オメルタ★獅子と愛犬

□雨に濡れて
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錆びれたビルの軒下から灰色の空を眺めて、青年は眉間にシワを寄せ、何処となく生真面目さが漂う端正な顔をむすっと顰めた。
(あの男、俺を騙すとはいい度胸をしている)
ふつふつと静かにわき起こる罵倒を飲み込み、その脳裏に思い浮かべるのは爽やかな笑みを浮かべた天気予報士の顔だ。

ヤツは確かに言った。
今日はすこぶる晴天で、滅多にない洗濯日和だと。
だから俺はその言葉を信じ、溜め込んでいた洗濯物を朝からせっせと片付け、シーツを変えたついでに布団まで干してきたのだ。

なのに現実はどうだ?

昼間だというのに太陽は分厚い雲に覆われ、空からはバケツをひっくり返したかの如く大量の雨が降り注いでいる。
それだけでも十分憂鬱だというのに、おまけに凄まじい横風ときた。
最早晴天とはほど遠く、嵐と言っても過言じゃない。

クリーニングから返ってきたばかりの濃紺のスーツは、水をたっぷり吸って黒色にしか見えないまでになっている。●●
中に着たワイシャツも例外ではなく、びしょ濡れで肌にぴったりと張り付いて気持ちが悪い。


「まったく、自分の仕事にはもっと責任を持つべきだ」

先ほどから青年の口からはため息だけがこぼれてゆく。

天気予報士が天気を外しまくってどうするんだと説教してやりたくなる。

「お前も傘を忘れたのか?」

同じく軒下に避難していた先客に、青年は何となく話しかけた。
先客はちらっと青年を見上げたが、答えを言わずにすぐに視線をそらした。

廃墟と化したビルが立ち並ぶこの一帯に彼ら以外の人影はなく、そこにはただ静寂があり、地面を叩く雨の音だけが響く。

青年は腕時計を見て、額に張り付く前髪を無造作にかき揚げた。
雨は一向にやむ気配をみせない。
このままここにいても時間の無駄だろう。
すでに全身ずぶ濡れで、雨宿りする意味もない。
大切な人から頼まれたお使いでの外出だったのだが、引き取りを頼まれた品は、幸いビニールの袋に包まれているので惨事を免れている。
それでも念の為、懐の中に抱え、なるべく雨に晒さないように心掛ける。

「そろそろ俺は行く。早く雨が止むといいな」

じゃあな、と、青年は偶然居合わせた先客に別れを告げ、弾丸のように降り注ぐ雨の中に身を投じた。

ファミリーの待つ屋敷へ急ぐシチリア系マフィア・キングシーザーの猟犬の後ろ姿に、先客は手を振る変わりにひらりと尻尾を振って彼を見送った。
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