帆船記U

□月波
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月明かりに照らされて煌めく波を、月波と呼ぶ。

我は、月光の水しぶきが飛び交う海をすすんでいく。

月明かりの中、南の海を東へ急ぐ船が我の身体。

我は、船の精霊、シリウス。

「ナギ兄、腹減ったぁ」

部屋で眠れずになんども寝がえりをしていたハヤテが、食堂に足を運んだ。

朝食のために肉を調味液に漬けていたナギが、表情も変えずにハヤテを見る。

「…またシンの部屋か?」
「そういうんじゃねーし。なんか、腹減って眠れねぇ…」

眠れないほど空腹だと訴えられたナギは、黙って調理を始める。

「あのさー、ナギ兄…」
「………」

「ナギ兄は、俺と同い年んとき、何してた?」
「……ここに居たな」

『確かに…ナギが奇縁で乗ることになったのは、7年前だからな…』

「そっかぁ…そんとき、船長はもう、海賊王だったんだよな」
「ああ…」

「船長、いつから海賊王やってんだろ…」

リュウガ達が求めた秘宝は、海賊王だけに許された秘宝。かつてのリュウガは、秘宝を手にするためだけに、若くして頂点へ昇りつめた。苛烈な勢いで、リーやセシル、ヴァンやロイを伴って海を駆けた、燃え盛る太陽のように激しい伝説。

「この10年は、確実だな」
ナギが、手を止めずに呟いた。

『かつてのリュウガも含めたら、13年ほどになりそうだな…』

ハヤテが、頭をかいて、溜息をつく。

「やっぱさー、ぐずぐずしてらんねーよな。船長は、俺と同い年の時には、もう海賊王だったかもしれねーんだよな……」

『確かに。しかし、同い年としても、リュウガとハヤテでは経験が大きく異なる…』

「……ほら、食え」

ハヤテの前に、ナギスペシャルが出された。

「やりぃー! ナギ兄、サンキュー」

喜んで食べ始めるハヤテは、本当にかなり空腹だったらしい。

「なあなあ、ナギ兄さ…俺が船下りて、海賊団作る時には、一緒に来てくれねー?」

我を下船する話とは…。

「…ハヤテの海賊団?」

「やっぱさー。海賊王目指すには、自分の海賊団持たなきゃ、話になんねーよな…」
「……断る」

「え?」

「仲間集めは、自分でやるものだ。俺は、この船で、あの船長だから、ここに居る。もし、ハヤテが海賊団作るって言うなら、止めないが、降りるなら、お前1人だ」
「………」

ハヤテが黙り込んだ。

海賊達の誰もが、居心地の良さを感じていることは、我も知っている。

「船長だって、スタートは1人だった。どんな仲間を集められるかも、実力だ。俺は、自分がいい仲間を集められる器じゃなかったことを思い知らさせれて、この船に乗ったからな……」

「そっかー。仲間を集める実力かぁ……」

案外、ハヤテは憎めないところがあるから、それなりの仲間ができるかもしれないと我は思う。

けれど、我から海賊が1人、降りて別の船に乗るというのは、とても寂しい。

「まだ、やめとけ。ハヤテが船長の船なんて、三日で海の藻屑だ」

戸口に現われたシンの言葉に、ナギが笑う。

「なんだとぉー」

「もし、ハヤテが自分の海賊団を作るなら、コックより先に、『自分の言うことを聞かない航海士』でも見つけることだな」
「なんだよ、それ」

「そのままだ。ハヤテの言うとおりに船を動かしたら、三日で船は沈む」
「んなはずねーし」

「ナギ、冷たい麦茶、あるか?」
「…あるよ」

シンが、麦茶を受け取って食堂を出ていく。入口でふと、ハヤテを振り返って一言。

「これだけ恵まれた環境にいるんだ。もっと学んでから船を降りても遅くない」

「なんだよ、それ」

相変わらずシンの言葉を十分に理解できていないハヤテ。

いずれ、ハヤテが船を下りて海賊団を結成する事をシンが是認していることにも気づかないのだろう。

そのためのアドバイスが、含まれた言葉。

「そうだな…ハヤテ、お前が仲間にするなら、ついでに『船長の言うことを聞かないコック』にしとけよ」
「はあー? ナギ兄まで」

「ハヤテの言うこと聞いていたら、三食全部、肉料理になるだろうからな」

「いーじゃん。毎日、肉料理、最高じゃん」

「ああ、そして、船員全員壊血病で全滅だ」
「え?」

「だから、ハヤテには、お前の言うことを聞かないコックが必要だな」

ハヤテが唖然とする。

我は、月波の中を静かに進み続ける。

人間は成長し、変わっていく。

どんなに良くても悪くても、一つの状況は、いつまでも続かない。

月の光が、波間に砕けて散っていった。

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