オメルタ◆魔王と処刑人
□消えぬは罪の烙印
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夜の帳が降りて数刻。陽は闇に飲まれ、雲に隠れて月明かりさえなく、辺りは完全な無と化し、まるで人の住む世界とは思えない程、重苦しい雰囲気が漂っていた。
暗く、重く、淀んで、濁る。
言葉では言い表せない混沌と、不気味な静寂が混ざり合う深夜の海上に唯一、一隻の船だけが闇に呑まれる事なく悠然と漂っていた。
一応その形状から船とは言ってはみたが、あれはゆらゆら海に浮かぶ船と言うより、堅牢な城と表現した方が相応しい。
あれは難攻不落の要塞にして大陸系マフィアであるドラゴンヘッドの王城。
誰かに撃ち落とされる事は愚か、奇襲どころか近づく事さえままならない。
船にひとたび乗り込めば最後、陸に停泊するまで決して下船する事はかなわない。
軽く五百人は乗船できるそこには、ドラゴンヘッドの構成員達が乗組員として滞在している。
ドラゴンヘッドはかなりの功績を残さないかぎり、幹部にはなれない。
だが、逆を言えば功績を上げれば、どんなに下っ端であろうとも幹部にだって成れる。だから幹部になる為、高額収入を得る為に、彼らはどんなに汚い仕事だろうが、法を無視して仕事を全うする。
ドラゴンヘッドに命乞いなどタダの恥さらしでしかなく、彼らに慈悲などあろうはずも無い。
全ての者に等しく死を。
それがドラゴンヘッドの理念であり、教訓だ。
生ぬるい優しさなどただの偽善に過ぎず、良心などと言うものはこの世で一番不要だと説くドラゴンヘッドの首領・劉 漸の残虐性はしっかりと部下にも浸透していた。
だが、数多いる部下と言えど宇賀神 剣ほど、彼の残虐性を身をもって味わったものはいないだろう。
眼鏡越しでもわかる氷の様に冷たく鋭い光を讃えた双眸。すっきりと整った美貌を包む艶やかな髪。殺戮に手を染めながらもその手は白魚の様になめらかで美しい彼は、容赦ない裁きを下す事から「氷の処刑台」と呼ばれ、宇賀神は多くの部下達から恐れられている。
誰も彼に逆らう事はなく、意見する事もない。
そんな彼が唯一恐れ、ひれ伏し、従うのは首領である劉 漸ただ一人だ。
劉に逆らう事は即ち、死を意味する。
ーー死ねればまだいいのかもしれない。
生き恥を晒すくらいなら、いっその事人思いに死ねたらどんなに幸せだろうと、誰よりも劉に近しい宇賀神は何度思ったか知れない。
そして今宵、まだ構成員の一人に過ぎなかった宇賀神は、龍の如く迫り来る地獄の業火に焼かれて、溢れそうになる悲鳴を押し殺していたーー