オメルタ★獅子と狼

□裏切りの烙印、血の掟2
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カタカナやひらがなに漢字など、様々な国の文字で店名の書かれた店が所狭しと軒を連ねているそこを、青年は連れも連れずに一人で闊歩していた。

青年の顔に喜怒哀楽はなく、ただ無表情に足を動かしていたが、なにも感じていない訳ではない。


何処かから聞こえてくる野太い怒鳴り声が耳障りで仕方がなかった。
見れば体格のいい男が、細い男の胸ぐらを掴み罵声を浴びせていた。


神経を逆なでするその声に青年は思わず眉根を寄せかけたが、歩いているうちにそれにもだいぶん慣れて来た。
もともとこう言う場所に縁遠かった訳ではないので、感覚がもどってきたと言ったほうが正しい。

品物を買いに来た客と店主が、粗悪品をこんな高値で売る気かともめているその陰で、子供が未清算の品を懐に隠して路地に消えた。

それを見るともなしに見ていたが、青年は子供を咎める事も追う事もしない。
ただ、無関心に視界の端で眺めるだけで、歩みを止める事さえない。

ーーどこもかしこも騒がしく、人の声が飛び交って行く。

活気があるーーと言えば聞こえはいいが、単に統制が取れていない無法地帯の様な有様だと、青年は思った。

彼等を束ねる人間は存在していたが、ここにいるほとんどの人間は日本国籍をもたず、実際に彼等は法律とは無縁の生活を送っている。
正規の手順を踏んで入国した訳でもなく、いわゆる不正入国者達で、彼等の溜まり場であるここはどこもかしこも雑然としていた。
祖国を離れ、犯罪だとわかっていても彼らは毎日の様に日本へと渡ってくる。
彼等を庇護してくれると信じている男のもとへ、それぞれの思いと、目的を持って。

かく言う、青年もとある目的の為にここを訪れた。
庇護してもらう為ではない。
むしろ、羽根をもがれに来たのだ。


日本人の多くが所有する艶やかな黒髪が、歩を進める度に青年の肩先で揺れた。普段から口数が少ない事を示した様に、唇は引き結ばれたままで、本来のクールな一面が際立った。


堂々と、そして悠然と歩く青年の姿に何人かの男女が振り返ったが、彼は凛とした双眸にただ現実だけを写した。

通りを黙々と行くと、目的地が見えてくる。

低い屋根が連なるそこで、ひときわ高いビルが嫌でも目に付く。
まるで人々を見下ろし、監視する様にそびえ立つそのビルはビッグネスト。

生涯訪れる事はないと思っていたそのビルの入り口に立ち、青年はやはり無表情にそれを眺めた。

長く黙って眺めているのを不審に思ったのか。
それとも青年が余所者と勘付いたのか。

数人の男が青年に睨みをきかせ、建物の陰から動向を探ってくる視線を感じた。

あえて相手にする必要もないだろうと青年は歩きだし、だが数歩といかないうちに、行く手をそいつらに遮られた。

「どけ。邪魔だ」

簡潔に、青年が言う。
それだけで素直に去るとは期待していなかったが、案の定、いかにも強面な男たちは言葉を無視した。

男たちは青年を囲う様に距離を縮め、逃げ場をなくして行く。

「どこへ行く気だ?この先はビッグネストしかないぜ?」
「当然そうだろう。俺はそこに用事があって来たんだから、なくては困る」
「アンタがビッグネストなんぞに何の用がある?」
「お前に言う必要はない」

当然の返答を返し、青年はスルリと横をすり抜けようとしたが、男に腕を掴まれた。

「まだ何かあるのか?」

うんざりとした態度を隠さず、青年はこれ見よがしに溜息をついた。

「アンタ、本当は男を探しに来たんじゃないのか?」
「それは、どう言う意味だ?」
「今更しらばっくれんなよ。寝る相手を探しにきたんだろ?ここには龍宮でも金持ちな奴が多いから、お前みたいのがたまにやって来るんだよ。で?いくらでやさせてくれるんだ?」

下卑た笑を浮かべ、肩に触れられ、青年は青筋を浮かべた。
何か因縁をつけにきたのは分かったが、まさかそう言う事だとは露ほどにも思わなかった。

筋肉隆々とはいわないが、どう贔屓目に見ても女性らしさなど皆無の自分に対して、そう言う感情を抱くこの男に苛立ちが隠せない。

連れの男を見れば、どいつもこいつも涎を垂らしそうな目で青年を見ていた。

ーーーウザい。

治安はわるく、そしてうろついている人間もろくな奴がいない。

青年が無言で懐に手を伸ばした。

男の口を最も効率のいい手で塞ぐ為に。
愛銃に指先が触れ、引き金を引くその刹那ーー

「おやめなさい。許可のない同胞殺しは重罪ですよ?」

冷やかに、落ち着き払った声音に意識を持っていかれ、青年は引き金を引くてを止めた。

見れば、車からたった今降りた、いかにも怜悧冷徹そうな雰囲気の男が優美に笑んでいた。
会いたくない相手の登場に、だがいずれは会わなくてはいけないそいつに、青年はふんっ、と鼻を鳴らした。

「彼らはドラゴンヘッドの構成員です。下っ端と言えど、みだりに殺す事は許しませんよ?」
「俺はこいつらと同胞になった覚えはない」
「そうですね、正確にはこれから、同胞になるーーですか。その為に貴方はここにきたのでしょう?」

言われ、青年は否定出来なかった。
その姿に、眼鏡を押し上げてーーー宇賀神は満足気に笑みを深めた。

「そろそろだろうとは思っていましたが、予想よりも早い到着でしたね。まぁ、出迎えられてよかった。別れの挨拶はきちんと済ませてきましたね?」

問われーーーJJは返事をする代わりに、宇賀神をギロリと見やった。

今すぐにでも殺してやりたいと、JJの心の内をその視線は物語っていた。

鋭く、肌が泡立つほどの殺気を感じ、宇賀神は満足し、そして言った。


「ようこそ、我れらドラゴンヘッドの新たな一員ーーー貴方を歓迎しますよ、JJ」

宇賀神はJJに右手を手を伸ばした。

JJは握手を求める手を見つめた。

この手を握れば、もう引き返す事は出来なくなる。
覚悟はーーー昨夜、出来たはずだ。

JJは一度だけ、ゆっくりと瞳を閉じた、そして最後に愛した男の顔を一度だけ思い浮かべーーー宇賀神の手を握った。

自分の首に龍が巻き付き、呼吸を奪って行くのを、JJは覚悟と共に受けいれた。
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