銀色の人。

□【満月の夜】
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月には魔力があるらしい。








【満月の夜】







深夜、喉の渇きを覚えて目が醒めた遼は、寝間着のまま台所に向かってていた。
ふと空を見上げると、夜空に浮かぶのは無数の星と不思議なくらい真ん丸な月。

「夜なら、天人の船見えないんだ」

遮る物のない空は、故郷や京を思い起こさせて、胸が詰まった。

「約束、守れないかもしれないね」
「約束って何だよ?」
「へ?」

突然声を掛けられ、遼は飛び上がるほど驚き、声の主を探してキョロキョロと辺りを見回す。

「よぉ。こんな時間に何やってんだ?」
「ひっ、土方、副長…」

少し先に、寝間着姿で縁側に腰掛けている土方の姿を見つけ、遼は思わずたじろいだ。

「そんなにビビるなよ」

遼の様子に、土方はくつくつと喉を鳴らして笑うと、床を鳴らして見せる。
意図する事に気づき遼が顔をひきつらせると、土方は口許を歪ませ「こっちに来いよ」と自分の隣を示す。
断る術の無い遼は、恐る恐る土方に近付き、幾分か離れた所に腰を降ろす。

「オイ。何で離れてんだ。もっとこっちに来やがれ」

不機嫌な目に睨まれ、遼は渋々土方の指示に従う。

(な、何この緊張感?)

張りつめたような空気が流れ、遼は思わず息を飲む。

「別に取って喰やぁしねぇよ」
「それは、そうなんですけど…」

なるべく土方の方を見ないようにしながら、遼はそろりと腰の位置をずらす。

「逃げるな」
「ひゃっ」

いきなり肩を掴まれ引き寄せられて、遼は土方の胸に倒れこむ。

「わっ!酒臭っ!!」

思わず鼻を押さえる程強い酒の匂いに、遼は慌てて土方から離れた。

「ちょっ、どれだけ飲んだらこんなに臭くなるんですか!?」
「クセェって連呼すんじゃねぇ」
「いたっ!何もどつかなくても良いじゃないですか!」

デコピンを喰らわされ、遼は思いきり渋面を作り、唇を尖らせて「私一応女の子なんですけど」と小声で不満を漏らす。

「アホか。その前にお前は真選組の隊士で、俺の補佐見習いだろうが」

土方は横目でチラと遼を見ると、くいと盃を傾けた。
遼は土方の言葉と視線にドキリとしながらも、土方の手から盃を奪い取る。

「明日も仕事でしょう?飲みすぎは良くありませんって」
「あのなぁ、お前は俺の……」

突然黙りこみ、顔を背けてしまった土方に、遼は首を傾げて「副長の何ですか?」と尋ねるが、
土方は煙草を取り出し黙殺する。

「言いかけて止めないでくださいよ。もう」

遼が些か大袈裟に溜め息を吐くと、土方は遼から盃を奪い、それになみなみと酒を注いだ。

「お前も呑め」
「は!?私未成年ですよ!」
「何だと。上司(オレ)の酒が呑めねぇのか?」

完全に据わった目で睨まれ、遼は躊躇いがちに盃を受け取る。

「うぅっ、これめちゃくちゃアルコール度高いんじゃ…」

少し嗅いだだけで、鼻の奥が痛くなり、遼は半泣きで土方を見やる。

「ま、35度ってトコだな」
「バっ!」

思わず「馬鹿じゃないの」と叫びそうになっるが、土方に睨まれ、ぐっと言葉を飲む。

「わかりました。呑みますよ。けど、どうなるか知りませんからね」
「何だよ、酒呑んだことねぇのか。置屋に勤めてたんだろ?」
「そうですけど…私はお座敷には上がりませんでしたし、姐さん達の護衛と勘定方が基本的な仕事でしたから…」
「通りで色気がねぇわけだな」
「あ、セクハラ」
「馬鹿な事言ってねぇでさっさと呑め」

再びデコピンを喰らわされ、遼は渋々杯に口をつけ、一気にそれを流し込んだ。

「ばっ!」
「ふあっ!ケホっ、ケホっ」

喉が焼けるように熱くなり、遼は体を折ってむせる。

「一気に飲む奴があるか。ゆっくり呼吸してみろ」

土方は遼の背中を優しく擦りながら、自分でも驚く程穏やかな気持になっていることに気付き、苦虫を噛み潰したような表情になる。

(馬鹿馬鹿しい…今日の俺はどうかしてる)

込み上げてくる感情にそっと蓋をして、むせる遼から手を離した。

「ケフッ、あー死ぬかと思った」

遼は目尻に溜った涙を拭い、キッと土方を睨みつける。

「一気に飲むなとかってアドバイスは、飲む前にしてください!」
「度数が高いつっただろうが。自業自得だよ」
「はぁっ?何ソレ、責任転嫁ですよ…っ!」

頭に血が上ったせいか、酔いが全身に回り、遼はぐらりと傾く。

「危ねっ!」

慌てた土方は遼の腕を引っ張り腕の中に収める。

「お前、弱すぎだぞ」
「ううっ…何かすごい体がアツイ」

体を纏う寝間着がうっとうしく感じるほどに火照る体に、遼は渋面を作る。

「あつ…」
「はぁ…ちょっと待ってろ。水持って来てやる」

若干悪気があるのか、土方が水を取りに立ち上がろうとすると、着物の袖をくいと引かれた。

「行か、ないで」

荒い息のもと、涙目でそう訴えられて、土方は動きを止めた。

(何だこの状況は?!)

ポーカーフェイスを気取っているが、内心心臓が飛び出しそうなほど動揺している土方は、完全に硬直する。

「行かないで………晋ちゃん」
「え?」

かすれた声で遼が呼んだ名前に、土方はぴくりと震えた。

「私を一人にしないで…」
「オイ。神武…」

ぎゅうっと土方の着物の袖を掴み、母を乞う幼子のように見上げてくる遼に、土方は言葉を失う。

「…あれ?」

唐突に目が据わり、眉間に皺を寄せた遼は、睨みつけるように土方を見上げた。

「土方さん?
こんな所で何やってるんです?」
「は?」

予想もしていなかった問いに、土方は唖然として遼の顔をまじまじと見る。

「だーかーらぁ、仕事しなくちゃらめらって…あえ?土方さんれすよね?」
「神武、お前…完全に酔ってるな」
「酔ってまへんよ〜あはは、土方さん可愛い〜」




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