★MAIN★

□死闘
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「じゃあ、あの絵は…」

「妻です。授業のない間、雑務や会議がない時間は、ずっとここで描いてます。でもだめですね。もうあの頃みたいには上手く描けない」

諦めたように笑う藤波。ピクトマンサーを目指していた彼としては挫折感を感じずにはいられなかったのだろう。

「先生…、私も描けなくなるのでしょうか」

闇雲ウイルス患者を直接見たことはないので、はっきりとは言えない。

「意思によるものでしょう。こんな体になっても描きたい気持ちは消えませんし」

作業を再開するルナ。

「額縁に入れるような画材だったら何がいいんでしょうか」

「うーん。君が油画で描くのなら皮に木の骨組みを討ったりして画材を作る。もし、普通のデッサンなら、ケント紙にガラスケースを入れて額縁にするのがいいでしょう」

「油画はまだ習ってるばかりなのです。それに私は水彩の方ですから」

「水彩ですか…」

「藤波先生は?」

「私はもっぱら鉛筆と色鉛筆です」

「一緒ですね」

にっこりと微笑むルナ。いつの間にかルナが描いた似顔絵が完成していた。藤波はそっとその紙を取る。

「ふぅん…」

「どうでしょうか?」

「デッサン力はまだまだですね。でも、この構図はいいですね」

荒削りながら、その絵は俯いている藤波を忠実に描いていた。

「まあデッサン力は、練習あるのみですから、これからも二人三脚で続けていきましょう?」

それはうれしいのだが、他の生徒もいる筈だ。

「それじゃあ成り立たないでしょ?私以外の人は…」

「…そうでしたね。私としてはマンツーマンでやりたいですが」

「どうして?」

首を傾げるルナ。

「君は他の生徒と違って素直だし、心も綺麗です。本当に汚れを知らない」

「それは子供っぽいっていうんでしょうか。クリフト先輩もガキだって言ってたし」

「ふふふ。彼にしては上手くごまかしたみたいですね」

「え??」

なんのことか分からずさらに首を傾げる。

「愛情の裏返しですよ。きっと彼も君のことを愛しいと思ってますよ」

改めて他の人間から言われ、顔をばあっと赤らめる。


「休学の件は、校長から聞きました。しばらく武者修行しにいくと」

「あの…」

「大丈夫。彼はあなたを見捨てたわけではありません。ただ君には寂しい思いをさせてしまうかもしれないけれど、同様に彼もどこかで貴女を恋しいと思ってるから」

教室の向こう側に見える快晴の空を見上げる。彼も澄み切ったこの空を見ているのだろうと思うと自然と笑顔になる。

しかし、チャイムが鳴った後ファンクラブの女子達が、教室に押しかける。

「な、なに?」

「クリフト先輩はどこ行ったか知ってる貴女?」

「リークがいきなり休学だなんてっ…」

「絶対女がいるのよ女が!!!」

顔を見合わせる藤波とルナ。女子達は皆ものすごい形相だ。

「落ち着きなさい。それならフラットが知ってる筈でしょう」

「先生は黙っててくださいよ!!」

「あの根暗男が知ってる筈がないでしょう。いくら双子でも」

「そこの貴女!何か知ってるでしょう。あの田舎娘とリークが失踪したの知ってるでしょう」

「あの女。見た目と反してやること大胆ね。帰ってきたらとっちめてやるわ!」

「貴女まさか…」

思わず背筋が凍る。変装してても分かる人は分かるのだろうか。女子達はルナを凝視する。

「はい?」

いきなり眼鏡を奪われる。もうこれでは、正体がバレただろう。

「あんた、リーク先輩の行方知ってるわね?どこに隠したの!!」

胸倉を掴まれる。これは流石に危険だと判断した藤波なルナの変わりに手を払おうとする。

「先生には関係ないでしょ!!」

「関係ありますよ。かわいい愛弟子に手を出されちゃ困りますからね」

「愛弟子?ただ受ける生徒が1人だけで思い上がるのもいいところですわ」

ポーカーフェイスから徐々に冷たさを帯びる。

「よくご存知ですね。もしかして、貴女…」

伊達眼鏡を外し一人の女子を凝視する。

「彼女の絵の実力を見に来たのですね?」

つまり、いじめの主犯格だと言いたいのだ。

「ふふふ。ならまどろっこしい真似なんてしなくていい。見せてくれと一言言えばいいのに」

すっとルナの絵を見る。

「おーほっほ。勝ったのも同然ね。私と勝負するならもっと実力がある方だと思ってましたのに」

暗に下手だと言われたのだ。今までそう言われたことがないので、打ちのめされるかと思ったがルナはいたって平然としていた。

「そりゃあまだ練習中ですもの」

「あたしを敵に回すつもり!?」

「むしろ敵に回してるのは貴女ですよ。私、身に覚えなんてありません。リーク先輩とはただの幼なじみですから」

しかし納得がいかないようだ。

「じゃあ、なんでリークは休学したの!?」

「聞いたら傷付きますよ」

「同棲資金?ふざけるんじゃないわよ。私を馬鹿にするのもいい加減にしなさい」

腕を振り上げる。頬を叩かれる寸前、ルナはその主犯格の人物を見据える。

「私の病気を治すためです」

振り上げた手を戻される。

「本当はここまで申したくないけれど、私闇雲ウイルス患者なんです」

途端に周りが離れる。

「感染はいたしません。ですが、私の命は持って後3ヶ月足らず。貴女方が望んだ通り、消え行く運命なのかもしれません」

「ルナ…」

「リーク先輩は、それを阻止するために休学したのです。だから私もしばらくは会えない。場所はしってます。でも、彼の想いを無駄にしたくないから言えません」

張り詰めた空気が流れる。

「皆さんが私を邪険に思うのは、構いません。ですが、彼の邪魔だけはしないでください。ファンクラブなら当然ですよね?」

「分かったような口利いてるんじゃないわよ!!」

「あんた、ファンクラブの敵だってこと分かってて言ってるの!?」

「敵でなかろうが敵であろうが、私はリーク先輩を…」

突然めまいがする。ふらりとよろめき机に突っ伏す。しかし、すぐに顔を上げる。

「大切にしたいのです」

「リークがあんたなんて相手にしないけどね」

「分かってます」


チャイムが鳴り、女子達が帰っていく。

「あ、私もいかなくちゃ…」

立ち上がろうとすると、視界が歪む。思わず床に手をついてしまう。藤波は自分が不自由な身体にも関わらず、身を乗り出す。

「ルナ」

「私なら大丈夫だから…。授業行かなきゃ」

「ルナ」

「先生…。私、病人扱いは嫌いです」

「そういう問題じゃないんです。ちょっと貸して」

右手に触れる。ルナの手は微かに震えている。

「やはり。いつもより、タッチが荒いと思ったのです。誰よりも繊細なタッチが出来る貴女が…」

「だからって…」

「ベストの状態で描きたいのでしょう?担当の先生には言っておきます」

「でも、私は勉学を学ぶために」

「本来、君は勉学のために来たのではないのでしょう」

見透かされて、目を見開く。

「本当は、大好きなリークのそばにいたかったからでしょ?似顔絵は口実でしょ?」

「お願いだから、誰にも言わないでっ…リークくんにもっ…きっと軽蔑される」

身体が弱っているのか、精神が弱っているのか涙がほろりと流れる。

「大丈夫。私もその理由で1年間も、妻に嘘を付き続けてましたから。言えるわけがないでしょう?大切な人のそばにいたいのは、当たり前の感情だから」

ゆっくりと抱きしめられる。

「ルナ…今日は休みましょう?病気が治ってからでもいいじゃないですか。勉学に励むのは」

「………」

きまじめな性格ゆえ、授業をサボタージュするのは納得がいかないのだろう。

「…困りましたねぇ」

するとフラットがやってきた。

「ルナ、遅いよ。早く行こう」

「ちょっと、待って」

微かに笑みを向けるフラット。

「僕に任せてください。体調が悪くなったらすぐに連絡しますから」

「しかし…君は」

「勉学の方ですよね。ご心配なく。協力者もいますので」

フラットは、ルナを軽く背負うと次の授業に向かう。

「ちょっとフラット先輩っ…」

「どうした?ルナ」

「これは流石に恥ずかしいです」

気がつくと、教室にいる生徒から凝視される。

「すみません。授業に遅れました」

ルナを下ろす。冷ややかな視線が突き刺さる。たまらなく目を逸らすが、フラットは逆に背筋が凍るような笑みを浮かべる。

「残念だけど、そういうことですから」

平然とした態度で、席につくフラット。ルナは辺りをキョロキョロと見渡す。

「先輩?」

「カモフラージュ。前にも言ったでしょ。さ、授業に集中しなきゃ」

フラットはフラットなりにリークを邪魔しないように、気を遣っているのだろう。

窓から差し込む日差しが暖かくて、思わずうとうとしてしまう。

(寝ちゃだめだ…)

ルナはうつらうつらさせながら、ノートに板書された内容を写す。フラットはそっと紙を渡す。

『ノートなら写しておくから、寝てていいよ。さっきの授業でエネルギー使いきったみたいだから』

思わず笑みが零れる。フラットはルナが寝てるのをバレないように教師の目線を凝視する。

「どうかしましたか?クリフト」

「いえ。なにも」


なんとかすべての授業をこなし終えたルナは、ほとんど体力を使い果たしてしまった。フラットはルナのいるD−2教室に向かうと、窓にもたれて眠るルナがいた。

「お疲れ様」
















「うん、お疲れ様。どうやら君は思考型だね。本能型だと思ったけど」

今日一日練習して分析した結果だ。

「もちろん礼さんも思考型だからさ、同じタイプだな」

「戦っただけで分かるのですか?一度や二度だけで」

「うん。だけどトランス後は本能に戻るんだ。気をつけて。いつそのタイミングでくるかは分からないから」

「じゃあ最初からという場合も?」

「条件が条件だしね。どうしても思考型は本能型には不利だ。あと1つ。君は、本気で命が捨てられるかい?大切な人のために」

お互いの視線が交じり合う。

「あの人は背負うものが君とは違う。本気で殺すかもしれない。守りたいもののためにね」

「…承知の上です」

「流石といいたいけど、今じゃあ到底敵わないよ。それに3ヶ月は短すぎる」

「なら、最初からそう言えばいい」

「リーク。今回はフラットの案に乗るべきだ」

「…………」

「君のルナを助けたい気持ちは痛いほど分かるよ。けどね…」

リークの目つきがいきなり鋭くなる。

「ルナは俺の案に乗った。今更、放棄できません。そんなことしたら一生あいつに相応しい男にはなれない」

「諦めろと言ってるんだ。君は剣士として一番欠けてるものがあるんだよ」

「欠けてるもの?」

「自分が死ぬかもしれないという恐怖感。それがあるからこそ強くなれる。しかし、今の君はそれがない」

確かにそうかもしれない。

「…だからって、ルナを見捨てるわけにはいかない。あいつの夢を潰す真似はしたくない」

再び剣を構えるリーク。

「あの人の背負うものがどれくらい重いかは知らない。だけど、俺だってルナの将来を担う責任がある」

「君だって未来があるんだよ。デュエルで潰す気か!?」

首元にレイピアの穂先を向ける。

「潰されるなら、そういう運命だと思う。だが不戦敗だけは嫌だ」

向けられたレイピアを自分のレイピアで離そうとするが、なかなか離れてはくれない。

「あんたも大概しつこいな」

「褒めてくれてありがとう。でも、君ほどではないな」

逆にレイピアを払う。

「1つだけ勝つ方法がある。分身時に狙え。いいな?」

普通、分身時だと相手の姿が何分割もされて当たる確率が低くなるものだ。

「分身時を見破られた時の、精神的ダメージは大きい」

「なんだか卑怯な…」

「正攻法で戦ってたなら僕も負けただろうね。デュエルは心理戦と言っても過言ではない。ただの喧嘩とは違うからね」

つまり変化球で攻めろと言っているのだ。
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