オメルタ★狼と愛犬

□相愛恋歌
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「そこに座れ」
「なぁ、霧生。悪かった。お前に心配をかけたことは謝る。だが、これには色々と事情があってだな」
「口答えはいいから、貴様はとっとと言われた通りにそこに座れ!!もちろん正座だッ!!」

帰宅早々、ドアを開けた瞬間、仁王立ちの霧生に出迎えられたJJは現在、リビングで霧生と対峙していた。
鼻息荒く、鋭い視線を俺に注ぐ霧生は見るからに立腹した様子だ。靴を脱ぐ時間すら満足に与えられず、俺は霧生に腕を捕まれて引きずられるようにして帰宅を果たした。約一ヶ月ぶりに会う恋人は再会を喜ぶ……どころでは当然ない険しい態度だ。
酒を飲んだから、仕事に乗っていったバイクは乗れなかった事もあり、やはり時間が思いの外かかってしまった。
その間にも霧生の怒りは沸々と募っていったに違いない。
これ以上機嫌を損ねてはいけないと今までの経験から学んでいた俺は大人しく床に腰を下ろした。慣れない正座とやらをしたJJに、いくらか気持ちが落ち着いたのか、霧生の眉間のシワが少しだけ和らぐの、少しだけホッとして肩の力を抜く。
「で?どうしてお前は俺の電話及び複数回にわたるメールを無視し続けたのか聞かせてもらおうか?」
猜疑心に満ちた霧生の口調は何処までも刺々しく、何から説明したものかと一瞬迷うが、いわなければ分かってもらえない。言い訳などするつもりはないが、一応、経緯を説明しないことには納得しそうにない。
「いや、だから故意に無視していた訳じゃない。瑠夏に電話したあと、うっかり、本当にうっかり電源をOFFってしまってだな、お前からの連絡に気がつかなかったんだよ」
「ほぉう。それで、お前はきっかり仕事を終わらせた自分への褒美がてらマスターのところでのんきに飲んでいたわけだな。俺がお前が帰ってこない事にヤキモキしながら、長い時間どこかで事故にでも巻き込まれてるんじゃないかと俺が落ち着かなかった間に!!」
キッとこれまでにもまして霧生の視線が射殺さんばかりに危険なものへと変わり、俺は思わず視線をそらせた。
さすがもと刑事というべきか。昔とった杵柄は錆び付いてはいないらしく、相手を威圧しながらも着々と追い詰めてくる。もはや自宅は警察署の取調室と化している。
仁王立ちの霧生がまた一本距離を詰め、グッと顔を寄せてきた。
「俺はお前のなんだ?恋人じゃなかったのか?仕事が終わってボスに連絡したまではいいが、そのあとは恋人である俺に連絡するのが筋じゃないのか?!!」
「いや、本当、それについては悪かったと思って」
たじたじになる俺に、だが霧生は追求の手を緩めはしない。
「いーや、お前は微塵も反省なんかしていない!だいたいなんのためのケータイ電話だか、お前は理解しているのか?未だに使い方をろくに把握していないことといいまったくもってお前はどうしようもないな!」
「最近のケータイは無駄に機能がつきすぎててよく分からないんだよ……」
「いいわけは見苦しいぞ、JJ。そんなものはな、説明書を読めばちゃんと書いてある事だ!」
(だから、そもそもその説明書を読むのが苦手なんだよ)
霧生はこう見えて機械などの使い方はすぐにマスターする方だから、俺の気持ちは分からないかもしれないが、あれは結構めんどくさい。説明書を隅から隅まで読んでから試用する霧生とはちがい、俺は文字の羅列を長時間読んでいられない性質だ。
「説明書を全部読むのは勘弁してもらいたいが、取り合えず、善処はする。ケータイも、まぁ、電話がかけられればいいとは思うが、お前がいうなら、使い方を覚えるようにする……」
「それだけで納得できると思うか?お前には前科があるんだからな。今回ばかりは流石の俺も我慢の限界だ。……JJ、ケータイを貸せ」
「貸すのはいいが、何をするつもりだ、霧生」
ふっと、霧生はたちの悪い嫌な笑みを浮かべた。
「お前はすぐにいなくなるからな。これでは俺の心労が耐えん。よってGPS機能を常にonにすることで手を打ってやる。これがあれば、どこにいてもお前がどこにいるか手に取るように俺に分かるからな」
「そんな機能があるのか、このケータイ…」
手元のケータイを見つめたままの俺に、お前はいつの時代の人間なんだと言わんばかりのあきれた眼差しが突き刺さる。妙に馬鹿にされた気分になる。
「もちろんお前が自分で解除できないように、ロックは俺がかけてやる。これならどこをお前がほっつき歩いていてもすぐに発見できる」
言った途端、霧生の腕が俺の手元のケータイに伸ばされる。何をする気なのか分かりやすすぎるほどわかっている俺は咄嗟に背後へとケータイを隠した。
「なぜ隠す!貸せといったら貸すんだJJ!!」
かなり本気なのだろう。霧生は俺を押し倒さんばかりの勢いで、手元からケータイを奪おうと躍起になってくる。何たる争奪戦だ。なかば本気で呆れ返るが、霧生の本気を目の当たりにして居る俺はどうにかこうにか霧生の肩を押し返して制止を求めた。
押し問答で体制を崩した霧生はそのままストンと俺の前に座り込むはめになる。
「JJ!往生際が悪いぞ!!さっさとケータイを寄越さないか!!」
「落ち着け、霧生。そんな事をしたら、第三者にまで俺の居場所がバレかねない。そうなれば命取りだろ。頼むから勘弁してくれ」
納得したのか、そうでないのか判然としないが、取り合えずこの場は引いてくれるらしい。霧生はいかにも渋々といった感じだが、命取りと言われて、考えたあと、それ以上の追撃をやめた。
「いいか、俺からの留守電とメールをすべてチェックするまで寝させないからな」
「いや、でもこれ、量が半端無さすぎ……」
ざっと見ただけでも軽く百件はあるのではないかと思われるメールに着信に怯むなという方が無理だ。
「口答えするな!!全部終わるまで寝かせんといったら寝かせん!!とーぜん酒もなしだ。俺が冷蔵庫のビールをからにする前には、きっちり目を通せ。それまで俺に、話しかけるのはもちろん、指一本触れることは許さんからな!!」
頭から湯気が出そうな程の怒気を全身から迸らせ、霧生は冷蔵庫へ直行するや否や、そのまま手にした缶ビールを煽りだす。
叫びすぎた喉を潤した霧生は、背を向けたまま窓辺で1人晩酌に興じる姿勢をとった。
久々に会ったと言うのに、なんと言うか、もっとこう色々あるだろうにと思わなくはないが、お冠なのは重々承知だ。
本気で俺の身を案じてくれていた霧生の気持ちが分かるだけに、仕方なくメールに目を通す。
どこにいる、なぜ電話しないなど、言葉を変えた同じ内容のメールがボックスを埋め尽くしている。未読の表示を消せど消せど、つきることなくわき出てさすがにうんざりしてくる。
「おい、霧生。もう勘弁してくれ」
「ダメだ……まだ、終わってないだろ」
「おいおい、霧生、もう酔ったのか?呂律が回ってないぞ……。大丈夫か?」
「やかましい。貴様はさっさと言われた通りにメールに目を通せ!」
「分かった。それはあとで必ず目を通す。だから今はお前との時間を満喫させろ」
ガーガーと威嚇するように喚く霧生を都合よく無視し、俺は腰を上げた。ほんの数歩の距離を大股で更に詰めると、霧生の鋭い視線に晒される。双眸を釣り上げ威嚇するように唸るその姿はまさしく狂犬だ。
「来るなといっているだろう!」
「分かった、分かったから空き缶を投げつけるのは勘弁してくれ。せっかく久々にお前と二人っきりになれたんだ。俺はこのお前と過ごせる貴重な時間を無駄に浪費したくない」
俺は両腕で霧生を抱き寄せ、そのビールで濡れた唇に問答無用とばかりに己の唇を押し付けた。ジタバタと手足を動かして反撃にあうが、抱きしめる力を強めて抑え込む。
「…っ、ん、…ふ」
麦芽独特のほろ苦い味と共に、久々に味わう恋人の柔らかな弾力を見せる唇に心は甘く満たされていく。霧生の声を聞いた瞬間から、俺は霧生に会えることを心待にしていた。こうして実際に目の前に居ると、その暖かさを求めたくなるのは自然現象というものだ。例え怒っていようがむくれていようが、霧生は俺にとって欲情を刺激してやまない、特別な存在にかわりない。触れたい衝動に忠実に行動した後、息継ぎの間を取るために唇を放すと、霧生のふくれっ面が眼前に飛び込んできた。
「……キスぐらいではぐらかせると思うなよ」
「思ってない。でも今は、お前にキスしたい気分なんだ」
「……ん、んんっ…」
「……っ、……」
霧生には申し訳ないと思いながらも、俺は飽きずに霧生の唇に吸いつく。正直、我慢の限界だった。生まれてはじめて好きだと思った相手が自分のマンションにいて帰りを今か今かと待ちわびている。いくら待っても帰って来ないのを、案じて何度と連絡を取ろうとしてくれたことが、嬉しくないわけがない。
「悪いな霧生。俺はもう限界だ。お前を抱きたい。」
反論したそうな顔で霧生が俺を睨むが、応じるわけには行かない。一方的に有無を言わせぬ雰囲気をまとわせ、JJは霧生の腰を抱き寝室へ誘った……。
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