TEXT oofuri
□アイデンティティー (水谷)
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「…眼鏡って、知的で格好良いですよね」
「…」
昨日、我が彼女と一緒にドラマを見ていた時、眼鏡を掛けた俳優を見た彼女がそうポツリと言った。
水谷は、今、それを思い出した。
眼鏡の並んでいる棚の前である。
…いやいやいや、俺はそう簡単に彼女の言葉に振り回されるような軽い男じゃありませんよ!?
別に、目ぇ悪くないし!?
大体、昨日の今日で俺が眼鏡を掛けて現れたら絶対に影響されたんだって思われるじゃん、そんなの格好悪いじゃん、言っとくけど彼女俺より年下だからね、年功序列の法則でいけば俺に決定権があるんだからね!
『眼鏡って、格好良いですよね』
…でもその理屈でいけば、突然俺が眼鏡を掛けても文句を言わせないって事も可能だよな、内心“うわ…この人すぐ影響されるんだから、ミーハーなんだから”って思われたって、格好良いって思われるんだったらそれならそれで良いかも知れない…
…って、ダメだダメだ。
嫌だ、そんなすぐに言葉で流される彼氏だなんて思われちゃったらこの後付き合って行く中でなんでも言えば聞いてくれる都合の良い男だと思われかねない!
なるべくなら我が儘も聞いてあげたいとは思うけど物事には限度ってモノがあるし、彼女は割と年上に対しても突拍子無いから“死んで”とかって言わない保証もないし。
…とにかく、話はややずれてしまったが眼鏡は要らない。
俺は俺のままでいよう。
俺のままで愛されよう、努力しよう。
「…今、眼鏡男子流行ってるよね〜」
「そなの?」
って、コラそこの女の子達!
迷える男の子の横でデリカシーの欠片もない話をおっきい声でするんじゃないよ全く!
「うん、だってアタシの彼氏も眼鏡してんもん、伊達だけどさ」
「へー、格好良い?」
聞くなよ、それを。
「うん、やっぱ知的な感じするよ?」
…。
「でもさー、なんか流行ってるからって、ちょっとって感じしない?」
…そ、そうだ、君の彼氏はアイデンティティーというものを知らないのかい?
「んー、まぁ最初はビックリしたけどさ」
ほら、みろ。
やっぱりだ、俺も二の舞にならないようにしよ…
「やっぱ流行りに嘘はないってか、逆に時代に乗り遅れてる人よりは良いかなって思うんだよね、なにより格好良いしさー」
「わぁー、のろけるね〜、むかつく」
く…
「へへーん、格好良さに勝てるものはないよ〜」
くそぉぉぉ!
流行の馬鹿野郎ぉぉぉ!
●
数日後
「あ!先輩眼鏡掛けてる〜!」
「ど?似合う?」
「超似合ってますよお、格好良い!」
“カッコイイ”
男にとって、それ以上の誉め言葉は無いのである。