帆船記U
□立待月
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「お前に足りないのはギャップだな」
「ギャップ?」
「見た目のイメージと、実際の『くいちがい』が、秘訣なんだよ」
リュウガが断言して、手にしていた酒を飲み干した。
なぜ、シンばかりモテるのかとぼやいていたハヤテ。
リュウガの話を聞いても、よく分からない、といった表情をしている。
自らも、港では多くの女を侍らせているらしいリュウガ。
彼の語る秘訣とやらに興味があって、我は二人の会話を見守った。
我は、夜の海を静かに進む海賊船の精霊、シリウス。
人間とは大きく異なる存在。
「ソウシみたいな口がうまいやつは、イメージのまんま、優しくしてやれば、女は喜ぶ。シンは、ソウシほど口が上手いってわけじゃねえ。が、シンを見て女たちが最初に持ったイメージを、あの口調で裏切るからな」
「はぁ? なんでそれで、モテるんだ?」
「だからイメージと実際のくいちがいが、鍵なんだろうが。お前、酒場に行ったシンが、ターゲットにした女をどんな目で誘うか見てねぇのか?」
リュウガが、肩を揺らして笑い出す。
「実際、シンは自分のことよく心得てるぞ。女たちの目に、黙っている自分がどう見えているのか、判ってやってるからな。…面白れぇのは、それがヒロイン相手じゃ、できないってとこだな」
「何の話ですか?」
少し離れて様子をうかがっていたシンが、聞き捨てならない内容だと判断したらしい。
棘のある声に、リュウガと我は苦笑する。
「なんで、シンは酒場の女たちにするみたいに、ヒロインにできないんだ? そしたら、ヒロインも喜ぶってことだろ?」
不思議そうなハヤテを、シンは睨みつける。
「馬鹿が。なんであいつを、商売女達と同じように扱わなきゃならない?」
シンの答えに、リュウガは肩を震わせて笑いだす。
我は、海賊達の言う宿や娼館は、知らない。
常に港の水の中で待つ身だし、他の船のように海賊達が娼婦を我に連れ込むことは殆どない。
けれど、海賊達の話や、港で出会う他の精霊たちの話、港に居れば見かけることのある恋人たちの行為などから、我はある程度学んでいる。
特に、ヒロインが我に乗り込んでからは、人の色恋について随分と我も学んだ。
それでも、海賊達の言う、商売女というのはまだまだ未知の存在ではある。
「でも、たまにはヒロインが喜ぶようなことしてやった方が、よくないか? シン、ぜんぜん優しくしてねーじゃん」
シンの眉がピクリ、と反応する。
ハヤテの見えるところでは、確かにいつも通りのシンだが、ヒロインと二人だけになった時のシンは変貌する。
そんなシンを、おそらくヒロイン以上に知る我にしてみると、優しくしてないという言葉は似つかわしくないことこの上ない。
「随分と詳しいようだな?」
シンの不敵な笑みには、明らかな悪意がある。
ハヤテ自身も、向けられた悪意には気づいたものの、それで退ける性分ではない。
「き、昨日だって、ヒロインは泣いてあんなに嫌がっていたのに、やってたじゃねーか」
「ほう? それは、いつの、なんの、話だ?」
昨夜。確かに、ヒロインは涙をにじませて、嫌だと口走ってはいたが…。壁を隔てたハヤテが、複雑な表情をしていたが…。
「だっ…だから、昨日だよっ」
「どの時間の、何をしている時の話だ?」
「そのくらいにしとけや」
獲物を追い詰める雰囲気のシンを、リュウガの声が引き留めた。
ふいっと、視線をハヤテからあらぬ方向へ移したシンに苦笑しながら、リュウガが言う。
「まあ、そう考えると、女もギャップが必要だな。ハヤテには、あのヒロインが、シンを誘うなんざ、そう簡単に想像できねぇだろ?」
「船長っ!」
シンがリュウガを睨みつけた。
「は? 誘う?」
「ハヤテが今言ったそれは、俺にしてみれば、十中八九、シンの方が誘われてたぜ。商売女じゃ歯が立たないくらい、恐ろしく扇情的にな」
我も、リュウガと同感だ。
「なんで? あれが?」
状況を目にしていないハヤテには、理解できないらしい。
「………成程ねぇ。自分だけに見せる特別ってのは、格別だよな?」
リュウガは、ニヤニヤとシンに意味深な視線を投げかける。
いつの間にか、シンの方が居心地悪そうな気配。
『噂をすればなんとやら、だな…』
倉庫でトワと話をしていたヒロインが、シンを探してこちらへ向かっている。
自分を呼ぶヒロインに、無表情を取り繕って応じるシン。
困惑したようにヒロインを見つめるハヤテ。
そして、相変わらずニヤニヤと眺めているリュウガ。
まだまだ、人間の色恋は、我の知らないことが多く、難しそうだ。
我は三者の心中を慮りながら、夜の穏やかな海を進んだ。