銀色の時間。

□執着と嫉妬
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それは
私の
ささやかな復讐で


計略



【執着と嫉妬】




すっかり冷めた湯船につかって、遼はぼんやりと浴室の天井を見つめた。
どこもかしこも痛い。
赤く擦れた手首も、身体中の鬱血の跡も、彼を想う気持ちも。
何もかもが、痛い。
せっかく湯船につかったのに、すっかり冷え切ってしまい、遼はシャワーを浴びるために浴槽を出てコックを捻った。

「何だ、まだ入ってたのか」

扉を開けて入ってきた人物に、遼は慌てて体を隠そうとするが、その手を掴まれ口づけられる。

「んっ、ふっ……」
「んっ、ちゅっ、はぁ……」

長い、長い口づけに、意識を失ってしまいそうになりながら、遼は必至で舌を絡め、求めるように体をすり寄せた。

「あんなにやったのに、物足りなかったのか?」

頷くと、また深く口づけられ、遼は状況に身を任せる。
身体中を愛撫され、またとろとろに溶けていく。
休暇の日はこうやって、意識を失うまで愛されるのが常になっていた。
子どもを望む夫婦ならば、当然の営みだろう。

「このまま、一つになれたらいいのに……」

どちらの呟きなのか、室内によく響いた。

「っは、挿れるぞ」
「んっ、あぁっ……気持ちい、いっ!」
「俺もだ」

出しっぱなしのシャワーから降り注ぐ湯の音に混じって、パンパンと響く音があまりにも淫靡で、遼はきつく目を閉じた。
荒い息遣いがますます切羽詰まったものになり、二人の限界が近付く。

「愛してる」

その一言で、遼は短く悲鳴をあげて全身を震わせた。
殆ど間無しに、遼の中が満たされる。

「っ、あ……十四郎さん……んっ」
「んっ、遼」

繋がったまま、深く口づけて、二人は余韻に浸る。
土方が自身を抜くと、収まりきらなかった物がこぽりと溢れた。

「大丈夫か?」
「はい」

上気した頬を更に赤らめて頷く遼に、土方は「もう一回入り直しだな」と、湯船に熱い湯を足す。

「ほら、一緒に入るぞ」

抱き上げて二人で浴槽に入ると、土方は満足そうに遼を抱き寄せた。

「せっかくだから、久しぶりにどこかに出掛けるか?」
「十四郎さんが良ければ」

遼のどちらともつかない回答に、土方は溜息を吐きつつ水面に浮かぶ遼の髪を掬い取る。

「暑くなるし、夏物でも見繕いに行くか。ついでに飯でも食って帰るぞ」
「はい」

頷いた遼の項に軽く口づけると、土方は「先に出る」と言って浴室を後にした。
残された遼は栓を抜いて暫く湯が流れていくのを見つめ、やがて諦めたように浴室を出た。
体を拭き、浴衣を着て部屋に戻ると、外出着に着替えた土方がドライヤー片手に待っている。

「乾かしてやる」
「お願いします」

鏡台の前に座ると、土方は慣れた手つきで遼の髪を乾かし始めた。

「髪伸びたな。どうせなら、ショートにするか」
「その方が、いいですか?」
「ん?」

何故か不安げに見上げてきた遼に、土方は少したじろぐ。


「髪を伸ばしてる理由でもあるのか?」
「あ……いえ、その……」

口篭もる遼に、土方はやや苛ついた様子で「言えよ」と問い詰める。
遼は「子どもっぽくなっちゃうから、似合わないです」と、少し困った顔で笑った。

「何だ、そんな理由か」
「ごめんなさい。普段でも、十四郎さんと歩いていると兄妹に間違えられちゃうから、これ以上子どもっぽくなりたくないなって」
「そうだな」

遼の理由に納得したのか、土方は口元を緩ませる。
そんな土方の様子に胸を撫で下ろしながら、遼は耳の奥で聞こえる彼の声をかき消すように目を閉じた。




『やっぱり遼は長い髪が似合うな』

『遼の髪触るのすっげー好き』




ゆっくりと目を開けると、鏡越しに土方と目が合い、遼は安心したように微笑む。

(もう誰にも渡さない)

張り裂けそうな程に胸が痛み、渋面になるのを堪えながら、遼は土方と会話を続けた。

「よし、乾いたから着替えだな。俺が藍色の着物だから遼はこれだ」

土方は箪笥から自分の着物と同じ色味の着物を出すと、帯や帯締めまで甲斐甲斐しく用意する。

「俺は向こうで煙草吸ってるから、ゆっくり用意してこい」
「はい。ありがとうございます」

土方が出て行った部屋で、遼は浅く息を吐いた。
夫婦となってから、出掛ける際は土方が着物を見繕うようになり、まるで誰かに見せつけるかのようにそろいの物を身につけるようになっている。

「呆けている場合ではないわ。急がないと」

慌ただしく着物を着て、軽く化粧をすると、鑑の前で全身を確認して部屋を出た。
煙草を燻らせていた土方は、遼の姿に満足そうに頷くと、捉まえるように遼の手を握る。
指を絡めた握り方に、遼は「外では恥ずかしいです」と恥じらうが、土方はどこ吹く風で、一層強く握り締めた。

「夫婦なんだから、かまやぁしねぇさ」

耳まで赤くした遼に、土方はたまらず口づける。

「んっ」
「っは、じゃあ行くか」

ますます赤くなる遼に、土方は妖しく笑う。
そうすることで、周囲に、彼に牽制しているつもりだった。

(存分に嫉妬に狂いやがれ)
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