帆船記T
□九日月
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夕方に輝くようになった少し丸味をおびた月。
夕陽の差し込む航海室で、ヒロインが、銃の手入れをするシンを眺めている。
「……なんだ?」
「シンさん、綺麗だな、と思って」
「…おまえ、俺が海図作っているときも、言ってたな」
「だって。私、シンさんの集中している時の横顔、大好きですから」
にこにこと笑顔のヒロインは、いつも素直に言葉を紡ぐ。
夕陽に照らされて頬が赤いシンが、手を止めて言った。
「ベッドの上では、あんなに、恥ずかしがって言葉にできないくせに、そういうことは、なんで恥ずかしげもなくすぐ言葉になるんだ?」
「へ?」
きょとんとしたヒロインが、みるみる耳まで赤くなる。
我は彼らが今居る海賊船の精霊シリウス。
船内は我が体内。
航海室を訪れようとしたリュウガが、二人の様子を見て踵を返していくが、シンとヒロインは気付かない。
見張り台から、そんなリュウガの様子を眺めていたソウシは、航海室の中を察したのか、ため息をついた。
リュウガの温かな想い。
ソウシのどこか切なげな想い。
波に揺られる我の上で、さまざまな想いが揺れている。
「ナギさんのお手伝い、行かなきゃ」
さんざんシンにからかわれて、逃げ出したヒロインが、航海室を出て厨房へ走っていく。
その様子を、同じような笑みを浮かべて眺めているのは、見張り台のソウシとメインマストのシュラウドによりかかっていたリュウガ。
今度は、リュウガも遠慮なくシンに航路の話をもちかける。
この船の海賊たちは、それぞれが、それぞれの想いでヒロインを見守っている。
時に気遣い、時に厳しく、そして時に反目しあう。
『これだけいろいろな想いが渦巻いていると、飽きることはないな…』
今度は厨房で面白そうな気配がする。
いつしか夕日は水平線の向こうへ隠れ、我は夕闇の海をすすむ。
今夜もあちこちで渦巻きだした海賊達の想いを眺めながら。