雨漏り食堂
□優兄貴
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街に来て、奥まっているところまで来ると、鯉道食堂と書かれた看板が目に入り、それがついている一軒の店に二人は入った。
手を繋いだまま。
「こんにちは…」
「あ!肆亜ちゃ…まぁ!どうしたの!?この間の人じゃない!」
「あ、はい…」
「…あらまっ、手なんか繋いじゃって…彼氏!?もう、嫌だわぁ!言ってくれればよかったのにぃ!」
「いや、えと…」
「こんにちは、鯉道食堂の店主の妻です…肆亜ちゃんの彼氏?」
やはり、奥さんは恐るべし。
マシンガンのように話し出したら彼女は、止まらない。
パワーだけは、人一倍強く感じる。
顔は、もうおばさんだが、精神はまだ若いようだった。
雨深も同じことを思ったのか、少々後ずさりをしていた。
「は、い…つ、付き合って…います」
おろおろしながら、肆亜が答えると、奥さんはいそいそと厨房に入り、夫にも言った。
「肆亜ちゃん彼氏できたってぇ!」
「ちょっ、奥さ」
大きな声で言われると、恥ずかしい。
今は客がいなかったからいいものの、いたとしたら、肆亜は恥ずかしくて仕事どころではない。
肆亜は、ぱっと雨深から手を離し、そそくさと店の奥に入っていった。
雨深は、ぽつんと残されて、少し寂しげだった。
だが、奥さんがどこかに座っていてと促し、雨深はカウンターの席に座った。
しばらくすると、長い黒髪をひとつに結い、着物を着こなした肆亜が出てきた。
そして、雨深を見た途端に、顔を朱らめた。
「あ、ぅ…えと…」
肆亜は、何か言いたげだったが、言いにくいのか口ごもった。
すると、奥さんにはその事がお見通しなのか、肆亜の代わりに言った。
「着物が似合っているか…でしょ?」
「ぅ…はい…ど、どうでしょうか…?」
頷きながらも、肆亜は恥ずかしげに顔を伏せる。
雨深は、ふっと笑った。
そして、肆亜の頭に自分の手を乗せた。
「似合っている……その…可愛い」
「そ、ぅかな…」
「おう」
二人で笑いあっていると、奥さんがきゃいきゃいはしゃぎだした。
「見せつけてくれるねぇ、少年少女!」
「えっ…み、見せつけているつもりは…」
「うぅ〜ん!若いねぇ、しょうがないから、今日は何か奢ってあげよう」
「でも…」
肆亜と雨深は、申し訳なさそうに断ったが、奥さんに押され、何かを頼むことになった。
「ほらっ、肆亜ちゃんがオーダー聞いてっ!」
「は、はい」
肆亜は、注文書を片手に雨深のそばにやってきた。
「その…ご注文は、お決まりですか…?」
「じゃあ…焼き鳥をひとつ」
「はい、かしこまりました」
肆亜は、バイトの時のスイッチが入ったのか、先ほどまでおどおどしていたのが嘘のように、テキパキと話した。
自信なさげな彼女はそこにおらず、自分のやるべきことをしっかりわかっている彼女がいた。
しばらくすると、客が少しずつ増えてきた。
そうなると、もちろん肆亜は忙しそうに走っていた。
肆亜は、たまに常連客らしき人たちと話したり、笑いあったりしていて、雨深は少し、寂しさを覚えた。
「…俺にも、あんな風に笑ってくれねぇかな…」
ひとり呟いた言葉は、賑(にぎ)やかな鯉道食堂に、姿を眩(くら)ませた。