銀色の人。

□【紅の桜の後】
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ゆっくりと、空が赤く染まってゆく。
その景色を、『血の色だ』と言ったのは誰だったのか。
今はもう、思い出せない。













【紅の桜の後】














高杉は、一人船尾で海を見ていた。
来島と武市は辛くも逃げ延びたが、岡田は恐らく……死んだだろう。
今、高杉が自由に動かせる私兵は酷く少ない。

「晋助。計画変更をせざるを得ないでござるよ」
「思ってたより使えなかったな」

紫煙をくゆらせ喉を鳴らす高杉の隣で、河上はサングラスの下で視線を動かす。
まだ一日も経っていないのに、もう何年もの時が流れたような気がする。

「紅桜の暴走…晋助、おぬしは予見していたのではないか?」
「さぁな。ただ…アイツに手を出した時点で、岡田の結末は決まっていただろうよ」

酷く楽しそうに笑う高杉に、河上はひっそりと溜め息を吐いた。

「敵襲ーーっ!!」

突然響いた声に、高杉と河上は声の方を振り向く。

「もしや、桂の仲間が?」
「随分無謀な野郎がいたもんだな」

興味が無いのか、高杉は海の果てを見つめたまま煙管を吸っている。

「その通りでござるな。この船は宇宙海賊春雨の船。そう簡単に落ちまいよ」

高杉の様子に、河上も「自分が出るまでもない」と考えたのか、ヘッドホンから流れる曲に集中した。

「うわぁぁっ!」
「船尾に逃げたぞ!!」
「追えぇっ!」

聞こえてくる悲鳴にも似た声に、高杉は「船尾って言やぁこっちじゃねぇか」と不敵に笑う。

「面倒だが、俺が叩き切ってやるか」

すらりと刀を抜き、高杉は向かって来る気配に集中する。

敵意。本能。
焦燥。困惑。恋情。
悲哀。恐怖。哀惜。憎悪。

様々に入り混じった感情の塊が、真っ直ぐに高杉を目指して向かってくる。
ただそこに、在るべき感情だけが欠落していた。

「殺意無しで、俺に向かって来るか」

高杉を最も高揚させ、生と死を感じさせるあの感情。
それなしで乗り込んできた人物に、高杉は興味を惹かれた。
風に乗って流れて来る血の匂い。
そして、確かな気配に高杉は目を凝らした。
現れたのは、小さな影。
そして…

「見つけた…っ!」

今にも泣き出しそうな叫び声。

「晋助に手出しはさせないでござるよ」

高杉と影の間に、刀を構えた河上が立ち塞がる。
けれど、影はいとも簡単に河上を飛び越えると、高杉に駆けて行く。
高杉は影の正体を見極めると、走り寄ってきたその影を、ぐっと引き寄せる。

「……晋ちゃんっ!」
「遼」

高杉は鞘に収めるのももどかしいと、刀を放り投げるように落とし、はっきりとした輪郭をもって現れた影を…――遼を抱き締めた。
遼は涙のにじんだ目で高杉を見上げると、真一文字に結んだ唇を開く。

「晋ちゃん、の…バカぁっ!」

バシィッ!、と渇いた音が響いた直後、高杉の体がぐらりと傾く。

「なっ!」

驚く河上をよそに、遼は怒り心頭といった様子で怒鳴りつける。

「晋ちゃんのアホーっ!馬鹿ぁっ!晋ちゃんなんか辰馬にモジャモジャ菌感染されちゃえばいいんだぁっ!!」

遼は、高杉の胸ぐらを掴み、更に往復ビンタをかます。

「あれは…痛そうでござるな…」

助ける気はないのか、河上は遠い目をして二人を見ている。

「馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまで馬鹿だとは思わなかったよ!」
「がっ、くっ…遼っ、テメェ…」
「ヅラや銀ちゃんはもっと痛かったんだよ!」
「はっ…そういう事かよ」

切れた唇から流れる血を拭い取りながら、高杉はくつくつと笑う。

「ヅラと銀時の仇討ちか?」
「二人ともまだ死んでない!」
「ああ、そうだな。まだ死んでない」

すうっと目を細めた高杉に、遼は明らかにムッとした顔になる。

「ムカつく。あの騒ぎはどういうつもりなの?
こんな…天人の船にまで乗って」
「知っているだろう?
俺はただ、この世界をぶっ壊したいだけだ」
「晋ちゃん…」
「晋助。殴られた後で言っても迫力ないでござるよ」

いつの間にか側に来ていた河上が、呆れたようにそう言うのを聞いて、遼は少しだけ笑った。

「遼…テメェがやったんだろうが」
「あ、ごめん。でも…ぷっ、あはははは。いつもカッコつけの晋ちゃんが…」

体を曲げて笑う遼に、河上も少しだけ表情を緩めた。
河上が微笑ましい気持ちで遼を見ていると、ふと刺すような視線を感じてそちらを振り返る。

「……万斉…テメェ遼に手ぇ出したら承知しねぇぞ」

高杉にギロリと睨まれて、河上は少し困惑した。
どうやら高杉は自分に嫉妬しているらしい。

「何言ってるの、晋ちゃん?
万斎…さん、私に攻撃してきてないじゃない」

見当外れな事を言う遼に、高杉と河上は唖然とする。

(鈍い…)







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