オメルタ★獅子と狼

□Sei tutto per me
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「んじゃあ、ボス。恒例の一言、おねがいするぜ」
石松に差し出されたマイクを、瑠夏がありがとうと言いながら手にする。壇上に上がり、笑顔でフロアに集う面々一人一人を眺め、青く澄んだ瞳をほころばせる。
幹部から末端のファミリーまでの顔と名前を全て把握している瑠夏は、彼ら一人一人に慈愛のこもった眼差しを向けている。
扉を開けるなり大量のクラッカーでの出迎えの余韻が、肩や髪などに乗っかったままになっているのはご愛嬌だろう。トレードマークの犬歯が、にっこりと微笑む瑠夏の口元から覗いている。
「ああ嬉しいよ、みんなボクのために本当にありがとう。今日は最高の誕生日になりそうだよ。君たちと出会い、こうしてファミリーになれて、一緒に誕生日を祝えることを心から感謝するよ。今日までの一年も素晴らしかったが、明日からの一年はより一層最高になる予感がするよ。ボクのために今日は本当にありがとう。さぁ、今夜は無礼講だ!みんな思いっきり楽しんでくれ!!」
乾杯っと手にしたグラスを掲げた瑠夏の合図で一斉に、乾杯っと各々グラスを掲げた。会場中からグラスをカランと鳴らす音が華やかに響き渡る。
出来立ての香ばしい料理の香りに、早くも皿を手にした男たちが舌鼓を打ち出す。
少し前まで額に汗を浮かべ、必死に会場作りに励んでいた男たちは空腹をかくしもせずに、労働後の空きっ腹を満たすことに余念がない。
給仕を務めるホテル側の人間は、早くも盛り上がりを見せる男たちの合間を縫うように闊歩し、空になったグラスを下げては、新たなドリンクを差し出している。
そこらかしこから聞こえる賑やかな笑い声。
上下関係など気にせずに、本当の家族のように楽しんでいる。
組織に属さず、ただ淡々と一人仕事をこなし、ただ明日を生きるためだけにベレッタを握りしめていた頃には想像すらしたことがなかった団欒とした光景に、JJは違和感よりも感慨深いものを感じて、そうとは分からないほど口元を笑ませてその光景を見つめた。
マスターのバーで瑠夏と出会い、キングシーザーの一員として迎えられて、今では多くの仲間に囲まれている。
何処にいても他人の気配を感じる生活に違和感と窮屈さを感じていたはずなのに、今ではこれが当たり前の日常となっている。
滅多に笑うことなどなかった自分が自然と笑みを浮かべている。
「賑やかだな」
「当たり前だろう。ボスの誕生日なんだ。辛気臭い顔のやつがいてたまるか。それにしても安心した。どうにか間に合ったな……。渋滞にひっかかったときは危うく日付をまたぐかと思った」
JJと並び立ち、同じく壇上の瑠夏の声に耳を傾けていた霧生は、無事任務をやり遂げたことに一息ついたのだろう。眉間のシワを緩め、同じくネクタイを緩めて一息つく。
安全第一で、法定速度を最大限飛ばしつつ、瑠夏を無事会場まで送り届けた男の達成感に満ちた横顔に、JJは苦笑した。
「ご苦労だったな霧生。お陰で石松やパオロ達の努力が水の泡にならずに済んだ」
「他人事だな。さてはお前、サボってたんじゃないだろうな?」
自分が時計を睨めすえながら、刻一刻と迫る開始時間に肝を冷やしていた時になんで不謹慎なやつだと、睨みつけるその視線は物語っている。
あらぬ誤解を受けたJJは盛大なため息と呆れた眼差しを送りつつ、きっぱり否定した。
「馬鹿言え。俺も散々石松にこき使われたに決まってるだろう。壁面の飾り付けをしたのは俺だ。久々に脚立に登った」
「あのこの場にふさわしくないチープな飾り付けをしたのはやっぱりお前か。センスのかけらもないな!」
「言ってろ。ちなみにアレを作ったのは俺じゃない。飾ったのは俺だが、製作したのはパオロだ」
「そうだよ。夜なべして作ったんだから。あのチープな飾り付けを、ね?」
ニョキっと、音も気配もなく現れたパオロの登場に、霧生が己の失言を悟り言葉を詰まらせる。いい気味だと思う反面、パオロを敵に回した時の怖さを知っているJJは霧生に哀れみの視線をやる。
「いや、その、…すまん。その、なんだ……ついうっかり本音がだな…」
「あ?うっかり…、とか言ったか?俺もパオロに付き合わされて夜なべしたんだぜ?折り紙を折ってせっせと切るちまちました作業を文句も言わずにな。それを言うに事欠いてチープとは、さすがの俺も聞き捨てならねぇな?」
冗談を装いながらも、会話に混じってくる石松に霧生は苦虫を噛み潰した。石松は司会進行役をお役御免になったらしい。すでに呑む気満々で、すでに一杯ひっかけてきたのか、呼気が酒臭い。
「俺たちの最高傑作にいちゃもんなんざ不要だぜ?」
「だよね!あれは我ながらいい出来栄えだと思うよ」
にこりとパオロが微笑し、ニヤリとタチの悪い笑みを浮かべた石松にパオロが擦り寄るようにして並び立つ。
霧生は今一度、壁面に飾られた折り紙の輪を眺めたが、どう見ても幼稚園のお遊戯会を連想させるその出来栄えに、渋面を作った。お世辞でも褒めてやればいいものを、それができないのが霧生らしい。
これ以上の失言をさせる前に、そろそろ助けてやらねばならない頃合いだ。
「おいおい、二人とも、あんまり霧生をいじめてやるなよ。それよりも霧生、今夜は飲むんだよな?」
「ん?ああ、そうしたいのは山々だが、今夜はやめておく。車だしな」
手っ取り早く話題を変えてやろうと話を振ると、霧生は渋面こそ直したが、今度は浮かない顔つきで小さくため息をついた。
本当は飲みたいのだろうと一目でわかる仕草だ。
「そんな顔するくらいなら飲めばいいだろう。無礼講だと瑠夏も言っていただろ?」
「そうそう、JJの言う通りだ。飲んでいいよ、霧生。今日はみんなで盛大に飲みかわそうじゃないか」
「え、あっ、ボス!!」
「お、来たな、本日の主役!」
にこやかな笑顔を振りまきながら、タイミングよく現れた瑠夏にみんなの視線が釘付けになる。スピーチを終え、ここに来るまでのどこかで調達してきたらしいグラスを、瑠夏が霧生にさりげなく差し出す。
「ほら、飲んで霧生。今日は無礼講だよ」
「え、いや、でも…」
差し出されたそれに、だが霧生はしどろもどろになる。受け取るべきなのか、受け取らざるべきなのか。飲酒運転は絶対にできないが、瑠夏の行為を無下にはできないと霧生の脳内で葛藤が繰り広げられているのだろう。
決めきれずに、冷や汗さえ浮かべ始めた霧生に、瑠夏がやんわり迫る。
「まーさーか、ボクが持ってきたビールを飲めないっていうんじゃないだろうね?折角キミと飲もうと調達してきたのに」
「い、いえ!の、飲みます!勿論ありがたくいただきます!」
一般企業でやればパワハラもののセリフだが、霧生は瑠夏の差し出したグラスを素早く受け取るや否や、それを一気に煽った。
シュワシュワと小気味いい音を立てて泡をはじけさせる黄金色の液体があっという間に霧生の喉奥に消えていく。
よほどビールが好きなのだろう。久々に味わったビールに「美味いっ」と霧生が唸った。
水を得た魚さながらの霧生に、瑠夏もご満悦で頷いている。
「いい飲みっぷりだな、霧生。全く手のかかるやつだ」
思わずJJがツッコミを入れると、いつの間にやら横に来ていた瑠夏に胡乱げな視線を向けられる。
「そういうキミはちゃんと飲んでるのかな、JJ?」
「ああ。それなりに、な」
「って、嘘ばっかり。それ、お酒じゃないだろ?ハイ、没収!飲みかけで悪いけど、キミにはこれをあげるよ」
悪酔いしないようにと乾杯の時の一杯だけで終わらせようと思っていたJJの思惑など知らぬふりで、瑠夏にウィスキーの入ったグラスを押し付けられる。
そして、瑠夏はというと、近くを通りかかったボーイからシャンパンの入ったグラスを受け取っていた。
石松も、一気飲みの要領でワインを飲み干し、次のグラスに手を伸ばしている。
キングシーザーは間違いなく酒豪揃いだ。
パオロを見やれば、こちらもグラスの中身が先ほどとは違っている。
みれば霧生も、ちゃっかり二杯目のビールを手にしていた。どうやら本気で飲み明かす気のようだ。
「よっし!みんなグラスを持ってることだし、改めて乾杯といこうじゃないか!」
「いいですね、ボス!じゃあもう一度」
「「「乾杯!!」」」
ノリのいいファミリーに付き合い、掛け声に合わせてJJもグラスを持ち、本日二度目の乾杯に参加した。
場が盛り上がっているせいか、酒が進む。
瑠夏にもらったウィスキーに、JJは舌鼓を打つ。
「水割りだけど、なかなか美味しいだろう?」
石松やパオロ、そして霧生や瑠夏の楽しげな様子に感化され、自分でも知らないうちに浮き足立っているのだろう。
水割りのウィスキーよりもストレートの方が好きなのだが、やや物足りないはずのそれでも不思議といつもより美味く感じていた。
「ああ、悪くないな」
瑠夏の言葉に頷いて、JJはもう一口それを煽る。
一気に喉にはながしこまず、今度は舌で転がすようにして、じっくりと味わう。
「ふふふ、間接キッス…だね、JJーーー」
顔を寄せ、耳元で囁かれた瑠夏の言葉に、JJは酒を吹き出しかけた。かろうじて飲み込むことに成功したが、胸の動悸が激しさを増す。
「…瑠夏。アンタ、単にそれが言いたくて、飲みかけの酒を押し付けたんじゃないだろうな?」
「さぁ、どうだろうね?キミはどっちだと思う?」
唖然としているJJを尻目に、瑠夏に人前だというのに躊躇なく腰を引き寄せられた。そしてあっという間に口づけられる。羞恥で一瞬にしてJJは頬を真っ赤にさせるが、それだけでは済まない。
バッチリと成り行きを見ていた連中の視線が突き刺さり、その口元がニヤリと冷やかすように笑っている。
「ヒューヒュー。熱いねお二人さん」
「なんて言ったって夏だからね」
完全に茶化す気満々の石松と、それに便乗してパオロが囃し立てる。出来れば見なかったことにして欲しかったのだが、やはりそう上手くはいかないらしい。
「ひ、ひ、人前でそんな破廉恥な行動は慎めJJ!!部下に示しがつかなくなるだろうが!!」
「いやいや!霧生、なんで俺なんだよ。仕掛けてきたのは瑠夏だぞ?!」
「分かっとるわ!ーーーボスもボスです!軽はずみな行動は控えてください!いくら無礼講とはいえ……!!」
「あはは、ごめんごめん、つい癖で。次からは気をつけるよ」
瑠夏が全く詫びれた様子もなく謝る。放っておけばいいのに石松が霧生にちょっかいを出す。
「霧生、ヤキモチはみっともねぇぞ?なんなら俺がケツでも胸でももんでやるからよぉ、機嫌なおせ。な?」
「そんな気遣いいらんわ!むしろ指一本でも触れた瞬間に打ち抜いてやる!!」
ささやかな冗談なのに、霧生は本気で目を吊り上げて怒鳴り声を上げた。
瑠夏のことになると素面であろうが酔っていようが、簡単に理性を飛ばすらしい。
JJが、ある意味忠誠心の深さに感動していると、霧生が腰の愛銃に手を伸ばすのを視界の端に捉えた。
そろそろ止めたほうがいい頃合いだろうなーーと、JJが思うより早く、パオロがすっと二人の間に割り込んでくる。そして、場の空気を切り替えるように、パンパンと手を叩いた。
「はいはいそこまで!霧生君?こんな狭いところで銃なんかぶっ放したら誰に当たるかわからないんだから、セーフティ外すのやめようか?」
「……あ、その、……すまん」
ようやく我に帰ったのか、パオロに霧生が素直に頭をさげる。勿論、セーフティも外れてはいない。
「はい、素直でよろしい。あと、石松もだよ?茶化すと面白いからって、あんまり霧生君をからかわないの。それとーーー浮気は絶対に許さないからね?」
最後の方、パオロがなんと言ったのかJJには聞き取れなかったが、石松も素直にごめんなさいというのだけは聞き取れた。いつになく神妙で、大人しくなった石松はある意味見ものだ。
(まったく、いいコンビだな)
生暖かい目で、そのやり取りを見守っていたJJと、パオロの視線が不意に交差する。
そろっと近づいてきたかと思うと、にんまりとタチの悪い笑みをその口元に描く。
「さてと。JJ、そろそろ覚悟はいい?」
「なんの話だ?」
「とぼけても無駄だよ。まぁ、応援はしてあげる」
意味深に囁いて、パオロはテーブルクロスのかけられたテーブルの下に手を突っ込んだ。
何をする気だと見守っていると、何やら大きな物を引っ張り出している。
銀色の袋に大きな赤いリボンをかけたそれは、どこからどう見ても瑠夏への誕生日プレゼントだ。
「ではでは、ボス。改めてお誕生日おめでとうございます。これは僕からのプレゼントです」
「ああ。嬉しいよ。早速開けてもいいかい?」
ウキウキと鼻歌でも歌いだしそうな楽しげな顔で、瑠夏がリボンを解く。その様子をJJは関心のないふりを装いつつも、視線をじっと注いだ。
(パオロは何を選んだんだ?)
どんなものが出てくるのかと、この場にいる誰よりも興味津々だったのは間違いなくJJだろう。
瑠夏がプレゼントを取り出す。
それをいち早く目にしたJJは絶句した。
夏には似つかわしくないもふもふとした毛を蓄えた代物が、満を持して瑠夏の手の中に収まっていたからだ。
「おい、その得体の知れないものは何なんだ?」
「何言ってるの、JJ。見ればわかるでしょ?にゃんこスリッパだよ。裏に滑り止めが付いてるんだけど、それが肉球になっててホントに可愛いんだ。いまネットで話題の品で、品切れ続出の超がつく人気商品さ」
「そ、そうか。それは何だか、凄いな」
何といったものかと考え、とりあえず当たり障りのない言葉を選んだJJに、パオロは気がつかず得意げに胸を張っている。
自分かあげたいものをプレゼントすればいいんだと言った張本人の選んだプレゼントは、何というか、非常に突飛すぎて、JJは正直反応に困った。
試しにこれを履いて瑠夏が屋敷を闊歩する姿を想像してみる。
金髪の美丈夫が、笑顔を振りまきながらもふもふのネコスリッパで歩き回る姿を。
(案外悪くない、のか?いやいやいや、無いだろ。瑠夏はどういう反応を示すんだ?パオロが真剣に選んだものにケチをつけるとは思えないが……)
じっと瑠夏を見やれば、目の前に掲げたそれを手に破顔一笑した。
「嬉しいよ、パオロ。まだ使うには早いけど、冬には重宝しそうだ。大事に使わせてもらうよ」
「いや、アンタ、本当にこれ使うつもりなのか?笑いを誘うならいいだろうが、いくら何でもボスが履くにはーーむぐぅ」
言い終わる前に後ろから伸びて似た手に口を塞がれて、JJは最後まで言葉を紡げずに終わった。何をするんだと睨み付ければ、石松に小声で、死にたくなけりゃ黙ってろと小声で耳打ちされ、おとなしく黙る。
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