陽光 その二
□春船
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「なぁ、シン、あの船、なに?」
シンが風向きの確認に甲板に出ると、見張り台からハヤテの声が降ってきた。
「あの船?」
前方の水平線に目を向けたシンが、訝しげに眼を凝らす。
「あ、悪りぃ。そっちじゃなくて、8時の方向。なんか、あの船、俺らの旗と同じやつ、掲げて追ってきてねぇ?」
「……追ってきているかどうか確認するのは、見張り台にいるお前の仕事だろう?」
「あ、そっか。なんか、気付いたら、ずっと、見えるんだよ」
会話をしながらも、甲板後方へ移動したシンが、水平線に小さく見える船影に目を凝らす。
「…フォーマルハウト号か……なぜここへ……」
シンは、足早に船長室へ向かった。
「おう、どした?」
ノックして入ってきたシンに、新しい地図を広げていたリュウガが、視線を向ける。
「後方に見えるフオーマルハウト号から、シリウスの旗が出ていますが、どうしますか?」
「……ここでか? まあ、呼ばれて逃げるわけにもいかねぇわな…。繋げろ」
「わかりました」
シンの操船によって、シリウス号は碇を下ろして止まる。
遠くに見えていた船が、次第に大きさを増して距離を詰めた。
リュウガが後方甲板に出て、近づいてくるフォーマルハウト号を眺める。
「どういう風の吹きまわしだ? ルビィ」
船首に立っていた人影が、リュウガの声に応えた。
「海賊王へ直接、苦情を持ってきてやったよ」
「苦情? 色っぽい話じゃねーのか」
「客には飢えちゃいないのっ そっち、もっと寄せてよっ。優秀な航海士さん」
シンが苦笑して、碇泊したフォーマルハウト号にシリウス号を寄せた。
船首に立っていた人影が、身軽にシリウス号へ飛び移る。
「うちの航海士は、あんた程の腕はないから、衝突しない程度に離していてくれていいわよ」
「もとから、そのつもりだ」
シリウス号は、再びフォーマルハウト号と距離をとった。
「さ、リュウガ。船長室へ案内してよ」
「苦情じゃなかったのか?」
ルビィと腕を組んだリュウガが、苦笑する。
「こんなところで野暮な話させる気? 酒の一杯も飲ませなさいよ」
「ま、誘われちゃ、仕方ね―な」
ルビィ、と呼んだ女の腰に手を回して、リュウガは船長室へ消えた。
見張り台でずっと様子を見ていたハヤテが、シュラウドを伝って甲板に降りる。
「なあ、あの女、誰?」
尋ねられたシンが、フッと口許を歪めた。
「フォーマルハウト号の船長が、ルビィだ。そして、フォーマルハウト号が、娼船の元締め役。ま、トップだな」
「ショウセン?」
「娼婦の船、だ。金をきっちり払えば、海賊も海軍も区別なく、相手してくれるぞ。ただし、下手なこと喋ると女を通じて情報がそこら中に広がるがな…ある意味、港の女より言葉に気をつける必要は、ある」
ハヤテが、碇泊しているフォーマルハウト号を見る。
甲板に出て、シリウス号の甲板を見ている何人かの着飾った女たちが見えた。
「あいつら、娼婦か……」
「欲しけりゃ、向こうへ飛び移って、直接交渉してみるんだな。あの調子じゃ、船長たちもすぐには出てこないだろう…」
ニヤリと笑ったシンが、ハヤテに言う。
「だっ、だれがっ」
むっとした表情で、ハヤテは船室へ入って行った。