オメルタ劇場

□秘想遊戯
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「くそっ、なんだってこんな事に…!!」
「落ち着きなよ石松。少し冷静になって」
「冷静になれだと?!」

パオロの落ち着き払った声音に、石松は怒気も露わにくわっと牙を剥く。椅子を蹴たてて立ち上がり、怒りをぶつけるかの如く石松がどんっとテーブルを拳で叩いた。

「落ち着けるわけねぇだろ!!どうみても俺のが優勢だったじゃねぇか!!なのに、なんでこんな事になってやがるんだ」
「いくら喚いても結果は変わらないよ。受け入れ難いかもしれないけど、これが現実だ。諦めるんだね」


鼻息も荒く、心底悔しげに頭を抱えて呻く石松に、パオロはやれやれと呆れてため息をつく。
なにか落ち着かせるような言葉をかけるべきかパオロは思案したが、どう頑張ってもしばらく石松の憤りは収まらないだろうとしばし様子を見る事にする。

(毎回毎回、ゲームの後は凄い荒れっぷりだよなぁ。まぁ、見ていて飽きないからいいけど、ね…)

勝てたはずなのにと自己嫌悪に陥っている石松の心の深いとこで、別の感情に心が動揺しているのを知っているから、そんな姿だってみていて楽しいと、パオロは内心で嗤う。

もともとポーカーフェイスを作る事に慣れている。顔に出そうになる感情を押し殺し、パオロはこみ上げそうになる笑みを難なく堪え、平静を装う。

机を挟み、向かい合った彼らの間にはチェスボードがある。
白と黒の駒が場を占める盤上はすでに勝敗のついたあとで、さっきまで駒たちが激しいせめぎ合いを繰り広げていた。

勝敗は、白の勝ち。

中盤までは互角か…もしくは黒がやや優位だったかもしれない。
が、結果はご覧の通りだ。

(本気でボクに勝つつもりだったんだろうけど、残念だったね)

石松も腕を上げてきただけあって、感心させられる一手を打つこともあったのだが、まだまだボクに敵うレベルではないと白い駒が支配した盤上を見て、ほくそ笑む。

「君のキングはボクのものだよ」

パオロは、たった今手に入れたばかりの黒のキングの駒を摘まんでゆらゆらと揺らした。石松はパオロの手中に落ちてしまったキングの駒を苦々しく見つめた。
本当は何か言ってやりたかったが言葉がなにも出てこない。

「賭けは、ボクの勝ちだね」

くすくすと楽しげなパオロを一瞥し、石松は悔しげにちっと舌打ちして唇をかみしめた。

ーーー『俺が勝ったら、お前を抱かせろ』

チェスの勝負で石松が勝てば、パオロを抱くという条件付きで、チェス勝負を挑んだのは石松だがーーー結果は敗北という屈辱的な二文字。

俺の立てた戦術は、パオロの戦略の前に敗れた。

途中まで優勢に事を運べていた自信はあった。
自画自賛をするわけではないが、俺は守備よく駒を進め、陣形を整えられていた。

俺が、パオロのキングを仕留めるはずだった。

だが、終わってみれば黒の盤上には本来あるべき場所にキングの姿は見当たらず、キングを守るべき駒たちは端に追いやられ手も足も出なくさせられていた。
気がついたらこんな展開だった。
途中でなんかヤバイぞと本能的に感じ取ったものの時すでに遅く、体制を整える間もなくパオロに陣地を荒らされた。

勝負を挑んだのは、もうこれで二桁を超えたあたりだと記憶しているが、未だかつて石松はパオロに勝てずにいる。
日々、時間を見つけては部下たち相手にチェスの腕を磨く努力をしているというのに、全く持って成果が実らないことが悔しくてならない。
特に今回はあともう少しでパオロを抱くという野望に手が届きそうだっただけにダメージは大きい。また自分の夢が敗れてしまった事に、石松は落胆の色を隠せず、意気消沈してしまう。そして、それと同時に込み上げてくる感情に、内心で苦虫を噛みつぶした。

「そう、落ち込まなくたっていいじゃないか。また次頑張れば」
「うるせぇよ。慰めなんて欲しくねぇ」

自分が押し倒した椅子を起こし、座った石松は懐からタバコをとりだして一本咥えた。
勝利の後の一本なら格別に美味く感じるのだろうが、今日はいつもより数倍不味い。メーカーは変えていないが、不味く感じてしまうのは気のせいではあるまい。

眉根を寄せ、紫煙をくゆらせる石松をパオロは向かい側からとっくりと見つめた。
石松がタバコを吸う姿は、パオロのお気に入りの仕草だ。

優雅に、静かに、紫煙がパオロの室内で揺れる。

次第に短くなって行くタバコを、パオロは無言で眺めた。
生憎、勝利の美酒に酔わせてあげることはできないが、タバコを吸う時間くらいはくれてやる。

タバコが短くなるにつれ、パオロの気持ちは逸っていたのだが、石松は胸中に暗澹たる想いが広がって行くのを感じた。

(はぁ……参ったな…)

物事にはルールや、制約がある。
特に取引に決まりごとはや条件を付けられることは当然で、成功時に得られるものが大きければ大きいほどそれに比例してリスクも高くなる。
裏であろうが表の取引であろうがいついかなる場合でもそれは変わらない。
デカイ仕事を守備よく締結させればそれなりの褒美を得られる。
そして、失敗すればそれ相応の被害を被ることになる。

石松もパオロに勝負を挑むに当たり、それ相応の対価を支払うことを約束していた。
勝負は常に対等でなければならない。
俺がパオロに求めると同等のものを、俺はパオロに支払うのは当然の義務だ。

だが敗北してしまった今、
途方もなく石松は気が重かった。
本心をいえばいますぐにでも地の果てまででも逃げてしまいたかったが、それは許されない。
イカサマではなく、正々堂々と勝負したのだから尚更。

石松は最後にふぅーっと長い息を吐き、パオロが用意してくれていた俺専用の灰皿でぐしゃっとタバコの火を消した。

「待たせたな」
「いいよ、別にーーーそれより」

言って、パオロは探るような視線を石松に向けた。

「心の準備は出来たの?」
「……ああ」

パオロの問いに、石松は頷いた。

本当は準備なんか全然整っていないのだが、いつまで経っても準備なんか整うはずなど無いのだから、仕方がない。
悪いことを先延ばしにするのは性に合わない。
どうせ逃げられないのだから、さっさと終わらせるに限る。

石松はすくっと立ち上がり、上着を脱いだ。
パオロの視線を全身に感じながら、シャツのボタンを一つ一つ外していく。
ベルトに手をかけ、かちゃかちゃと慣れた仕草で金具を外しーーー下着ごと脱ぎ去る。

冬場であるが、暖房のきいた室内は程よい温度を保っている。
色気もそっけも無い豪快な脱ぎっぷりに、だがパオロの視線は釘付けになる。
鼓動が、高鳴る。

石松はこれから行われることを想像して抵抗する気持ちを無視し、最後に靴下を脱いで床に散らばった衣類をかき集め、近くのソファーに一纏めにして放り投げた。

これで身につけているものは一切無い。

柄にもなく緊張しているのか、靴を邪魔にならないところに寄せようとした自分の手が小刻みに震えているのに気がつく。
らしくねぇなあと石松は自分にカツを入れるべく一度頬を叩き、決然と顔をあげた。

彼らはゲームを始めるまえに互いに条件をつけた。
石松は、自分が勝ったらパオロを抱かせろと。
そして、パオロはそれに見合う物を石松に求めた。

『ボクが勝ったら、石松ーーーボクが君を抱くよ?』

最初にその言葉を聞いた時、
パオロがそんなことを望むとは夢にも思わなかったが、石松はそれに応じた。
きっとただの戯れで、俺をからかっているだけだろうと思ったし、当然勝つつもりだったから石松はいいぜと承諾した。
例え石松が負けたとしてもパオロはそんな事は望まないように思えたのもある。
パオロも男だから性欲はあるだろう。
だが、こんな柔らかみもなければ、パオロのように中性的な美貌も可愛さもない男なんぞ本気で抱きたい訳などないと…そう、たかをくくっていた。
それが如何に甘い考えであったかは、もう理解している。

最初にパオロにゲームを持ちかけたのは、いつだったか、正直あやふやだがーーー誰が勝者かだけははっきり覚えている。
勝った試しがないから、覚えていて当然だろう。俺は忘れたくても、脳がしっかり記憶していてるのだから。

勝者はパオロ。
敗者は石松。

いつもと変わらない勝敗だ。

「いつでもいいぞ」

ふてくされ気味な石松の声を合図にパオロは椅子から立ち上がり、彼に近づいた。
彼の目の前にたち、その裸体をひとしきり眺めて、思わず手を伸ばす。
我慢強さには自信があったが、まだ我慢するんだと自分に言い聞かせてもパオロの指は石松に吸い寄せられて離れなくなる。

髪を撫でて、鼻筋を辿って、唇をなぞり顎先へ指が勝手に動く。

パオロは石松をじっと見つめたまま彼の体のラインを確かめるように指を下へと移動させた。
石松はパオロと視線を合わせたままじっとしていた。

パオロが指先で身体を辿っていくたびに、なんとも表現し難い緩い痺れが全身を駆け巡るが、石松は文句を言うでもなくパオロしたいようにさせる。


パオロの指が茂みに到達した。指を絡め軽く引き、その中に隠された石松のものをそっとすくい上げる。
軽く握りしめたそれはまだ反応を示してはいないが、それでもずっしりと質量がある。

「いつ触っても、石松のは立派だね」
「当然だろ。俺の息子は誰にも負けねぇよ」

これからの行為に気は重たかったが、石松は男として最大級の賛辞にニヤリと口角を釣り上げ、躊躇なく胸をはる。

「本当は、これ、使いたいんだろうね」

パオロは竿を摩り、同時に二つの果実も転がした。石松の躯に微弱ながらも快感が駆け抜ける。
石松の目元がとろりと緩む。

「使わせてくれるって言うなら……っ、…いつだって喜んで応じるぜ?」
「ダメだよ。今日は大人しくしててもらう」

誘うようなことをいうくせに、
結局そうなるのかよと石松はちっと舌打ちした。


「ねえ、石松」
「何だ」
「キスして」
「ああ」

甘く命じられ、石松はパオロの顎を上向かせ、その可憐な唇にそっと己のそれを重ねた。
あまり深くせず軽く重ねるだけのつもりだったが、パオロが舌先を伸ばしててきたので、石松も期待に答えるべく噛み付くようにパオロの唇を食んだ。
石松の舌先がパオロのそれに触れ、絡まる。
タバコを吸ったばかりのどこか苦味のある自分の唾液をパオロの口腔へと押しやりながら上顎を撫でると、鼻にかかるような声がパオロの喉から押し出された。
歯列をなぞり、舌を吸う。

「ん……んっ…んんっ…」
「…ふっ………っん」

緩やかに官能を引きずり出していく深い口づけに、密着した身体から互いの熱が上がっていくのを感じた。
ひとしきり、口腔内を貪りあい、唇を離す。
離れていく途中、交わされた唾液がつぅーっと二人の間に銀色の糸を引き、顎を濡らした。
パオロは指先で唾液を拭い、ペロリと舐め取って情熱的な口づけに満足する。

(キスは合格。ーーーでも。本当に満足できるかはここからだよね)

ーーーパオロの中の獰猛な部分が早く彼を食らいたいと渇望し、騒ぎ出す。
あの引き締まった腹を裂き、誰も知らない秘められた部位に自分だけを刻み、そして骨の髄まで自分色で染め上げたいと本能が求める。
あの男らしく整った顔を、涙でグチャグチャにして、低く耳朶を擽る心地よい石松の声を、思う存分快楽で溶かして甘い声で喘がせたい。
逞しい身体をくねらせて悶える姿が、みたい。

パオロのーーー平素浮かべている穏やかな微笑がなりをひそめる。
秘めていた、パオロの男の部分が、目を覚ます。

これからボクは石松を貪る。
心ゆくまで。
勝者に与えられた褒美を、思う存分味わう。

艶やかに微笑するパオロの顔からは温和な雰囲気は払拭されて、代わりに野生の獣を彷彿させる鋭さが宿っていた。
瑠夏も、そして他の幹部も知らないであろうパオロの秘められた顔に、石松はどくりっと鼓動がはねるのを感じる。

「あっ…」
「何?」
「…シャワー、浴びた方がいいよな?」
「そんなの必要ないよ。それよりーーー」

石松は一応のエチケットのつもりで聞いたが、パオロは首を横に振り、くすっと艶やかに笑みーー

「ベッドへ行こう」

手を引いて、パオロは石松をーーー今宵彼を追い詰める為の盤上へと誘った。
石松はパオロに引かれるがままーーーーもう何度寝たかわからないパオロのベッドへと足を進めた。
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