オメルタ★獅子と狼

□裏切りの烙印、血の掟 〜最終章
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組織がでかくなり、ファミリーが増えれば、部下を駒扱いしかせず、減ればまた調達すればいいなどという考え方は、なにもドラゴンヘッドに限ったことではない。一人一人に心を砕くほどの価値を部下に見いだす組織などごくまれだと、社会に出れば嫌と言うほど実感する。
だが、瑠夏は当たり前の事を、当たり前にしない。駒と思えば失ったとき、傷つかずにすむと知りながら、瑠夏は人として本来大切にすべき良心を捨てない。こんなボス、他にいるか?いや、いない。少なくとも石松が見てきた他のどのファミリーにも居なかった。
それって、すげー難しくて、そしてすげー嬉しいことなんだよなと、石松は想う。
こんなボスだから、こいつのために死ねるなら、きっとどんな最後を迎えても満足して笑って逝けると思えるから、俺は瑠夏に仕えたのだ。
他人に命令されるのが心底嫌いな石松でさえ、瑠夏の前でなら素直に膝をおる事ができる。首を垂れる事もできる。
命を預ける事ができる。
それは、瑠夏が、瑠夏だからだ。
マフィアのくせにどんなときでも他人を大切にしたいという暖かな心根の持ち主だから、俺らが守る価値がある。
石松の言葉は瑠夏にどう届いたのかはわからない。
だか、瞠目し、そして、少し頬を染めてはにかんだように、照れ笑いを浮かべるボスには、おそらくちゃんと伝わったと思う。ちょっと、らしくねぇ事をしている自覚はあったが、言いたいことは口にする派の石松だから、恥ずかしくても思いを伝えた。石松は、妙にスッキリしていた。
「俺たちの命と心意気は、全部瑠夏ーーーボスに委ねたんだ。それがどんな風に重たくのしかかろうとも、お前は全部背負ってかなきゃならない。肩代わりは出来ないが、精一杯支えてやるからさ。だから、そう、気負いすぎるな」
「今まで聞いたどんな感動的なセリフにも勝る、最高の告白だね」
「だろ?俺に惚れちまうなよ?」
「ははっ、それはないな。ご期待に添えなくて悪いけど」
石松がしたり顔でにやりと笑う。
瑠夏も青い瞳にうっすらと滴をのせて、やれやれと微笑した。
太陽が次第に高度をあげて高い位置に登り出す。
もうじき、今日という一日が始まる。然り気無く石松に背を向けた瑠夏が、目元をぬぐうのを、石松は見なかったことにして、胸ポケットからタバコをひとつ取りだし、口に加えた。

「今日まであっという間だったんだろうけど、ーーーーでも、ボクには今日がくるまで凄く長かったよ」
「……あぁ。長かったな」

しみじみとつぶやかれた言葉に、石松は、ふーっと、紫煙を吐き出し、静かに肯定した。
石松が吐いた紫煙がゆるゆると穏やかな奇跡を描くように天へと上っていくのを、瑠夏は見るともなしに目でおった。
―――いよいよ、いよいよだ。どれ程この日を待ち望んだことか
宇賀神が来てから、まだ数日しか経っていないが、それでも瑠夏には途方も無く長い月日が流れていた気がしていた。
眠れない夜を何度も過ごし、睡眠導入剤に頼りながらなんとか眠りについてーーー聞こえるはずのないJJ苦しげな悲鳴で飛び起きたのは何回あっただろうか?
ボクの名を叫びながら彼が帰らぬ人となる瞬間を何度みただろうか?
幾度となく、限りなく現実に近い悪夢は……だが、今日限りで終わる。
この手で、終わらせて見せる。
悪夢を現実にしないために、その為に、ボクは行く。
どんなに伸ばしても届かぬ手に狂いそうになる自分との戦いも、今日で最後だ。
「石松――」
「ん?」
「今日は存分に暴れてもらうからね。途中で眠たいなんて言い訳はしないでくれよ?」
「誰が、んなことゆーかよ。むしろ早く暴れたくてうずうずしてるってーの!―――あ、そうだ瑠夏。なんか食いてぇもんあるか?」
不意に聞かれ、瑠夏はうーんと唸った。
「あー、そうだな。別にまだお腹は空いていないんだけど」
「違うっての。誰が朝食のメニューを聞いてんだよ。JJが帰ったときに、ぱぁーっとパーティーやるからなんか食いてぇもんがあったら今のうちに言っとけよって話だっての。目の上のでけぇたん瘤だったドラゴンヘッドをついに瓦解させるめでてぇ日だ。いつもより盛大にやるつもりだからな。お前も意義はねぇだろ?」
ニヤッといたずらが成功した子供のように石松が瑠夏を見て笑う。
「ビールに、ワインに、ピッツァに……。あーもー、めんどくせーからメニューにあるもんぜーんぶ並べるか!!今夜は霧生にも浴びるほどビールを飲ませてやる!!」
頼もしい部下の提案に、瑠夏も飛びっきりの笑顔で答えた。
「ああ、もちろんだ。帰ったら皆でぱぁーっと派手に祝杯をあげよう!」
「おう!」
きっと今夜は楽しい食卓を囲めるはずだ。石松やパオロや霧生に……そして、最愛の彼と共に食卓を囲むだろう。
そんな近い未来を予想し、瑠夏はこれから戦地へ赴くものらしからぬ不敵な笑みを浮かべ、敵地へ赴く準備をすべく、屋敷へ戻った。

待っていてくれ、JJ。もうすぐ、キミをこのてに取り戻して見せる―――!!

☆★

☆★☆★☆★
「なんだ、もう起きてたのか?」
瑠夏と別れ部屋に戻った石松は、たった今ベッドの上に起き上がろうとしている相手に声をかけた。屈強で汗臭い男どもがそこらじゅうにごろごろいる屋敷のなかで、唯一癒しとも呼べるような花のような可憐な顏を持つ彼らしい優雅な所作でゆっくり身を起こすのを見るとはなしに目で追う。
二十歳をとっくに過ぎているはずなのに、みずみずしく張りのある素肌が妙に目に毒だ。昨夜も存分に貪ったあとだというのに、尽きぬ欲求が顔をもたげそうになる。
いやいやいや、朝っぱらからなにやってんだよ俺!と、密かに自制するのが困難な有り様だ。
そんな石松の葛藤など露知らず、ベッドに背を起こした華奢な身体の持ち主は、まだうっすらと眠気の残る目を鋭く尖らせ、じろっと石松を見据えた。可愛いくせに気の強いところが、キャップがあってまた可愛いと想う俺は、もう完璧に中毒かもしれない。
「起きてたよ。君がそわそわ出掛けていった辺りにはすでに、ね。勝手に出ていくのは構わないけど、もうちょっと考慮してほしいな。石松が掛け布団をきちんとかけ直してくれないから、寒くて風邪引きそうになっただろ……」
どこかばつが悪そうに顔をしかめながら、石松はベッドに腰かける。
「何だよ、気がついてたならそう言えよな――――」
一応起こさないようにこっそり抜け出したんだがなと胸中でいいながら、石松は剥き出しの肩に布団を引き上げて彼を包み込むように覆う。ブスッとふてくされた顔はそのままだったが、彼は抵抗せずに大人しく石松の好意に甘えていた。肩に添えられた毛布を自らも引き上げて、素肌に直接触れる柔らかな感触にうっとりと目をなごませる。中性的で少年にも少女にも見えそうな繊細な面差しの青年は、昨夜の情事の余韻を全身から漂わせながらも、瞬きの合間に幹部――パオロ・ピアノとしての表情をちらつかせた。
「ボス…どんな様子だった?」
「……どうだろな。どっか無理してるのは仕方がねぇけど。でも、目に光が戻ってたぜ」
「そう。よかった……」
誰に会いに行ったのかも、何をしに行ったのかも一言もいってないというのに、いつでも真実を見透かしてくるパオロに、脱帽しつつも石松は驚かない。深い付き合いだ。言わずとも察することもある。
いつもの癖で、パオロの髪にてを伸ばして指さきで撫でるようにすく。
他人に頭を撫でられるのはおろか、行きつけの美容師以外には髪に触られるのを密かに嫌っているくせに、石松にこうされるのはむしろ好きらしく、いっそううっとりと身を任せてくる。
「なに?ご機嫌とりなら間に合ってるけど?」
「可愛くねぇな……」
「でも、そんなところも嫌いじゃないんだろ?」
ふふんっと、なにもかも見透かしたような小悪魔な瞳が楽しげに石松をからかっている。
「悪いかよ……――なぁ、パオロ」
「んー?なに?」
「ボスはつぇよな」
「石松……?」
これには意味を図りかねてパオロは首をかしげる。
「瑠夏の本当の気持ちは俺には分かんねぇけどさ、でも、俺が瑠夏だったら………お前をアイツらに好き勝手されたら、正気じゃいられねぇ」
「……石松」
石松ははぁっと息を吐いて、側にある温もりにすがるように、パオロを両腕でぎゅっと抱き締めた。
パオロも、同じように無言で石松の背に腕を回した。
「強いよな、瑠夏は。俺には真似できねぇよ。さっきも瑠夏に言ったけど、俺だったら間違いなく宇賀神を殺ってたぜ」
JJをパオロに置き換えて想像するだけでも戦慄が走る。いや、JJの写真を宇賀神がいる場所で目にしていたなら、俺が宇賀神を撃ち殺していた。JJは俺たちにとっても大事なファミリーだ。恋愛感情は皆無だが、あのような無体な仕打ちを同胞が受けたとあって黙っていられる訳はない。だが結局、俺は何も出来ずじまいだ。
「なんかしてやりてぇのにさ、励ますことすら満足にできねぇなんてな。笑い種だぜ……」
「それは僕も同じだよ。君だけじゃない。だからさ?ボスが、この世でただ一人ときめたJJを、なんとしても僕たちが取り戻さなくちゃ。ボスを支えるのは僕たちにしかできないことだよ」
パオロの決然とした言葉に、石松も頷きかえす。
「分かってる。でも……霧生は、複雑だろうな」
誰よりもそばで瑠夏を支え、見守り、守護してきたキングシーザーの狂犬。瑠夏に害なすものには容赦なく鉄槌を食らわせ、完膚なきまでに叩きのめしてきた男が、宇賀神をむざむざ無傷で帰すしかなかったことを、どれほど呪ったことかは、想像に難くない。
その後、日に日に疲弊していく瑠夏をどんな思いで見ていたのかも。ここ数日で、また痩せた霧生。
苦渋の表情で重苦しい溜め息をはく石松に、パオロは優しくささやいた。
「大丈夫。彼も強い男だよ。きっと乗り越えられる。キングシーザーの狂犬は、やられっぱなしじゃないって、知ってるだろ?」
「そう、だな」
俺が霧生の立場ならと考えかけ、だが石松は途中で諦めた。
同情されるのも、気遣われるのも、霧生は嫌うだろう。うちの番犬は、強そうに見えて弱い一面を持つが、芯はしっかりしているし、俺なんかより、実はよっぽど強い精神の持ち主だということを短くない時間ファミリーとして接しているからよくわかってる。
「さてと……んー、まだこんな時間か」
抱きつく石松をやんわりと離し、パオロはサイドデスクに置いてあった時計を見た。目覚ましをかけておいたそれは、まだその時刻に達するまで一時間ほど猶予がある。
「石松、もう、起きる?それとも寝る?どーせ、あれこれ考えてあんまり寝てないんでしょ。今からならもう少しだけ寝られるよ……って、石松?」
再び石松の腕が身体にからみぎゅっと抱き締められた。そのまま体重をかけて押し倒され、パオロは目を白黒させた。
「え?ちょっと、なに?起きないの?」
「時間、あるんだろ?だったら、もう一回ヤっとく」
耳元に寄せられた唇で、熱くささやかれ、パオロの体温は一気にはねあがった。昨夜、精も根も尽き果てて、気絶するようにパオロを強制的な眠りにつかせた男は、あれだけではまだ足りないと主張してくる。
パオロはしがみつくように抱き締めてくる石松を本気で引き剥がしにかかった。
「いーしーまーつー!!なんなんだよ、その回答は。空気読めてないのは今に始まったことじゃないから許してあげるけど、その言い方はなに?今まさに、決戦が迫ってて、もしかしたらこれっきりかもしれないって言うのに、君ときたら情緒の欠片もないじゃないか!そんなんで僕を落とせるなんて、本気で思ってるの?とにかく、もう、離してくれっ!大事な抗争がこの後控えてるっていうのに、足腰使い物にならなかったら戦力にならなくなるっ!!」
じたばたと腕の中で盛大に暴れだしたパオロだが、石松も負けてなかった。体重をさらにかけて押さえ込みにかかる。
「い、いーだろ!いつまでも色っぽい格好で俺を誘ってるお前が悪いっ!第一、死なせねぇよ。お前の事は、お、俺が守ってやる。お前くらいちっこいのくらい、どーってことねぇよ!」
首筋に石松の唇が這わされ、チュッと吸われる。白く細いパオロの首筋にまた新たな跡を残す。いつもより執拗で、何処と無く必死な石松に、パオロは内心ではやれやれと溜め息をつき、そして小さく微笑した。すがり付くように自分を抱く石松の頭を、彼がいつも自分にしてくれるように優しい手つきでなでてやる。
「僕の盾になるのは当然でしょ?あ、もちろんボスの盾になることも忘れないように……それが守れるなら、ご褒美、あげてもいいよ?」
もちろんだと、力強く頷いた石松に、彼がかけてくれた毛布を剥ぎ取られる。
「分かってるだろうけど、石松。あんまり激しくするなよ」
そう言いながら、腕を背中に回して受け入れようとするパオロに、一層の愛しさを募らせて石松はその唇に吸い付いた。相変わらず柔らかくて弾力のある、美味な唇だ。唇を離すときにパオロの唇を濡らした唾液を、ペロリと嘗めとってやる。
「分かってるよ。優しくする。その代わり、帰ったら手加減なくお前を抱くから、覚悟しとけよ?」
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