帆船記T
□三日月
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航行を管理するシンは、我の癖を熟知している。
我は海賊船の精霊シリウス。
舵輪のタクセットノットを上部に固定して舵角指示器と羅針盤を眺めるシンに、我は寄り添った。
「…?…少し風に流されているか?」
『ああ。風の力が随分と強いからな』
我の声は、人には聞こえない。
それなのに我を熟知するこの航海士は、時折、聞こえているかのように、我と会話を成立させる。
「…そうか、お前には風が強すぎるか…少し舵を…これでどうだ?」
『よい。これで、前に進める』
「…よし」
我が笑えば、シンも笑みを浮かべる。
「シンさん、今日は、クレープ作ったんです。一緒に食べませんか?」
ヒロインが、クレープを二つ持って、操船デッキに姿を見せた。
「中身は、ナギさんがこの前の無人島で見つけた野生スグリのジャムです」
にこにこと笑顔でクレープを差し出すヒロイン。
笑みを浮かべたシンは、何も言わずに受け取って口に運ぶ。
我もヒロインと一緒になって、一口食べたシンの反応を覗う。
「…意外とあっさりしてるな」
シンの感想に、幸せそうな笑みを浮かべるヒロイン。
「そうなんです。甘酸っぱいのが、しつこくなくて。このジャム、すごく美味しくできたんです」
「…ジャムもおまえが作ったのか?」
「はいっ。ナギさんにコツを教わりながらですけど…」
答えながら、持ってきたもう一つのクレープにかじり付く。
『風が変わった…』
我の声が聞こえたはずもないが、シンが、ふと真面目な表情で、舵輪をわずかに回す。
昼前に中天を下った三日月が、大きく傾いて雲間に見えていた。