オメルタ◆魔王と処刑人

□夏は危険がいっぱい?!
1ページ/1ページ


燦々と照りつける太陽に、寄せては返す波飛沫。
空は雲一つなく文句のつけ様のない晴天で、海水浴には持って来いのこの日、とある浜辺に彼らは居た。

一人は白いスーツに身を包んだいかにも威圧感たっぷりで近寄りがたい雰囲気の男と、そしてもう一人は、見るからに神経質そうな顔立ちをした眼鏡をかけた男だ。

水玉模様やパステルカラー色の水着がまぶしい人混みのなかで、スーツなどと言う暑苦しい格好の彼らはかなり浮いていたのだが、本人達は別に気にしていなかった。

眼鏡の男にせっせと立てさせたパラソルの下、ビーチにはおよそ不釣合いな豪奢な椅子に腰掛けた白スーツ姿の男ーーー劉  漸は、鋭利な切れ長の瞳を愉快そうに笑ませ、ふんっとふんぞり返った。

「はっ!日本人と言うのは本当に愚かな人種だな。夏となれば馬鹿の一つ覚えの如く海へ行き、生ぬるい塩水などに浸かって少しでも暑さをしのごうと必至になっている。見れば見るほど実に滑稽な姿だ。お前もそう思うだろ?」
「ええ、全くですね首領。夏といえば海に行くという安易な発想しか出来ない所が嘆かわしいことこの上ないです」

海にきている時点で貴方も彼らと変わらないでしょと眼鏡の男ーーー宇賀神は思ったが、賢明な彼はにっこり笑って同意を示した。
海では、多くのカップルやら家族やらが楽しそうに海水浴を楽しんでいる。
額から流れた汗を白いハンカチで宇賀神は拭いながら、少しばかり泳ぎたい気分に駆られたが、彼らがここにきた目的は海水浴ではなかった。

「ーーー宇賀神、例のものは用意できているな?」

海を見据えたままの劉に問われ、宇賀神は眼鏡のブリッジを得意げに押し上げた。

「もちろんです。ご所望の品は全て揃えております」

ーーさぁ、どうぞと、宇賀神は持参していた大きな風呂敷を劉に差し出し、そして中身をはらりと見せた。

包みを広げたそこには指示していたものが何一つかけることなく揃っており、劉はチラリと横目でそれを確認して満足気に口の端を上げーーそして高らかに宣言した。


「よし、では、早速始めるとするか。古式ゆかしき伝統芸ーーースイカ割りを!!」

すくっと椅子から立ち上がった劉の背後でザッバーンっと派手な波飛沫があがった。

ーーそう、これこそが本日彼らが海にきた目的。
劉曰く、値打ちものらしい古書「日本の正しき夏の過ごし方 第一巻」(著者不明)を読んだ劉が、それの第一章に書かれていた「日本★伝統芸、その一。スイカ割り」に興味を示し、実践しにきたのだ。

劉は懐に忍ばせていた古書を取り出し、第一章を読み返した。

「一人が目隠しをして、棒を持つ。もう一人はそいつを手を叩いたり、声をかけたりして対象物まで誘導するーーと、言うのがルールだったな?」
「そうです。目隠しをした人は始めに棒に額をつけて何度がグルグルとそれを軸にして回転し、前後不覚になった所をいかにじょうずに誘導出来るかがカギとなってきます」

いかにも難しそうな顔つきで熱心に指南書を読む劉。
スイカ割りを日本の伝統芸と微塵も疑わないおバカな劉に宇賀神は生暖かい視線を贈った。
この時、宇賀神の胸の内にドス黒い感情が芽生えていたなど、劉は知る由もない。

劉は手順をおさらいし、風呂敷の上にある物の中からスイカを取り上げ自らセッティングした。

「おい、宇賀神。貴様が目隠しをしろ。優秀な私が貴様を見事スイカの元まで誘導してやる」

当然そう言う役回りになるだろうと予想していた宇賀神は素直にうなずき、渋る事なく手早く目隠しをした。
手には用意した棒ーー木刀がしっかりと握られている。
手にしっくりと馴染む感触を確かめ、宇賀神は内心でほくそ笑んだ。

「準備が整いました。いつでも始められます」
「うむ、分かったーーーって、おい、宇賀神、なぜ眼鏡をしているのだ。不要だろう、外せ」

劉が宇賀神を一瞥し、呆れた様にため息をついた。
いつもなら首領の命令は絶対の宇賀神。
だが、今回ばかりは違った。

「すみません。こればっかりは首領の命令と言えど従うわけに行きません。眼鏡は私の一部ですので。はずすわけにはいきません!!」

ビシッと、いつになく強気な姿勢で言い切られ、劉は怯んだ。

スーツ姿に目隠しした上から眼鏡をかけるという斬新なスタイル。

見た目的にはかなりすごい事になっているが、宇賀神がいいならもう劉は強制しなかった。
こほんっと咳払いして、仕切り直す。

「では、始めろ」

劉の言葉を合図に、宇賀神は地面に突き刺した棒に額をつけて何度がグルグルと回った。

棒を地面から抜き去ると、宇賀神の足元がふらりとよろめく。

劉は己の手腕を発揮すべく、誘導する事に意欲を燃やした。

「さぁ、宇賀神。こちらだ。そのまま、真っ直ぐ進め」
「ん?…こっち、ですか?」
「あぁ!何をやっている、そうじゃない、もっと左へいけ。ーーそうだ、そのまま進め」

宇賀神は劉の声に耳を済ませゆっくりと足を進めた。
いま宇賀神の神経は劉の声を聞く事のみに集中している。

ーーー彼の言葉ではなく、声に。

「そうだ、いや、違う。もっと左に……って、おい宇賀神、私の話を聞いているか?進む方向が指示と違うぞ?」
「気のせいです。細かいことは気にしないのがスイカ割りの醍醐味。さぁ、首領。声をだして、私を誘導してください」
「…ああ。コッチだ。こっち」

何となく違和感を感じた劉だが、言葉と手を叩いて宇賀神を導く。

「そう、もう少しだ、ゆっくり前進するんだ」

宇賀神はふらつく足取りで、目標に向かい一心に進みーーーそして腕を大きく振り上げた。

「ここですね?!いざ、覚悟っ!!」
「そうそうって、お、おいっ、宇賀神?貴様っ、ちょっ…?!!」

劉が待てと言い終わる前に、ていやー!!とかけ声も勇ましく、木刀が振り下ろされた。

……だが、宇賀神の求めていた感触は残念ながら伝わってこない。

「ちっ……、外しましたか」

柄にもなく舌打ちし、宇賀神は心底残念そうに呟いた。

ーー対象物が『動く』とはやはり狙いがつけにくい。

宇賀神が次に備えて精神統一を図る傍で、劉は切れながの瞳を目一杯見開いていた。

劉の足元に、深々と木刀がめり込んでいる。
木刀が振り下ろされる刹那、劉が本能的に危険を察知して一歩横にズレていなければそれは間違いなくスイカではなく、劉の頭部を直撃していた。

砂を抉った木刀の振り下ろされる速度は目にも止まらぬ早さだった。

劉の背を、汗がつぅっと伝った
。ちょっとばかり乱れた鼓動を意地で整え、そしてふと、劉は思った。

「宇賀神。一つ聞くが、ワザと私を狙ったのではあるまいな?それと、スイカを割る時のかけ声がどこが可笑しくは無かったか?」

記憶は定かではないが、覚悟!!ーーとか言っていた気がする。しかも言葉にはかなりの憎しみが込められていたと感じたのだが、気のせいなのだろうか?
それに気になる事がもう一つ。
右に行けと命じても、ヤツはそっちにいかない。
声だけを頼りに、それだけを追っている気がしてならない。

宇賀神は、疑問符をいくつも浮かべる劉を口で言いくるめる。

「私は目隠しをしているので何も見えないのですよ?狙える訳がないじゃないですか。それと、スイカ割りにかけ声は不可欠なんです。その時心に浮かんだ言葉を力の限り叫ぶ。ストレス発散も兼ねた実に有意義なスポーツであるスイカ割りの、これが正しいルールです」
「そ、そうなのか?なんだか嘘くさいのだが…」
「首領、私が貴方に嘘などつくわけがないじゃないですか。これが正しい作法ですよ」

余りにも自信満々に言い切られ、存外単純な劉は疑う事をやめた。
心に浮かんだ疑問ーーーもしかしたら自分を狙ってたんじゃないのか?という疑問は捨てた。

「さぁ、続けましょうか。次は外しませんよ!!私がその腐った性根を真っ二つにして、叩き直してやります!!」
「根性?スイカに根性などあるのか?」
「いったでしょ。細かいことは気にしてはいけないと。はやく割らないと日がくれてしまいますよ」
「ああ、そうだな」

再び劉が宇賀神を誘導すべく声をだした。
ふふふっ、と笑い、宇賀神は木刀を握るてに力を込めた。


見えていないはずの目隠しのしたの宇賀神の双眸が物騒に光り、眼鏡が太陽を反射してキラーンと光った。

劉の机の上にひっそりと指南書を置いた甲斐があった。
劉はあれでかなりの日本好き。
日本人ですら知っている者がいるかすら怪しい事まで、知っていたりするほどだ。
そんな劉の机の上にアレを置いていれば、必ず飛びつくという目論見は見事当たった。
あの本の作者は宇賀神。
忙しい仕事の合間を縫って書き上げるために徹夜したのは辛かったが、そんなの苦労のうちに入らない。

(ふふ、さぁ、スイカ割りという名の憂さ晴らし、たっぷりと付き合ってもらいますよ、首領……!!)

「こっちだ、宇賀神」
「ええ。いま行きますよ」

劉が何も疑う事なく、宇賀神を呼ぶ。
宇賀神はその期待に答えるべく、木刀を握り直し、劉に向かって前進した。


ーーーーその日、悲鳴のような声が数度にわたって浜辺に響き、日没近くまでスーツ姿の男達が目撃されたらしい。


そして、浜辺にはまん丸なスイカが一つ淋しくころがっていたとか、いなかったとか。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ