オメルタ★獅子と狼
□ロンリーナイト
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「JJ、居るかい?…って、やっぱりまだ帰ってきてない、か……」
ノックをし、開けたドアの向こうに探していたいた人物はおらず、瑠夏は軽く肩を落とした。
もともと期待していなかった。が、もしかしたら帰宅しているかもしれないという一縷の望みをかけて訪れただけに、少しやるせない。
明後日行われる予定だった取引が先方の都合で急遽早まり、別件で手が離せなかったパオロの代わりにJJに出向いてもらったのは今朝のこと。
裏の仕事ではなく表の仕事だから危険はないのだが、いかせん帰りが遅かった。
取引も無事に済んで帰宅するとJJに同行した霧生からは連絡が入ったのはもう随分と前だった気がする。
瑠夏はどこか寄り道でもしているのかなと呟きながらドアを閉め、主の居ないベッドを撫でた。
少しでもJJの温もりを感じられはしないかとバカなことを考えながら触れたシーツは、冷たい感触を瑠夏にもたらした。
ベッドに腰掛けて見渡した室内は、きちんと整理整頓がなされている。
本棚にはきちんと本があるべき場所に収められ、今座っているベッドもきちんとシワが伸ばされてメイキング済みだ。
脱ぎ散らかした後もない。
まるでホテルの部屋のような生活感のかけらもない部屋。
JJの部屋なのに、彼の存在を少しも感じることができない。
それは、JJの私物といえる物が極端に少ないせいだろう。
いつだったか、ここはキミの家なんだからもっと好きに使って良いんだよと提案したことがある。
試しに好きな絨毯とか、家具とかを買い集めて見たら、居心地の良い空間ができるよと進めた。
実際に何度も買い物に誘い、瑠夏がJJに似合う服やら何やらを押し付けたが、本人が自主的に何かを買うことは最後までしなかった。
居場所を転々とするくせがついているから必要最低限の物しかかわないのだとJJは言っていたが、それにしたってこの部屋は殺風景だった。
深読みしすぎなのだと思うが、時折考えてしまう。
まるでいつでも自分の存在を無かったことにできるように、彼はあえてなにも置かないのではないだろうかと。
明日、いや、今すぐにだってここから、キングシーザーから自分自身を無かった事にできるように。跡形もなく消しされるように。
(もし、本当にそんなことを考えていたとすれば、それは失敗だよJJ)
瑠夏は苦笑し、可愛らしい恋人を思い浮かべた。
気をつけて行ってこいと言いながら、霧生と共に出かけるボクの背を寂しそうに見送っていたのを知っている。
互いに忙しく、顔を合わせる暇さえなくて、久しぶりに廊下であった時、幸せそうに微笑んだキミを覚えてる。
仕事が長引いて帰れなくて、ホテルで一泊して帰宅したとき、何食わぬ顔でキミはボクを出迎えたね。
けれどキミの目の下にはクマができていて、寝ずに待ってくれていた事が一目でわかったよ。
ボクの視線にはにかみながら笑うキミ。
ボクの声に頷くキミ。
ボクを求めてやまない、キミの声。
キミの仕草ひとつ一つが、ボクにとっては愛おしい。
こんなに深く、ボクのココロに刻まれたキミの存在を、消し去る事は、キミにも、そしてボク自身にも不可能だ。
ボクはキングシーザーのボスだから、本当はこんな事を言ってはいけないとわかっているけれど、もし、ボクとキミが回避できないくらい危険な目に同時にあったとしたら、ボクは迷わずキミの命を救うだろう。
こんな事を霧生やJJ本人に言ったら冗談でもそんな事を口にするなと怒られてしまいそうだが、別にいいじゃないかと思う。
最期の時くらい、キングシーザーのボスではなく、瑠夏・ベリー二として、生きたって。
愛する人をこの手で守れたなら、ボクは悔いはないはずだから。
「さて、あまり長居をしても一人じゃ寂しいだけだし、大人しく部屋にもどろうかな…って、ん?なんだ、これ?」
立ち上がり、ふと、足元に丸まった物体に気が付く。
瑠夏はひょいっとそれをつまみ上げ、そして視界に映る物体に破顔した。
「…ふふ、キミ、JJに置いていかれちゃったんだね」
床に転がっていたのは、紫色をした暖かそうなマフラー。
見間違うべくもなく、それはJJが愛用しているものだ。
瑠夏は鼻を近づけ、くんっと匂いを嗅いだ。
欲しくてたまらなかったJJの香りが、した。
「早く帰っておいで」
それまではコレで我慢してあげるからと、瑠夏はJJのマフラーを手にしたまま、再びドアを開け、恋人の帰りを待ち遠しく思いながら部屋にもどった。