雨漏り食堂
□毒吐く独白
1ページ/2ページ
僕――南京 真智が、黒乙女に出会ったのは、僕がまだ幼稚園児の頃だ。
僕は、他より身体が華奢(きゃしゃ)だからか、よくまわりの男子にからかわれていた。
あの日も、確か男子に転ばされて、泣いてしまった僕をまわりが指を指して、笑っていたんだと思う。
確か、とか、思う、というのは、僕はその日、彼女に出会ったこと以外、まったく眼中にないからだ。
立ち上がろうとした僕を再び、転ばせようと近づいてきた奴の間に、黒い人影が立ちふさがった。
その人は、綺麗な黒髪で、さらさらと、風になびいていた。
「弱い奴ほど、集団で行動するとは、よく言ったものだわ」
「な、なんだよ!しあかよ!」
「こんなくだらないことしている暇があるなら、本でも読んで、その空っぽの頭に知識でも詰め込んでいなさいよ」
「うるせぇな!じゃまするなら、おまえも、こいつとおなじめにあわせるぞ!」
幼稚園児とは思えないほど、大人びていて、美しかった。
こぶしを振り上げた奴を軽く止めて、背負い投げを披露した。
あぁ、
なんて、美しいんだろう
その後も、殴りかかってくる奴らを時代劇の侍のように、次々と倒していった。
「ちっ…に、逃げるぞ!」
奴らは、情けない後ろ姿で、逃げていった。
そして、差し出される手。
「ほら、立てる?」
「あ…ありが、と…」
「別に…たいしたことじゃないわ、気にしないで」
そう言って、笑った彼女に、僕は心を奪われた。
その後、彼女はふっと糸が切れたように、その場に倒れ込んだ。
僕は、慌てて先生を呼びに走った。
そして、目覚めた彼女が、僕を見て、一言。
「…だれ…?」
彼女の美しい声も、美しい顔も、仕草も、何一つ別人のものだった。
同じ顔なのに、彼女たちはまったくの別人だった。
これが、僕が、初めて彼女に出会った日のことだ。
それから、あの美しい彼女が現れることはなかった。
僕は、考えた。
どうしたら、彼女が現れてくれるのかを。
そして、思いついた。
別人格は、もとの人格を守るために生まれるらしい。
だから、僕は決めた。
彼女が守るべき対象の肆亜に害を加えれば、きっとまた現れてくれる。
僕は、知っているよ。
君の本当の名前。
黒乙女なんかじゃなくて、君は――。