オメルタ◆魔王と死神

□漆黒の夜明け
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青年は深い眠りの底から浮上し、かすかに睫毛を震わせてその切れ長で凛とした双眸をゆるりと開いた。
逞しく、何処となく品性の様なものを感じる彼の視界に映るのは、きちんと整理の行き届いた見事な室内。余計なものは置いていないが、壁などにはいくつかの装飾品が置かれ、一目で上質だと分かる家具が絶妙な位置に配置されている。
JJは横たわったまま、額にかかる前髪を鬱陶しそうに無造作にかき上げ、すっきりしない脳でぼんやりとそれらを眺めていた。

今までフリーの殺し屋として活動していた彼は、他人に居場所が悟られない様に、細心の注意をはらい、居住地を点々としてきた。港付近の倉庫跡地や、老朽化が進んで放置された廃ビルだったりと数え出したらキリがない。
同居人であり、彼が世話する自称・暗殺者である遠野 梓が埃などのハウスダストが苦手な事もあり、清潔とまでは行かなくても少しはマシな物件を選んで棲家にしていたが、この部屋とは雲泥の差がある。

そもそも比べること自体間違っているのだが。

ここはドラゴンヘッドの首領にして、その見事なまでの残酷さを待って人々を支配する虐殺の帝王・劉 漸が所有する船内の私室だ。

遠野 梓をドラゴンヘッド最高幹部である宇賀神に人質に取られ、梓の命を盾にドラゴンヘッドへの強制勧誘の末にその一員となって早数ヶ月。
当初JJを脅していたのは宇賀神だったのだが、彼が隔離していた梓を劉が拉致したせいで主導権が移行し、現在JJを支配しているのはドラゴンヘッドの首領だ。

『貴様の命をかけて私を護れ』

劉に傲然と命じられ、JJはその言葉に従い、片時も離れる事なく彼の護衛を勤めている。

JJは未だ霞む意識を強引に叩き起こし、上体を起こした。たったそれだけの動作に、昨夜も劉に酷使された身体がぎしぎしと軋む。
回数を重ねたせいか、慣れるまでは行かなくとも、当初に比べれば随分と耐性が付いてきたように思う。
男として、劉に組み敷かれてオモチャのように弄ばれる事に、屈辱を感じないわけではないが、梓の命がかかっている以上は逆らう訳には行かない。

JJはやるせない思いを抱え、溜息をつき、毛布をはらって立ち上がる。体内には昨夜、劉に吐き出されたものがたっぷりと残っている。
JJはいくつかの仕事を任されていたのだが、
これを始末しない事にはどうにもならない。

JJはあらぬ箇所からもたらされる痛みをあえて無視し、音を立てない様にベッドを抜け出した。

ベッドには劉が瞼を閉じ、少ない睡眠を堪能している。
均整の取れた見事な肉体を横たえたその姿は、一見無防備に見えるが、JJは劉に銃口を向けたりはしない。
下手に仕掛ければ、返り討ちに合うのは必須。
その事を充分理解している彼は、大人しくバスルームのドアをくぐる。

浴槽に湯を張るのが面倒で、いつもの様にシャワーを出して、熱いお湯でベタつく身体を清めていく。
身体の至る所に蹂躙された跡があり、鬱血した箇所が赤く浮き上がって見える。
表面に散ったぬめりを取り除き、JJは片足を浴槽の淵にかけて、双丘の狭間に躊躇いながら腕を伸ばす。

「……ぅん…、っ……んン」

どれだけ内部に出されたが定かではないが、
差し込んだ指先を伝い、次々に雫が垂れてくる。男に犯されたのだとまざまざと感じる。

唇を噛み締め、気を抜けばみっともない声が出そうになるのを何とか耐える。
バスルームに備え付けられた鏡にJJの肢体が映りこんだ。

片足を上げ、あらわになった太腿に墨で彫られた雄々しい龍の姿をJJは視界の端に捉えた。
ドラゴンヘッドの一員になると同時に、その証にと彫られた龍。
今にも動きだしそうな躍動感をかんじるそれを、JJは見つめ、そして囁いた。

「俺はお前に飼い殺されたりしない。俺が必ずお前を殺す」

噛み締めるように、そして自分に忘れるなと念を押すように、彼は決意を言葉にして、シャワーを止めた。

素早く着替えを済ませ、髪を乾かし、JJは寝室ではなくもう一つのドアを開けて中に入る。
入口の右に誂えられた戸棚から、目的のものを取り出して、ちゃくちゃくと必要な物を揃えていく。

しばらくして、香ばしい匂いが室内に漂う。

ーー今日もJJは慣れない台所に立ち、覚束ない手付きで劉の為にコーヒーを淹れ、そして香ばしいそれに満足そうに笑みをうかべた。
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