備えてるから、私側からしたらフラットは執事向きよ?」

執事側から見たらフラットの執事の素質は十二分にある。しかし、実際に仕えさせるのは玲奈の方だ。

「フラットはあまりにも大人しすぎるわ…。インドアだし、あまり社交的でもないし」

「雅也くんと比較するから、そうなるんじゃない?見合いの時だって、いつもそこから入るから、全部断ることになったんじゃない?」

フラットと雅也を比較していたことを指摘され、わずかに眉を歪める。

「フラット個人を見てあげたらどう?」

「やたらお母様も、フラットを推薦するのね」

「フラットは嫌なの?」

好きか嫌いかと言われれば、嫌いではないが正しい気持ちだ。彼が小さい頃から知ってるし、誰よりも懐いてくれた。でも、異性として見たことは一度きりとして、なかった。

「嫌というより、恋愛感情はないわ。もちろん向こうもないと思うけれど」

「そう…」

「お母様、私のことを心配してくださるのは嬉しいわ。でも、私は決して誰も愛さないし、好きにならない」

「他にいい人ができたとしても?」

深く頷く玲奈。

「雅也くん以上の人なんていないわ。彼だけが闇一族だった私を最初から受け入れてくれた。きっと、他の人じゃあ、私の出生場所を聞いただけで軽蔑するのが関の山だわ」

実際そうだ。臣下達も立場上玲奈を立てているだけだ。雅也がいた頃は、会議もスムーズだったし、臣下達のパイプ役になってくれたので、円滑な関係が保っていられた。しかし、雅也が亡くなってからは妙にぎすぎすとしていた。それは、遼も薄々感じていた。

「…だとしたら、フラットは不向きだと言いたいのね?」

「彼は、仕事はこなせそうだけど、人間関係のパイプ役は社交性が薄いから期待できないわ」

「じゃあ、育てたら?執事として」

「私が!?」

遼の提案に思わず耳を疑う。雅也は、元王族出身者でもあるから、執事になっても割とすぐに玲奈のスケジュール管理や、臣下とのパイプ役もそつなくこなしてきた。なので、玲奈自身が直接あれこれ言う必要はなく、育てるというよりは、むしろ女王としての教育を雅也から受けたと言っても過言ではない。

「でも彼の夢は東洋医学の薬の開発者よ。執事にすることで、夢を壊してしまうのはちょっと…」

「雅也くんもスタイリストをしながら、執事をしてたよね?」

「スタイリストと言っても、私の世話の延長線上よ。それに私に、執事を育てる器量はないわ。自分のことで精一杯だもの」

雅也がいなくなってから、玲奈はほとんど1人で城務をこなしてきたのだ。執事がいても多忙だったのに、ここ8年間はそれを上回る多忙さなのだ。もちろん執事を養成する時間はない。

「委ねたらいい。貴女はなんでも1人で抱え込むから」

「彼には委ねられないわ…」


すると、娘の話を陰で聞いていた衛がバルコニーに現れる。


「執事を信じるのも、女王の役目だよ」

「でも、彼は正式に執事として決まったわけじゃないわ。というより、話聞いてたの?」

「フラットとすれ違った時からね。何やら思い詰めてた顔してたけど彼」

「思い詰めてた?」

「玲奈。君が原因か?」

首を傾げて、玲奈を見る衛。どうやらそうだとは思い込みたくないのだろう。

「かもしれない…。執事の件について話してたから」

「そう。ただ彼も多感な時期に入ったから、些細なことでも悩んだりするし」

「………」

眉間にシワを寄せて、考え込む玲奈に肩をポンと叩く。

「執事の件は中川先生から聞いた。フラットの意思を無視したようだから、悪かったとは言ってたけれど…」

「執事としてではなくドクターとしてなら、お供についてくれるみたい」

「雅也くんに負い目があるんだね」

「負い目?フラットが?」

なんのことだかさっぱり分からない。

「執事としても、男性としても彼は最高だった。執事側の私からしても雅也くんは申し分のない子だったと言える。だから、嫌でも彼と比べられる。もちろん君が意識してなくても、フラットはそん感じ取る。だからかな」

「負い目があって執事にはなりたくないってこと?」

「まあね。雅也くんとフラットじゃあ性格も正反対だしね」

「けど、お供として着いていくことは断らなかった。本当に負い目があるなら、それさえも断るわ」

「難しいのよ。あの子にとっても…」

執事側の意見からしても、フラットはいま複雑な胸中に置かれてるとのことだ。

「…とにかく、試してみなければ分からないだろう」

「…そうね」

椅子から立ち上がり、スカートの埃を払う。

「もしかしたら、それが運命なのかもね」

「それは分からないけど。とにかく、おやすみなさい」

「おやすみ。明日は気をつけて」

「くれぐれも無茶だけはしないでくれ」

「肝に命じておくわ」

バルコニーから城内に入り、自分の部屋に戻る玲奈。この時すでに時計の針は10時を刺して夜も更けてくる頃だった。

一方、フラットは医務室で1人、薬の研究に没頭していた。すると、来客がやってきた。

「相変わらず、薬のことばかりかまけてるんだな」

振り向くと、そこには城から去った筈のリークがいた。

「兄さん…」

「ルナの様子を確かめたくてな。最近どうだ?」

「最近はいじめもなくなったみたいだし、ルナも徐々に馴染んでいってるみたい」

「そっか。安心した。ところでフラット」

医務室の簡易イスに座り、フラットの方に向くリーク。

「な、何?」

いきなり真剣な目をされて、どぎまぎするフラット。

「お前はどうなんだ?」

「薬はまだ試作を繰り返してる」

「薬の話はどうでもいい。お前自身のことだよ」

「……兄さん」

「どうした?」

「何故、僕に女王の執事を任せるようなことを言ったの?僕はそこまで望んでない!」

リークなりの思いやりだったが、フラットはそう受け取れなかった。

「ルナのことはお前にもいろいろ助けてもらった。だからせめて役に立ちたかった」

兄心なのだろう。弟がなかなか玲奈に好意を伝えないから、強行手段を考えたのだ。

「嫌でも雅也さんと比べられるんだよ?あの人に勝てっこないじゃないか」

両手で頭を抱える。

「…だからって、自分の想いを一生閉じ込めておくつもりか!?それでお前はいいのかよ…」

「そばにいられるなら、ずっと【弟】としている方がいい」

「本心か?」

「あぁ、本心だよ。兄さんみたいにストレートに好きだって言えるわけがない。ましてや、玲奈さん相手に…。それに先生だって勝手だよ。どこに僕に執事の素質があるんだよ」

透も、フラットが抱く玲奈の気持ちを分かっている。可愛い愛弟子のために今回、彼に執事をさせる案を出したのだ。けど、鈍感なフラットはそんな想いなど知るわけがない。リークは密かに透に対して申し訳ない気持ちになった。

「素質うんぬんも大切だと思うけど、姿勢も買われるからな。俺が彼女の執事になれないのは、その姿勢にはならなかったからだよ。しかし、お前は違う。雅也さんがいたときも、雅也さんがいなくなって彼女が廃人寸前になった時も、今も一度として心がわりはなかっただろう?それってすごいことだぜ?」

「ただの片思いだよ。ただの」

「最初はそれでいいんじゃないか。お前の一途な姿を見て、もしかしたら玲奈さんも認めてくれるかもしれない」

「もしかしたらの確率じゃあ、勝算はないよ」

敢えて冷ややかに接するフラットに諦めの胸中が見え隠れして、歯痒い気持ちになる。

「すぐ、確率に頼る。心ってもんは、理屈じゃ考えられないし先も読めないもんなんだぞ?」

「それが兄さんの持論?ルナとうまくいってるんだね。良かったじゃない。僕のことはほっといて。どうせ同情なんでしょ」

「じゃあ玲奈さんが他の誰かに取られてもいいのか?他の誰かが執事になって、そして深い関係になっても、お前はいいのか?それでも確率論で仕方なかったと言えるのか?」

フラットの肩を掴み、捲し立てるように話すリーク。

「それが運命だったと諦めるしかないじゃないか…」

苦々しい顔になるフラット。本心ではないはずだ。

「それに玲奈さんが幸せであれば、僕は何も望まない。他の誰かが玲奈さんに幸せをくれるなら、僕はそれを邪魔する権利はない。雅也さんの遺言は「彼女を幸せにしてやって」だから」

「遺言通りの意味だと、お前の手で幸せにしてくれということになるぞ?」

つまり雅也もフラットの気持ちを気付いていたのだ。最初フラットに対して譲らないと言っていたが、自分の最期に玲奈を託したのだ。フラットなら彼女を幸せにできると。

「なんで、あんなこと言ったんだあの人は…」

「それは俺にも分からないさ。ただ1つ言えるのは、これからも玲奈さんから目を離すな。いいな?」

「…分かった。分かったけど」

「まだ、何かあるのか」

「僕が彼女を幸せにできなかったら…」

「馬鹿。そんときはそんときだ」

フラットの髪をわしゃわしゃと撫でるリーク。

「ということで、明日頑張れよ?」

「やれることはやるから、心配しないで」

「お前のことだから、大きなヘマはしないと思うけど。じゃあな。早く寝ろよ」

「兄さんもね」

医務室を去るリーク。

(とにかく、明日だ。明日になってから今後のことを考えよう)
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