オメルタ◆魔王と死神

□漆黒の夜明け
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「……おい、なんだコレは」

朝の挨拶もそこそこに、ベッドに上体を起こすや否や、無造作に突き出されたそれを一瞥し、劉は怪訝そうな表情を浮かべて問いかけた。
相手が黙したまま答えずにいると、劉は鋭く危ういひかりを宿した双眸に殺意を滲ませ睥睨した。
黙っていても畏怖と恐怖の念を抱かせるドラゴンヘッドの首領である劉に眼光鋭く睨まれたならば、次に取る行動は命乞いという確立が一番高いだろう。

人としてごく普通の感性の持ち主ならば、ここで逆らったりは間違ってもしない。

が、残念なことに人と少しばかりずれた感性の持ち主である彼は例外だった。

「何って、見ればわかるだろ。コーヒーだ」

劉に鋭い眼光で睨まれ、尋問されているのかと錯覚しそうな威圧的な声音で問われたJJは、その危険をあっさり無視し、無表情でしれっと言葉を返した。

まるで果たし状の如くJJが劉の眼前に突き出しているのは、洒落たデザインのマグカップだ。
中には黒い液体が並々と注がれて、白い湯気がたっている。淹れたてだと分かるそれは、JJが苦心の末に作り出した力作だったのだが、劉の感想は何処までも辛辣だった。

「貴様は馬鹿か? コレの何処をどう見たらコーヒーに見えるというのだ。香りは確かにコーヒーと言えなくも無いが、これはどう見たって泥水だろうが! まったく貴様という奴はこんな簡単な事も満足に出来ないとは、とんだ欠陥品だな」
「俺だって好きでこんな物を淹れたわけじゃ無い。アンタが淹れろと命じたから仕方なく淹れたまでだ。嫌なら飲まなきゃいいだろ」
自信作を飲みもせず否定され、流石のJJも不貞腐れ気味に言い放つ。

「貴様、首領に対してその態度はなんだ?」

劉は眦を吊り上げ、愛銃であるデザートイーグルのセーフティを外して、JJの眉間に突きつけた。
対して危険が目の前に迫っているJJは平然とした態度を崩す事なく、内心で呆れた。

これで、何回目だ?

劉の護衛として住み込みの家政婦宜しく身の回りの世話までさせられて幾日。劉の起床に合わせコーヒーを淹れ、不味いの何だのと罵られる。
毎日の日課になりつつある緊張感の欠片もない会話が、今日も今日とて劉の寝室で繰り広げられる。

流石に毎度毎度、銃口を突きつけられるのは、ごめんこうむりたいが、いい加減、劉の短気さにも慣れつつあった。

「一応、聞くが、これは豆から淹れたんだろうな?」
「もちろんだ。インスタントは口に合わないと言う首領の為に、いちいち豆を砕いてチマチマ作ってやった」

へりくだった態度とは程遠いが、JJは可能な限り丁寧に答える。
劉はそんなJJを一瞥し、鼻を鳴らしてマグカップをひったくった。

マグカップに薄い唇を寄せ、一口含む。
そして、その酷薄な美貌をげんなりと歪ませた。

無言だったが、相当に不味かったらしい。

味見をしなかったのがいけなかったのかとJJは、思案した。
劉はそれをグイッと飲み干し、JJにマグカップを突き返す。
「今日も朝から会食が入っている。貴様も同席させてやるから、早く準備をしろ」

劉は言い捨て、風呂へ向かった。
JJはその後ろ姿を見送り、手元のマグカップを眺め、恐る恐る口を寄せた。

「…うっ、ま、不味い…」

数滴マグカップの底に残っていたそれは、恐ろしい程不味かった。豆が完全に粉砕されておらず、粒として残ったそれが舌に残り、途方もなく苦い。

JJは自分の淹れたコーヒーを飲んで、ちょっぴり反省した。

明日からは拳銃で豆を砕くのは辞めよう。
毎晩、劉のオモチャにされて溜まった鬱憤を晴らすべく、豆に八つ当たっていたのが、敗因に違いない。

JJはひとしきり己の行為を振り返り、いつかは喫茶店のマスターもギャフンと言わせるくらいの腕を身につける事を固く胸に誓った。
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