帆船記U
□剣月
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少し厚みを増した月は、空にかかる曲刀のように見える。
短曲刀は海賊の最もポピュラーな武器といわれるが、我に乗る海賊達は誰も持ち歩く武器としていない。
我は海賊船の精霊、シリウス。
曲刀の一種である鎌を使うナギが、厨房で呆れた声を出している。
「おい、何だその爪は」
ナギが指摘したヒロインの爪は、しばらく切っていなかったのだろう、随分と長くなっている。
「お前…シンに何か言われなかったのか」
「すいません。数日前から切るように言われていたんですけど、ついつい面倒で…」
「そんな爪で料理するんじゃねぇ。さっさと切ってこい」
『嵐の日に、爪切りが紛失してからだな…』
我は、ヒロインが爪切り道具を無くしてしまっていることを知っているが、他の海賊達は知らない。
恋人のシンでさえ、まだ知らずにいる。
「そ、それが…実は、この前の嵐でどこかにいってしまいまして…今、道具がなくて…」
またヒロインは、困ったことをシンより先にナギに告げている。
それが、シンとナギの間に、どれほどの確執を生むかも自覚せずに。
「はあ? ったく、面倒くせえな。ちょっと手ぇ貸せ」
ヒロインの後ろに立ったナギ。
背後から抱きかかえるように腕をまわしてヒロインの手を持ち、自分の鎌で器用に小さな爪を切ってゆく。
「勝手に動かすなよ。指切るぞ」
ヒロインは大人しく頷いて、ナギの胸に身体を預け、爪を切ってもらっている。
傍からみた光景はかなり仲睦まじいが、本人たちが全く意識せずにいるのだから、問題ないのだろう…おそらく。
厨房の隅でジャガイモの皮をむいているトワだけが、落ち着きなく、二人を見守っている。
『そんなに心配しなくても、シンは航海室だ』
ちらりちらりと、扉を気にするトワは、ナギがヒロインの爪を切りだしてから一つも皮むきできていない。
「よし」
爪を切り終えたナギが、ヒロインの手を離した。
「ナギさん、ありがとうございます」
礼を言って調理に取りかかるヒロイン。
トワが、大きく安堵のため息をついた。
「どうしたの? トワくん」
「いえ、なんでもありませんっ…」
トワが慌てて皮むきを再開する。
『ナギも、疎いからな…言ってやればいいものを』
日々、一緒に調理しているナギとヒロインは、些細なことでトワを困惑させている。
トワの困惑すら日常茶飯事。
我は曲刀のような月が揺れる海面を、海賊達をのせて今日も進む。