帆船記U
□更待月
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月齢20前後の月は、夜更けに空へ昇りだす。
昨夜、些細なことからすれ違った恋人達は、日付が変わって月が空へ昇っても睦み合っている。
とめどなく溢れる一人の苛烈なほどの想いが、我の体内に広がって浸みこんでゆく。
我は、海賊船の精霊、シリウス。
繰り返し恋人を抱いている舵主は、今、我の航路のことなど考えてもいない。
船長であるリュウガが、ふと気づいて甲板に顔を出し、舵を握った。
北へ向かうはずが、風向きと潮の流れが転じて、東へ向かってしまっている。
普段のシンなら、気づいて来るだろうが、今は無理だろう。
リュウガもその辺りは察しているようだ。
食堂では、散々喚いていたハヤテが酔いつぶれて眠り、ソウシとナギが酒を酌み交わしていた。
「……で、何をしたんですか?」
ハヤテが熟睡しているのを確認したナギが、ようやくソウシに話をふる。
「なんのことかな?」
「……俺に言われてヒロインが行ったくらいじゃ、正直、無理かと思いましたが…」
『しかも、シンがどんな勘違いをしたかを教えてやっただけ、だったな…』
我は、夕食の準備中に厨房でのナギを思い出す。
ため息をつくヒロインの話を聞いて、いろいろと悟ったナギは、ひどく驚き、シンを憐れんでいた。
そして、ナギの解説を聞いたヒロインは、いてもたってもいられずに、ナギのアドバイスもなくシンの許へ走って行った。
結果として、タイミング良くシンと話したヒロイン。
けれど彼女は、なぜシンの誤解が解け、機嫌が直ったのか理解できないままだったことを、我は知っている。
「仲直りできたみたいで、良かったよね?」
ソウシは、フフフ、と笑ってグラスの酒を飲み干す。
ナギは、訝しそうにソウシを見たが、それ以上は追及せずに、黙って酒を口に運んだ。
我にしてみれば、厨房と医務室、それぞれで行われた会話は絶妙だったのだが、お互いに気づいてもいない。
ナギの話がもっと早ければ、ヒロインは機嫌の悪いままのシンに出会うことになっただろう。
ソウシの白状がもっと遅ければ、せっかく駆け付けたヒロインは、シンに会えなかっただろう。
「…たとえドクターでも、あいつらを、故意に壊すようなことしたら、俺も黙っていませんから」
ポツリ、とナギが言う。
「……やだなぁ。ナギにまで言われちゃったよ」
注ぎ足した酒を再び呷ったソウシは、とっくにリュウガに釘刺されているから大丈夫だよ、と笑う。
『そうだったな…』
我は、舵を握るリュウガに意識を向ける。
北への向かうはずの船体を無事に修正したリュウガが、欠伸をして空の月を見上げた。
夜は更けていく。
今日の昼間は、さぞ寝不足の欠伸が増えるのだろうと、我は予想しながら北へ進み続けた。