帆船記T
□新月
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我は海賊船の精霊シリウス。
新月の夜の海は、命に満ち溢れている。
多くの生き物たちの産卵が行われ、新しい生命力が潮に乗って流れる。
海の中は、命の喜びに満ちているのに、船長のリュウガが船首に立って風を受けながら、淋しげな表情で海を見ていた。
時折この男が見せる表情の意味を、我はよく知っている。
どうせ気づきはしないが、弟の代わりに、肩をたたいてやる。
甲板には誰もいない。
いや。
小さな影が一つ、やってきた。
「あっ、船長っ、こちらだったんですね」
明るい声に、リュウガが振り返る。
最近、我に乗り込んできたこの娘、ヒロインは、海賊たちを随分と変えた。
「夕食なのにぜんぜん来ないので、呼びに来ました」
「お、もうそんな時間か?」
「とっくに、そんな時間です」
連れだって食堂に行く手前で、我の舵主であるシンが食堂へ通じる扉を開ける。
ヒロインの心を射止めたのは、このシンなのだが、海賊たちの関係がより複雑になったことを我は誰よりも知っている。
「船長を見つけましたー」
にこにこ笑うヒロイン。
「見つけたって…別に隠れてたわけじゃないぜ」
あれほど淋しげだったリュウガも、楽しそうに笑っている。
あの娘の笑顔は、海賊たちだけでなく、我にも温もりと命をくれる。
新月の夜に、我は笑顔あふれる食卓を囲む彼らを抱いて、生命の溢れ来る海を渡った。