オメルタ★獅子と狼

□Sei tutto per me
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キングシーザーの屋敷からほど近い、彼らがフロント業として経営している真新しいホテルのパーティー会場を部下たちが所狭しと動き回っている。
彼らに指示を出し、ここが腕の見せ所とばかりに額に汗を浮かべて自らも立ち回っている幹部たちの姿を、半ば他人事のようにJJはぼんやりと眺めていた。
(いつもにも増して華やかだな……。気合の入れようが一目でわかる)
この場を仕切る石松に命じられた仕事を一通り終えたJJは、一息つきがてら壁にもたれかかり、変わっていく会場を見渡した。
キングシーザーの一員になってから、幾度となく参加してきた行事の一つであるが、流石に瑠夏の誕生日ともなると桁外れに派手さに磨きがかかる。
今夜はワイン一つにしても、滅多にお目にかかれない年代物の高価な品が惜しげもなく並べられている。
会場を見渡せば、ここは花園かと目を疑いそうになるほどあちこちに生花が活けられており、文字通り華を添えていた。
天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がり、床には毛足の長い赤絨毯が敷き詰められている。
おまけにどこの楽団を買収してきたのか、オーケストラのBGMつきで、楽器を手にした燕尾服姿の男達がリハーサルがてら何曲か流しているせいで会場内はすでにパーティーが開催されているのかと錯覚するほど賑やかだ。
個人の誕生日にここまでするのかと呆れるレベルだが、それだけ瑠夏が慕われている証のようで、妙に納得してしまう。
「あ、JJ、こんなところにいた!探しただろ」
「パオロか、どうした。そんなに慌てて、何かあったのか?」
そう言えば姿を見なかったなと、駆け寄ってくるパオロを見ながらふと思う。
他の幹部同様に忙しく指示を飛ばしていたのだろう。会場にいなかった事から察するに、裏方作業に回っていたのかもしれない。
パオロの顔にはうっすらと汗がにじんでいた。
「何かあったのか聞いたのは僕の方だよ、JJ。霧生君から連絡はあった?」
「ああ、それか。残念ながら連絡はないな」
答えながらJJは首を横に振った。瑠夏は夕方からどうしても外せない打ち合わせがあるとかで、霧生を伴って外出していた。
表の仕事には最近はパオロを伴っていくことが多いのだが、今回はパーティーの計画を石松とパオロが中心となって進めていた手前、霧生が代役を務めたという寸法だ。
一応内緒のサプライズパーティーという事になっているから瑠夏には何も告げてはいないが、毎年のことらしいので察しのいい瑠夏なら感づいているはずだ。
仕事が終わり次第こちらに連絡するようにと霧生に伝えてあるのだが、予定時間を過ぎてもまだ連絡はなく、パオロも落ち着かないようだ。
柔和な顔にどことなく不安が見え隠れしている。
パオロが腕時計を確認して、うーんと唸った。
「生真面目な霧生君の事だからうっかり連絡を忘れてるとは考えにくいから、やっぱり少し長引いているのかもね。せっかくだし、料理は出来たてを食べてもらいたいと思ってるから、シェフ達に少し遅れそうだって伝えてきた方がいいかもしれないな」
「ああ、そうした方がいいだろうな。霧生から連絡が入り次第知らせる」
「うん、頼んだよ。僕はまだやる事があるから、会場にいなかったら携帯に連絡して」
「了解だ」
いうだけ言って安心したのか、パオロはじゃあねと言って足早に去っていく。男にしては幾分小さな後ろ姿を見るともなしに見送っていたのだが、パオロが突然くるりと振り返った。
JJの元へと戻ってくる。何か伝え忘れたことでもあったのかとJJは内心で首を傾げた。
「何だ?何が言い忘れたことでもあったのか?アンタの携帯の番号ならちゃんと知ってるぞ?」
「違うよ。そんなことで戻ってきたんじゃない。JJ、例のあれはちゃんと用意できたの?」
下から、上目遣い気味に覗き込むようににパオロに問われ、JJは唐突な質問に言葉を詰まらせる。
(聞かれるかもしれないと覚悟はしていたが、やはり聞いてきたか)
この場合、用意できたかと問われるものの心当たりは一つしかない。瑠夏の誕生日パーティーが開かれる丁度一ヶ月前に、そのことでパオロに相談を持ちかけたのは、何を隠そうJJの方からなのだ。
『その、もう直ぐ瑠夏の誕生日だと思うんだが、こういう場合は何をプレゼントすればいいんだ?』
真顔で、そして心底真剣にパオロに助言を求めた。なにせ以前プレゼントした品をセンスがないと言われた経験があり、それ以来、どうにも他人へのプレゼントを選ぶのが苦手になっていた。
だから、まともなアドバイスをくれ、尚且つ馬鹿にされない相手を選んだ結果パオロになったのだが、彼には実に抽象的な答えを返された。
『自分が相手に贈りたいって思うものをプレゼントすればいいんだよ。そんなにむずかしいことじゃないだろう?』ーーーと。
結果としてそのアドバイスを受けた俺はますますプレゼント選びに困窮する羽目になった。
何をプレゼントしろと明確な答えを期待したわけではないが、せめてもっと具体的なアドバイスが欲しかったと言うのが正直な気持ちだろう。
霧生に相談しようかとも考えたが、そんなことも自分で決められないのかと鼻で笑い飛ばされそう予感しかしなかったから、選択肢から外したのだが……今となっては馬鹿にされてもいいから霧生に聞けばよかったのではないかと思ってしまう。
あからさまに答えを期待しているパオロに何と答えるべきなのか。
JJは内心でため息をつきつつ口を開いた。
「一応用意はしてある。気に入ってくれるかどうかは別だけどな……」
もごもごと、我ながら歯切れの悪い答えが口から零れる。そのJJの反応にパオロはクスッと笑い、JJの腕をポンポンと叩いた。
「気持ちが籠っていれば良いんだよ。プレゼントってさ、喜んでもらえたらそれは嬉しいことだけど、一番大切なのは気持ちを伝えることだからね。生まれてきてくれてありがとうとか、いつも感謝してます、とか。伝えたい気持ちは人それぞれ違うんだから、JJの気持ちがこもっていればいいんだって」
自信もちなよねと、最後に言い残し、これで要件は済んだとばかりにパオロは今度こそ何処かに走り去っていた。
直後、タイミングを見計らったようにJJのポケットで、マナーモードにしていた携帯が着信を告げた。
「タイミングがいいのか悪いのかわからない時に掛けてきたな……」
液晶画面には霧生の文字がくっきり浮かんでいる。
まだその辺にいるかもしれないと、咄嗟にパオロの姿を探したが、すでに会場を出てしまったのか姿がない。
追いかければ間に合うかもしれないが、とりあえず急かすように震え続ける着信に応じる方が先だなと、JJは通話ボタンを押した。
「もしもーーー」
『遅いっ。俺だ。今終わった。予定より一時間押した。今から帰宅する。パオロと石松に伝えてくれ』
「……って、おい……」
名前すら告げる時間さえ惜しいのか。一方的にそう告げると、電話は唐突に切れた。プープー……と通話終了の合図が、虚しく響く携帯の終了ボタンをJJは苦笑しながら押した。
(簡潔というか、何というか。霧生らしいな)
おそらく瑠夏に内緒で電話をかけているから急いでいたのだろうが、もう少し落ち着けと突っ込みたくなるような電話の仕方だった。
余計なお世話だが、オレオレ詐欺だってもっとまともな電話の掛け方をするだろう。
(今から帰宅するということは、パーティー開始まで一時間といったところか……)
通話を終えたばかりの画面に映し出されている時刻を見つめ、JJはいよいよか少しばかり複雑な思いを胸に抱きながら、再び電話を耳に当て、約束通りパオロに連絡をした。
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