短編集

□バレンタイン
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「鉄くーーん!」


大きな声で呼びながら3年生の教室を覗くと
幼馴染である鉄くんがこちらに振り向いた


「見て見て、英語の小テスト頑張った!」


教室の出入り口まで来てくれた鉄くんに
大きく90と書かれた紙を見せれば


鉄くんの大きな手が私の頭を激しく撫でた


「はいはい、よくがんばりました」


今日も鉄くんは私を子供扱いする
年齢なんて一個しかかわらないのに

でもへらへらした薄い笑いを浮かべている
この鉄くんが好き




もうずっと前から大好き

バレーしてる姿も当たり前にかっこいいし
そのトサカみたいな寝癖も
胡散臭い顔して実は面倒見のいい所も

鉄くんの全部が私をときめかせる


「んで、本題は?」


鉄くんの手が私の頭から離れると

背中に隠していたもう片方の手をぎゅっと握りしめた


わざわざテストの点数を見せに来たわけじゃない

これは本題の前置きに過ぎない

それは鉄くんも当たり前に見抜いていて
私は心を落ち着かせようと少し俯いた



背中に隠した小さな紙袋の持ち手が手のひらに食い込んで
勇気を振り絞ろうと一度下唇を噛み締める



「あのね、「黒尾ー!」


けれど私の勇気は廊下に響く声にかき消された


声の方からは鉄くんと同級生の女の子が
白い紙袋を持ってこちらに近づいてくる


「ハッピーバレンタイン♡」

そう言って鉄くんに渡したそれに
私は目を見開いた

シンプルな紙袋だからこそそのロゴがよく目立つ

ゴ●ィバだ

あの高級チョコレートを
義理チョコとして渡すわけがない

本命だ


私が日々練習してようやくそれなりの形になった不細工なカップケーキなんて比にならない

途端にたった今渡そうとした自分が恥ずかしくなる


ゴ●ィバの紙袋を受け取りながら
女の子と話し込む鉄くんを見て
私は静かにその場を去った






自分の教室に戻って席に座ると
手にしていた紙袋を広げた


「…え、なにしてるの」


そのまま入っていたカップケーキを口に頬張ると
隣の席に座る双子の弟の研磨が
両手にゲーム機を握りしめながら眉を顰めた


「こんなのじゃだめなの」


こんなチンケなカップケーキじゃ
ゴ●ィバになんて勝てない

女らしさを見せようと
慣れないお菓子作りに挑戦したことが間違いだった

例年通りお店で買ったチョコを義理だと言って渡せばよかったんだ


「さっきまでの決意はどうしたの?」


小さなため息をついてこちらに体を向けた研磨が
下から私の顔を覗き込んだ

そうなのだ
ついさっきまでの私なら
「鉄くんに女として意識してもらう!」と
息巻いていたけど

その決意は今揺らぎつつある
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