オメルタ劇場

□死神は闇夜に乞う―前編・JJ梓
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カーテンの引かれた室内に、間接照明が暖かみのある色で部屋を照らし出す。
コチコチコチ…と、時を刻む秒針の音がやけに大きく聞こえるのは、世界が眠る時間帯であるせいかもしれない。
JJはゆっくりと瞼を押し上げて、視線だけを動かして側で眠る青年を見やった。
JJの鼓膜をイタズラに擽るように、すぅすぅと可愛らしい寝息を立てて、ふにゃりと緊張感の欠片も伺えないあどけない顔で梓が隣で眠っている。
安アパートで暮らしていた時と違い、キングシーザーの一員となった今は、それぞれに一部屋づつ、別々の部屋を与えられているのだが、それでも夜になると梓は俺の部屋に必ずやって来る。
幸いにして備え付けのベッドは男が二人横たわっても十分な広さのあるモノだったから、スペース的にはなんら問題はない。
だから、こんな風に頬が触れ合う程に密着する必要はないのだが、それでも擦り寄ってくる梓を引き剥がす事はせず、梓のしたいようにさせていた。
今日もいつも通り、梓は俺の隣で眠っている。
キングシーザーに入団して早いもので二ヶ月が過ぎていた。
最初は組織の遣り方に四苦八苦し、ここ最近やっとキングシーザーの遣り方に慣れて来たJJとは裏腹に、一度は組織に属していた経験のある梓は思いのほか早く順応していった。
元々、キングシーザーの敵対組織であるドラゴンヘッドに属していた梓への風当たりは想像通り強く
、当初は嫌がらせめいたものまで有ったが、今ではめっきりそれもない。
本来の明るさや、人懐っこさが、恐らくはキングシーザーの連中の考えを改めさせたのだろう。
俺は瑠夏の護衛を任されていて、瑠夏に付き従って動き回る事が多いからあまり梓といる時間が取れないので、梓が普段連中とどんな風に話しているかなどは知らないに等しいが、それでもパオロや石松から、お前よりみんなに好かれてるぞと揶揄られるくらいには順風そうだ。
ふと、サイドテーブルを見れば、そこには、梓が寝る間際まで読んでいた建築関係の本が、ちょこんと乗っかっている。


『なぁJJ!今日さ、俺が考えた図案、持っていったんだけど、なかなか筋がいいって褒められたんだぜ! 』


先ほど、仕事から戻ってきたJJに飛びつきながら嬉々として語っていた梓の顔を思い出し、JJは頬を緩めた。
梓は今、キングシーザーと縁のある建設会社で研鑽を積んでいる最中で、日々忙しくしているらしい。学ぶ、という事は、時に楽しく時に辛い事もあるものだが、梓は諦めかけていたーーー父親と同じ建設の仕事に携われる事が、よほど嬉しいらしく、弱音を吐く事はなかった。
いつも笑顔で、出かけて行く。


その笑顔を見るたびに、JJは心が満たされるのを感じた。
他人の幸せが自分の幸せになんて考えた事すらなかったが、梓が笑顔でいるためには、俺はなんだってしてやると思ほどに、梓の笑顔が俺に生きる活力を与えていた。

ーーー梓が笑顔でいられるためになら、自分自身がどんな対価を払う事になろうとも厭わない程に。

「梓、お前は俺が守ってやる」

ふと、誰に聞かせるでもなく呟いて、JJは自分の手を握りしめてる梓の指を一つ一つ丁寧に剥がして行く。本当はずっと手をつないでいたいし、離したくなどないのだがそうも言っていられない。
今夜は、約束があるのだ。
壁に掛けてある時計を見れば、約束の時間まであと三十分もない。
慌てるほどではないが、悠長にやっていることもできない。

梓の腕を沿っと自分から遠ざけ、きちんと肩まで毛布を掛けてやり、JJは物音を立てない様にベッドを抜けだした。

途端、ごそっと梓がうごく気配を背中で感じた。
むくっと、ベッドに梓が起き上がる。

「JJ……?」
「あ、梓。悪い、起こしたか?」
「んー、寝てるけどぉ…」

虚ろな視線が、俺を見ている。どうやら梓は寝ぼけているらしい。
やれやれと、思わず苦笑しながら、JJはベットの淵に腰掛けた。

「明日も早いだろ、寝ぼけてないで、ちゃんと寝ろ。寝るまで側にいてやるから」
「ん、分かった。オレ、寝てるけど、もっかい寝る――――ねぇJJ」
「なんだ、梓?」
「オレ、JJの事、愛してるよ。オレは、どこにいようとも、何があろうともJJがいれば幸せだから……」
「分かってる。ほら、明日も早いんだろ?早く寝ろよ」

寝ぼけているとしか思えないのに、梓は一度だけぎゅっとJJにしがみついてーーーーコトッと、眠りに落ちた。
すぅすぅと、再び、梓の口許から吐息が漏れる。
俺は誘うようにうっすらと開かれたその唇に己のそれをそっと重ねた。

「梓、俺もお前を愛してる」―――

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