帆船記T
□二日月
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甲板で洗濯をしていたヒロインが、手を止めた。
きょろきょろとあたりを見渡す。
我は人には見えぬ海賊船の精霊シリウス。
ヒロインの横に寄って何をするのかと見れば、洗い途中だった自分の服のポケットから、輝くリングを取り出した。
彼女は気付いていないが、周囲を見回すという不審行動は、逆に海賊達の意識を集める。
気づかぬふりをしているだけで、実は彼らのほとんどが気づいていることは少なくない。
こうしている今も、医務室の前に居るソウシと航海室に居るシンは、確実にヒロインの動きへ意識を向けている。
ハヤテとトワも気づいてはいるが、彼らほど注意深く様子を伺ってはいない。
しばらくリングを眺めて嬉しそうにほほ笑んだヒロインは、ポケットに大切そうにしまいこんで、洗濯を再開する。
あのリングは、ある夜、シンがこっそり彼女にプレゼントしていたリングだ。
シンは、彼女の手にしているものが何なのか分ったようだ。
他の海賊仲間には決して見せようとしない、穏やかな笑みを浮かべて、海図へ意識を向ける。
一方のソウシは、わからなかったらしい。
ただ、大切そうにポケットへしまいこむ仕草に、温かな視線を送る。
ヒロインが明るいメロディーを口ずさみながら、洗濯を続ける。
我の声が人に届かぬことは承知の上で、ヒロインと一緒に歌えば、波は滑りやすく、船足が早くなった気がした。
新月の翌日は、細いリングのような月が早朝から空にかかる。
洗濯を干したヒロインが、朝の空に浮かぶ月を見て、ポケットにしまいこんでおいたものを思い出し、指にこっそりはめて、はにかむように微笑する。
舵を握っていたシンが、離れた場所からそんなヒロインを見守っていた。
温かな二人を抱いて、我はシンに従ってゆっくりと右へ旋回した。