オメルタ★狼と愛犬

□二度目のバースデー
1ページ/2ページ

赤坂の屋敷ーーーキングシーザーのアジトにある自室のドアを開き、霧生礼司はベッドに倒れこんだ。
仰向けに寝っころがってネクタイだけを緩め、ふうっと息を吐き出すと、張り詰めていた気持ちがようやく緩みだす。
気分はそう、命からがらなんとか戦場から生きて帰ってきた兵士の気持ちに匹敵するのではないかと思われる。

極度の緊張による疲労に、スーツの上着を脱ぐ気力すら湧かない。

「おい、大丈夫か?顔、真っ青だぞ」
「…大丈夫…じゃない…」
「だろうな」

霧生に少し遅れて部屋に入ったJJは苦笑しながら、霧生の為に冷蔵庫からミネラルウォーターのはいったペットボトルを取り出した。キンキンに冷えたそれを受け取り、霧生は飲まずに額に乗っけた。顔は青ざめていたが、それと対照的に火照っていた体に、冷たいそれは心地よくて、思わず顔が綻ぶ。

「すごい疲労感だな。去年は一応参加していたから知っていたが、毎年、こんな、なのか?」

ベットの淵に腰掛けたJJの、どことなく気遣わしげな声音に霧生は瞼を閉じたまま、こくっと頷いた。

「少しは慣れなければと思っているのだがな、なぜか人前に立つと緊張してしまうんだ。努力しようにも、改善方法が分からない」

心底悔しそうに呟く霧生を横目に、JJは霧生に気がつかれないような微笑を浮かべた。

今日は10月13日で、霧生礼司の誕生日だったりする。
言うまでもないだろうが、瑠夏の指揮によりキングシーザー幹部である霧生礼司の誕生日パーティーが、いつもの如く盛大に繰り広げられた。
集団行動が苦手なJJも例によって飲めや歌えやの騒ぎを一通り演じ、そして、今しがた終わったばかりだったのだが……主役である霧生は喜ぶどころではなく、極度の緊張で魂が抜けそうになっている始末だ。
おそらく世界ひろしと言えど、楽しいはずの自分の誕生日を、霧生ほど苦行と思う人間はそうは居ないだろう。
JJも久々のキングシーザー達のノリに付き合ったせいか疲れてはいたが、霧生ほどでは無い。

霧生の事だから上がり症を改善しようと必死に努力したはずだが、
正直、ここまで年を重ねても治らないのなら、この先も改善する見込みは薄いだろう。
早急に治すべき大病ではないし、別に何がなんでも治す必要もないのだろうが、キングシーザーというイベント好きな集団の中にいるとなれば、厄介な性質には違いない。

「まったく難儀な体質だな。今まで、かなり支障が出ただろう」
「支障は出た…な。幹部に就任した時にもパーティーを開いてもらったのだが、あの時は祝いの席だと言うのに、俺が錯乱しすぎて壁に風穴がいくつも開いてな。あと少しで通夜になりかけた」
「…つまり、発砲した、と言うわけか?」
「まぁ、平たく言えばそう言う事だ。店の修繕費が思いのほか高くてな。あれ以来、銃のセーフティをチェックしてから、パーティーに出る様になった」
「なるほど……お前は俺の知らない所で武勇伝を沢山作っていそうだな。ちなみに他にも何かあるのか?」

問われ、霧生はうむっと過去を掘り返してみた。
なんだか色々あったが、いまいち覚えて居ないのは、やはり記憶が曖昧なせいだろう。錯乱している時の記憶は、都合良く抹消されている事が多い。

「どうした?まだあるんだろ?」
「あとは……そうだな。もうずいぶんと昔の話だが、学芸会の時に劇をやったことがあってな。たいしたセリフもない役だったんだが、あまりの緊張で、学校をサボったことがある」

ごにょごにょと、歯切れもわるく語る霧生の告白に、JJは少しだけ目を見開いた。何事にも全力で立ち向かう霧生が、敵前逃亡のような真似をするとは。意外すぎる過去に、少なからず驚いた。
もちろん、就任式で見境なく発砲したという事実の方が驚きではあるが。

JJが黙っていると気まずかったのか、それとも自分の汚点を晒したと思っているせいか、霧生がそっぽを向いた。
JJは背中を向けてしまった霧生の髪をおもむろに撫でた。短い髪が、指先で掬ってはこぼれ落ちて行く。真っ直ぐで、ほんのり硬質で。霧生の性格そのものの髪質だ。

しばらく撫で続けていると、霧生がおずおずと振り返り、JJに伺う様な俯きがちな視線を向けてきた。

「JJ、その……すまなかったな。今年こそは何か気のきいた挨拶の一つでもしようと、お前に手伝ってもらって事前に練習までしたのに。壇上に上がってマイクを持たされても結局なにも言えなかった……。本当、情けない。お前も俺に幻滅…しただろ…?」

弱々しい声音で問う霧生を、JJは一笑にふした。
部屋に帰ってからもどことなく覇気がなかったのは、俺に嫌われたのでは無いかと気にしていたせいだろう。
可愛いというか、何というか。
気にする事なんて微塵もないのだが、一途な奴だから、そんな些細な事を気にしてしまうのだろうか。

「お前はバカか?俺が今更そんなことで幻滅なんてするわけ無いだろ」

今年も去年と同様に一言何か言えと瑠夏にマイクを渡された霧生は、例によって例の如くロボットかと錯覚する様なギクシャクとぎこちない会釈をしたが、結局なにも言えなかったのは事実だ。
確かにいい歳をした大人が人前で一言もしゃべれない事はお世辞にも立派とは言えないが、それでもJJは気になどしない。
霧生は不安そうだが、俺が霧生に幻滅した事など一度だってない。

「本当に、幻滅していないか?」
「ああ。むしろ、一層愛おしいと思ったよ。去年は瑠夏に助けを求めていたお前が、隣にいる瑠夏にでは無く、俺に縋る様な眼差しをくれてたんだからな」
「それは……当然だろ。なんていったってお前は…いつだって一番に俺の事を考えていてくれてるんだから」

顔を赤めながらの霧生の言葉に、JJは強く頷きながら破顔した。
全幅の信頼を寄せらることが、これ程までに嬉しいものなのだと知ったのは霧生に出会ったからだろう。少しの疑いも抱かず、信じると言う事は、なかなかできる事では無い。憎まれる事は容易いが、信頼を得るのは難しい。
成し難く壊れやすいのが信頼だが、霧生が霧生でいる限り、JJが彼に寄せる信頼も、生涯壊れる事もなければ、朽ちることもない。

「お前はよく頑張った。偉かったよ」

心の底からそう呟いてやると、霧生にもJJの気持ちが届いたらしく、安心した様に微笑んだ。
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ