帆船記T
□十日月
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『雨か…』
昼を過ぎてから、雨雲がずっと我を追いかけてきていた。
我は海賊船の精霊シリウス。
航海室では、シンが不機嫌そうに海図を眺め、ため息をついている。
さきほどまで操舵していたシンの髪は濡れ、衣服からもポタポタと水滴が落ちていた。
「どうやら、雨雲と一緒に動いているみたいですね…」
「まぁ、今は、行くしかねぇな…」
腕を組んだリュウガは、夜が近づき、薄暗くなってきた海を眺めた。
しとしとと降り続く雨。
波は比較的穏やかな状態だ。
「雨は降っているが、風が強くねえのが、救いってとこか…じゃあ、任せたぞ」
できるだけ早く目的地につきたいと二人が話していたのは、今朝。
夜には到着予定だったのが、風が変わり、船足が遅くなっている。
シンが再び、雨の降り続く甲板に出ると、見張り台に立つトワを呼ぶ。
街の灯りが見えたらすぐ呼ぶように伝えると、部屋へ向かう。
『また濡れるだろうに、着替えるのか? …面倒なことになるぞ』
我の声は、シンには聞こえない。
シンの歩いた後には、ポタポタと水滴が路のように続く。
厨房で手伝いをしていたはずのヒロインが、走って部屋に向かっているが…間に合わないだろう。
部屋に入ったシンが、一瞬動きを完全に止め、盛大な溜息をついて、濡れた服を脱ぎ始める。
シンの残した水滴で滑って転んだヒロインが、扉に激突した。
「いったぁ…」
まだ上半身裸のシンが、扉に背を向けると同時に、ノックも無しにヒロインが扉を開ける。
「ヒロインっ……お前はっ!」
「シ…シンさんっ、あの…こ、これは、今日、お昼前にまとめて洗濯したら、雨が降ってきてしまったので、仕方なく…その…」
シンはノックも無く扉を開けたことを注意しようとしているのだろう。
が、ヒロインは何よりも、室内にロープを吊るし、まるで万国旗か装飾のように干されている彼女の下着類について必死に説明している。
「おーい、シン。トワが呼んで……え?」
ハヤテもノックせずに、部屋を訪れて、止まった。
「「「……………」」」
シンの怒り。
ヒロインの羞恥。
ハヤテの驚きと焦りと…。
『だから、面倒なことになると。……伝わると良かったのだがな…』
船内は、恐ろしく騒がしくなり、結局、いつものパターンでシンも一目置くソウシが事態を収拾する。
我は、雨の中、ようやく見えた街の灯りに向かって航跡を残した。