銀色の時間。

□行方不明の片想い
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案の定、涙涙とならなかった卒業式を終えた私は、3Zの教室に来ていた。
卒業生の居なくなった教室を片付けるのは、私たち職員の仕事だ。

「さてと……」

教室を見回すと、あれやこれや思い出が蘇ってくる。
あのロッカー、やたらと誰かが隠れてたな、とか。
妙さんの椅子に頬ずりするゴリラがいたな、とか。
九兵衛さんの椅子に頬ずりする変態がいたな、とか。

「碌な思い出ないな……」

軽く頭痛がする。
けれど、その日々ともおさらばだ。
彼らは無事卒業した。

「さっ、換気換気」

窓を開けると、気の早い桜が花を咲かせていて、花弁がふわりと舞い込んでくる。
風はまだ冷たさを残しているのに、また新しい季節が始まろうとしているのだと思うと、何故かわくわくした。

「あれ、遼ちゃん、こんな所に居たんだ」
「坂田先生」

呼びかけに振り向くと、この部屋の主である坂田先生が入ってきた。

「坂田先生、3Z無事卒業おめでとうございます。それから、お疲れ様でした」
「おー」
「いい卒業式でしたね」
「遼ちゃん、ちゃんと起きて見てた?俺、あんな卒業式初めてなんだけど。途中から帰りたくてしょうがなかったんだけど」
「ある意味一生忘れられないじゃないですか」

大変で、無茶苦茶で、常識破りな卒業式だったけれど、彼ららしい式になったと思う。
坂田先生の心中は穏やかではなかっただろうけど。

「4月になったらまた新しい子が入ってきて、新しい一年が始まって……大変な仕事ですけど、教師になって良かったなって思います」
「真面目だねぇ」
「また一年、よろしくお願いします。といっても、まだ学年団も決まってないですけど」
「大丈夫。俺と遼ちゃんは一緒だから」
「そうなんですか?」
「さあ。でも、学年団違っても一緒に居るから」

「同じ国語科ですからね」と答えると、坂田先生がずっこけた。

「大丈夫ですか?!」
「遼ちゃんも大概ボケだよね。アイツらのせいで忘れてたけど、フルスイングで空振りするタイプだよね」
「何かよくわからないけど、バカにしてます?」
「いやいや褒めてるよ。遼のそういうトコ、すっげー可愛いし、大好き」

揶揄うような笑顔に、一瞬顔が熱くなる。
冗談なら、もっとそれっぽい態度を取って欲しい。
でないと、勘違いしてしまうではないか。
勘違いする前に、いつもみたいにヘラヘラ笑ってほしい。

「狡い」
「何が?」
「坂田先生なんて、万年金欠で、天然パーマで、死んだ魚みたいな目で、足臭いし、下ネタすごいし、スケベだし……」
「え、ちょっと待って、すんごいディスるけど、え?泣いていい?」

いつものように巫山戯た態度を取る坂田先生に、少し笑ってしまう。

「別に、ディスってなんていませんよ。全部本当の事ですから」
「もしかして遼ちゃん、俺のこと嫌い?」
「嫌いなら、隣に居たいなんて思いませんよ」
「へ?」

風が吹いて、私の視界に桜の花弁が舞う。
春が、来た。



きっと、私にも。
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