陽光 その二
□悋気
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「がんばって磨こうねっ!」
元気なヒロインの言葉に、トワは少し目のやり場に困りながら、答えた。
「はい。えっとー。それじゃあ、僕は向こうをやりますので、ヒロインさんは、こっちの方をお願いします。二手に分かれた方が、きっと、早く終わりますよね?」
あえてトワは、ヒロインに背中を向ける形で、甲板を磨き始めた。
なぜなら、やる気満々のヒロインは、腕を肩までまくりあげ、ズボンも太ももまでまくりあげ、素足で水をかけた甲板を四つ這いになって磨き始めたからだった。
露出した手や足も、まあ、多少は問題なのだが、それ以上に大きな問題は、ヒロインが膝と両手を床についた状態にあった。
ヒロインの正面に立つと、実は胸元がかなり奥まで目に入る…という、体勢なのだ。
この事実に、ヒロイン本人が全く気が付いていないのだけれど、トワも何と言ったらよいのか判らず、結果、離れ離れに背中合わせ、という位置関係になったのだった。
たぶん、シンが通りかかれば、何か言ってくれるだろうとトワは思うのに、こういうときに限って、航海室に籠ったままのシンは姿を見せなかった。
「はぁ……」
ため息をついたトワの目の前を、バケツと釣竿を持ったナギが歩いていく。
「っ…」
ナギに警告の声をかけようと思ったトワだが、ヒロインにも聞こえる状況で、気の利いたセリフが浮かばずに、そのまま黙って見送った。
一生懸命甲板の板を磨いているヒロインの後姿を一瞥して、明らかに一瞬、足を止めたナギ。
もしかして、何かヒロインに忠告してくれるのかと一瞬期待したトワだったが、ナギは無口のまま不自然に顔を海へ反らし、ヒロインから離れた場所に座り込んで釣り糸を垂らした。
「やっぱり、ナギさんにも言いにくいですよねえ…」
トワは独り、小さく呟いて、甲板磨きを続けた。