オメルタ劇場

□由緒ただしき親睦会
1ページ/3ページ

「おいこらっ、待てと言っているだろうっ!どこへ逃げても無駄だ!!大人しくお縄を頂戴しろっ」

右の方から聞こえた怒声に、JJは必死に動かしていた足の向きを、咄嗟に左の通路へと変更した。

待てと言われて待つバカがいるかっ!、と内心で吐き捨てて、脇目も振らず駆ける。
右に曲がりまっすぐ伸びる通路を今度は左折して、そしてまた右折する。
なるべく不規則に、足取りがつかめ無い様にJJは最大限頭を働かせて追手を巻く。
先ほどの声の主がくそっと舌打ちし、壁を蹴りつけて何事か叫んでいるのが遠くから聞こえた。
これで一人撒けたかと、安堵する。

が、角を曲がった刹那、そこに待ち構えていた男と眼鏡越しに視線があった。
ニヤリッと、ヤツの口元が怪しげに笑んだ。
男の腕がずいっと伸ばされ、危うく肩に触れそうになったが、JJはそれより一歩早く踵を返して逆走した。
心臓が、ものすごい速さで鼓動を刻んでいるが、かまっている暇はない。
放って置いてくれればいい物を、案の定、JJのあとを足音が追いかけてくる。

「止まりなさい、逃げるんじゃありませんっ!!全く往生際が悪いですよっ。貴方は完全に包囲されているのです。どうせ捕まるのですから大人しく私に捕まりなさいっ!!」

いかにも上から目線で、命令口調な涼やかな声音に、JJは眉根を寄せ、ちょっと振り返って本気で怒鳴った。

「煩いっ!お前たちこそ、いい加減諦めろっ」

大体なんで俺がこんな目に合わなくちゃなら無いんだっと、心の底からそう思いながら、JJは追手を撒いた。

どの位こうして逃げ回っているだろうか。
今まで命を落としそうな危険な目にあったのは一度や二度では済まないが、俺は今、未だかつて無いほど必死に、それこそ死に物狂いで逃げていた。
風呂に入ったばかりだと言うのに、額からは大量の汗が吹き出し、走る度に幾粒もの汗の玉を宙にばらまく。

追手は複数。
そして、武器はない。

風呂場という無防備な状態で奇襲されたのだ。
一度は敵の手に捕まったが、それでもなんとか隙をついて逃げ出してきたから、なんとか脱衣所にあった浴衣を引っ掴んで羽織るのがせいぜいで、愛銃を取りに行く暇などなかった。

一応、武器がなくてもそれなりに武術で対抗出来るように日頃から鍛えてはいるが、それは相手の数による。
流石に一人で、複数のマフィアーーおまけに相当な手練れーーを相手取って勝てると思うほど自惚れてはいない。
この場合の最善策は一つだ。

逃げるが勝ち。

そう、今は何よりこの場を脱出する事が先決であり、敵と対峙している場合ではないのだ。
捕まれば、今度こそ一巻の終わりだ。
死ぬより、ある意味取り返しのつか無い大変な目に合わされる。
根拠はないが本能が、逃げろ、捕まったら終わりだと、凄まじい勢いで脳内に警鐘が鳴り響いている。

(だが、逃げ回るだけじゃ拉致があかないな)

逃げても逃げても、建物の広さには限度があるから必ず誰かに遭遇してしまうのだ。
どんなに注意深く逃げ回ろうと、それは変わらない。

JJは廊下を全力で疾走し、呼吸もままならず肩で息をしていた。

(逃げるだけが脳じゃない。一旦何処かに身を隠すか)

ここは温泉旅館だ。
部屋数は多く、隠れるところは山ほどある。
しかも幸いなことに、今日は貸切だと言っていたから、どこに逃げ込もうが誰かが使用している可能性は極めて低い。

JJは早速あたりを見回し、手近な部屋に飛び込んだ。
引き戸を開け、身を忍び込ませてそっと閉じる。

室内を素早く確認するが、誰も居無い。
念のために、壁に耳を押し当て、外の気配を探る。
誰かが追いかけている気配は、ない。

(とりあえず、一安心だな)

その事に、張り詰めていた緊張の糸が緩む。

JJははぁっ、と息を吐き、汗で額に張り付いた前髪を鬱陶しげに掻き揚げた。


(喉、乾いたな)

温泉に入ったあと、蒸発した水分を補う時間などなかった挙句の、全力疾走だ。
汗をかいたせいで相当な量の体内水分を持っていかれていた。
走っている最中は必死すぎて気がつかなかったが、余裕が生まれると身体が無性に水分を求め出す。

水でもなんでもいいから、とにかく何か飲みたい。

その衝動に突き動かされ、JJは室内を物色する。
飛び込んだ部屋はちょうど居間に当たるらしく、畳の敷かれた室内は木製の重厚なテーブルと、サイドには座布団が配置されていた。
それ以外にも掛け軸やら、客をもてなすための茶菓子などが置かれていたが、肝心な水がどこにも見当たら無い。
お茶を入れるための急須や茶碗がお盆のうえに載せられているというのに、だ。

「見たところ冷蔵庫もないようだしな…」

大抵の旅館には冷蔵庫も完備されているんじゃないのか?と首をひねったが、実際旅館などに泊まったことなどないから本当のところは分からないのだが。
仕方ないからもう少し我慢するかと諦めかけた時、視界の端にソレが引っかかった。

「ん?なんだアレ…」

掛け軸をかけている真下。一段と高くなったその隅っこに、ちょこんとガラスでできたソレが置かれていた。
透明なガラスでできたそれには水らしき透明な液体があり、上にはコップが被せられて埃が入ら無いようにされている。
最初は花瓶か何かだろうと思ったが、どうやら水差しだったらしい。

何でこんな隅っこに置いてあるのかは気になったが、それより喉を潤したかった。

おそらく水だろうと検討をつけて、JJはコップに注がずにそのまま口をつけて煽った。

ごくんっ、ごくんっと、ようやく水分を得られた身体が、もっともっとと水を強請る。
部屋にそのまま置いていたと言うのに、よく冷えていて、火照った全身を駆け巡るのが分かる。
JJは無心でそれを全て飲み干し、ふうっと息を吐きーーー次の瞬間

「なっ……んだっ、これっ…」

急速に力が抜け、がくんっと膝が落ちた。
突然すぎる自分の身体の変化に狼狽しながら、どうにか立ち上がろうと腕を突っぱねて腰を上げようとしたが、腰を上げるどころか全身の力が抜けていく。
全身が揺れ、ついにはばたんっと畳の上に尻餅をついた。

(くそっ、一体どうなってるんだっ)

心なしか頭がガンガンする。
喉も潤うどころか、焼け付く様に痛んでいる。
わけが分から無い身体の変化に、まさかっとたった今飲んだものを思う。

(ただの、水じゃなかったのか…?)

JJは床に転がった水差しに手をのばして、確認しようとした。
が、伸ばした手が小刻みに震えていることに気がついて、それ以上動かせなかった。

内心蒼白になってズルズル畳に横たわっていると、タイミングを見計らったように襖が開いた。JJが、入ってきたのとは反対側の、隣室に続く襖が。

「……なっ?!」

動揺し、そして悠然と現れた彼らを視認しーーーJJは瞠目した。

JJを標的に仕立て上げ、遊戯と言うには似つかわしくない、死に物狂いのウサギ狩りを仕掛けた張本人達が、ニンマリと満足そうに笑みを浮かべていた。
近づいてくる彼らから本能的に逃げようと腰を浮かすが、身体は言う事を聞か無い。
這いずってでも逃げなければともがいたが、逃げ場はすでになく、背中に壁の感触がひやりと当たった。

「ようやく、追い詰めたね。まあ、思いのほか粘られちゃったけど」
「流石デスサイズと言う所だろう。これ位は想定の範囲内だな」

警戒に警戒を重ね飛び込んだはずなのに、そこにJJが来る事をあらかじめ知っていたかのように笑む彼らに、JJの背中に薄ら寒い震えが走った。

(こいつら、まさか俺がここに逃げ込む事を知っていたのか?!)

というか、俺が必至に駆けずり回っている間、彼らはここでゆったりと寛いで、事の顛末を楽しげに見守っていたのではないだろうか?
その証拠に、無造作に羽織られヨレヨレの浴衣姿の自分とは違い、彼らはピシッと帯までしめてきっちり浴衣を着ている。

(つまり、高みの見物を決め込んでいたと言うわけか)

踊らされていた事実に、酷くムカムカしてくる。
上機嫌な彼らとは違い不機嫌MAXなJJは、視線だけで射殺さてしまいそうな剣呑な瞳で彼らを見て、地を這うような低い声音を出した。

「瑠夏に劉……これは、最初からアンタたちが、仕組んだものだったのか…?」

そうとしか考えられないが、
だが、聞かずにはいられなかった。

自分の意思で、逃げ回っていたつもりだったが、どうやらそれすらも違っていたのだろう。
ここの追い込まれたのも必然で、おそらく俺が水分を求めることも彼らには計算ずくだったのだ。
何を飲まされたかは知らないが、飛びつかずにはいられ無い甘い餌をしかけて、仕留める事も。

キングシーザーとドラゴンヘッドの親睦会に呼び出された挙句、劉ご自慢の九龍湯に浸かりながらなぜか発展した肉体自慢大会に巻き込まれ、そして何故だか襲われて。
部外者である自分が招かれた事自体が可笑しな話だったが、一から十まで仕組まれていたのだとすれば、全てに腑が落ちる。

「宇賀神と霧生礼司が誘導していたとも気がつかずに、こちらの思惑通りに、のこのこと部屋に忍び込んでくるとは」

存外抜けているなと、脳まで響くような劉の低い声がJJの鼓膜を揺さぶった。まるで自分の愚かさを当てこすられているように聞こえ、JJは悔しげに唇をかみしめた。

瑠夏が腰を屈め、そろりとJJの頬を撫でた。
形のいい唇が緩み、愛おしいむようにそっと、優しく囁く。

「飛んで火にいる夏の虫、ってねーー待ってたよ、JJ。さっきの続き、しようか?」
「続き、だと?」
「そう。続きだ」

諭すように、ゆっくりと間をおいて、瑠夏の声音が告げる。

「前々からキミの事は気になっていたんだ。いつかはボクの下に組み敷いて、孤高に気高く生きる狼の全てを暴いて見たいってね。さぁ、JJ、皆が絶賛するキミの肉体の全てを約束通り見せてもらうよ?」
「俺は、そんな約束なんてした覚えはない」
「何言ってるんだい?風呂場で見事な裸体を見せつけておきながら今更出し惜しみするのか?」

腰を落として視線を合わせた瑠夏に、スルリと首筋を撫で上げられ、JJは首を竦ませた。耳朶を、甘い声音がくすぐる。

「ふふっ、頬が赤くなってる。照れなくても大丈夫だよ。君の素顔をーーーキミの全てを、隅から隅まで余すことなくボク達に見せてくれればいい」
「そうだともJJ。裸の付き合いをしてこそ親睦はより一層強固なものとなるのだ」
「バカかっアンタ達は!!親睦なら勝手にアンタ達だけで深めてくれ。俺は無関係っーーーぐふぅっ?!」

反発しようと口を開いた刹那、JJの唇に劉が指を突っ込んで来て、JJは言葉を出せず、代わりにむぐぅぅっと呻いた。

「くくっ、我々に盾をつくとは貴様は本当に怖いもの知らずだな。だが、分かっているのだろう?私達に逆らえる訳がない事を。何、怯える事はない。貴様自慢の肉体を、拝ませてもらうだけだ。ーーー私達が満足するまでたっぷりと、な」

劉が、彼らしい悪辣で邪悪な笑みを唇に刻み、

「大人しくしていれば悪いようにはしない。我々の親睦を深めるのに一役買える事を光栄に思え」

劉の言葉に同意を示す如く、瑠夏も爽やかなのに、どこか黒い笑みを浮かべた。

敵対していた二大組織のボス達は、長年犬猿の仲だったとは思え無いほど、見事な結託ぶりを持って、JJを見やった。

JJは二対の視線を一身に浴び、その圧力や、自分に向けられている邪な感情に耐えられなくなって視線を反らした。

JJが何も言え無いまま黙していると、それを合意と受け取ったのか劉の腕が腰に伸ばされる。
嫌だっと身をよじって僅かな反抗を見せて逃れようと抵抗したが、すぐさま瑠夏の腕がJJの膝裏に伸ばされた。

「何をしているのだ宇賀神。そんな所でコソコソ撮影などしていないで、私達を手伝わないか」
「そうだよ霧生。そんな所に突っ立っていないでボクたちを手伝ってくれ」

「すみません首領、今すぐに」
「も、もちろんです。自分もすぐに手伝います!」

いつからそこにいたのか、カメラを携えた宇賀神と、ようやく鼻血が止まったらしい霧生がそそくさと現れた。
それぞれ自分のボスに指示され、JJの足と脇の下に腕を差し入れてくる。

四人がかりで軽がると抱えられるようにしてJJの身体が隣の部屋に運ばれて行く。
広々とし部屋には一式の布団がきちんと敷かれていた。
意図的に照明を絞られた室内はどこまでも清潔なのに、これからの行為を臭わせるには充分危険な雰囲気を醸し出していた。

俺はこれからどうなるんだ。

一抹の不安を覚えながらも、退路を塞がれたJJは布団に降ろされ、襖が閉められるのを某然と見ていた。

「ドラゴンへッドとキングシーザーの初めての共同作業だ。ワクワクするよ」
などと露天での言葉を再び嘯く瑠夏の声音が、やけに楽しそうだなとJJは他人事のように聞いていた。
逃げ回ることに疲れたこともあったのかもしれないが、抵抗する気力すら削がれたーーーというよりはもう面倒になって来たJJは、もうどうにでもしてくれと覚悟を決め、ゆっくりとまぶたを閉じて、瞑目したーーー
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ