帆船記T
□四日月
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料理人のナギが、海に網を投じた。
いつもの釣り糸ではないのが珍しくて、我は様子を見守る。
我は人には見えぬ存在。海賊船の精霊シリウス。
そういえば、今朝、小舟のような形の月が海面に昇った頃に、朝食の用意をしながらナギはヒロインと話していた。
「この辺の海には、ウニが多いと聞きましたけど、釣れるんですか?」
「…ウニだぞ。釣り竿じゃ無理だ。…食いたいのか?」
確か以前、リュウガがカニを食べたいと無茶を言い、ナギは試行苦労の末、見事にカニを捕えて夕食に提供していたが……今回はどうだろうか。
『網を底引きにして、ウニを捕まえる気か?』
我の声は、誰にも聞こえぬ…。
投じられた網が沈んでいき、やがて我に負荷がかかる。
航海室でヒロインに数学を教えていたシンが、我の変化を察知して、訝しげに様子をうかがっている。
『重いな。1人で大丈夫か?』
引き上げようとしたナギが、重さに気づいてトワとハヤテを呼ぶ。
「ナギさん、これ、めちゃくちゃ重いですよ」
「うわ、重っ…ナギ兄、何釣ったんだ?」
「……」
手ごたえの割に、ナギはあまり期待していないようだ。
黙々と網を引き揚げる。
『そうだな。カニの時は、苦労していたな』
見守ることしかできない我。
「すげぇっ! ナギ兄、大漁じゃんっ」
投げた網は、タイミングよく魚の群れを捕えたらしい。
引き上げられた網には、あふれんばかりの魚と…カニが二匹。
「うわぁ…」
感嘆の声を漏らすハヤテやトワとは対照的に、溜息をついてナギは再び空になった網を投じる。
『お前のことだ。ウニが入るまで続けるんだろうな』
先ほどより早く我に負荷がかかる。
おそらく、網が途中でまた魚を捕らえたに違いなかった。