銀色の人。

□【大切な人を失った】
1ページ/4ページ

子どもの頃は、世界はもっと単純で、希望に満ち溢れていた。
だから未来は……今より幸せなんだと信じていた。









【大切な人を失った】


 
 




足音だけがやけに響く病院の廊下で一人、遼は佇んだ。
目の前には、目が痛くなるほど真っ白な一枚の扉。

「やっぱり止めよう」

嘆息した遼は屋上で一息つこうと、部屋を離れた。
あの部屋の中には、沖田や近藤がいる筈だ。
けれど遼には、そこに立ち入る権利も掛ける言葉もない。

「会ってみたかったなぁ…ミツバさんに」

病で命を落としたという総悟の姉。
いつだったか、近藤が美人で聡明な人だと言っていた。
そして、土方と想い合っていたのだと。

「ミツバさんはずっと…土方さんだけを想ってたのかな」

誰か一人を想い続けるなんて、自分には到底無理だろう。
想いが叶わない苦しみも、想い続ける虚しさも知っている。
だからきっと、ミツバのようには生きられない。

「優しい人なんだなぁ…」

愛した人と添い遂げる事は出来なかったけれど、ミツバはきっと幸せだった。
愛することも、愛されることも知っていたのだから。
そんなミツバを、遼は心底羨ましいと思う。
屋上へ出る扉の前に立った遼は、少し沈んだ面持ちで扉をそっと開く。

(話し声がする)

視界が開けるほど扉を開けると、此方に向かって来る銀時と目が合った。

「銀ちゃん…と、土方さん」

少し体をずらせた銀時の向こうに座りこんでいる土方の姿を捉え、遼はどうしたものかと銀時を見上げる。

「よぉ。いつ帰って来たんだ?」
「ついさっき。屯所で、皆が病院に居るって聞いて……でも、銀ちゃんが何でここに?」
「詳しい話は後でな」

銀時は遼の疑問に気付きながら、そしらぬ顔ではぐらかす。
こうなっては、答えを聞くのは無理だと悟った遼は、諦めて土方に近付いた。
扉を開けた時から、土方が泣いている事には気付いていたが、遼はずかずかと土方に近付くと、項垂れた背中に声を掛ける。

「男が泣いて良いのは財布を無くした時と両親が死んだ時だけなんだって、とう様が言ってました」

遼の言葉に、僅かに土方の肩が震えた。

「一番辛いのも悲しいのも、あなたじゃないのに。そういうの、只の自己満足ですよ」

辛辣な言葉を投げつけた遼は、土方の持つ激辛煎餅に目をやると、ただ一言「ずるい人」と淡々とした声で告げる。
二人のやりとりを聞いていた銀時は何とも言えぬ顔で苦笑した。

「手厳しいな」
「私は相手が銀ちゃんでも、同じ事言ったよ」
「だろうな。お前は……」

土方が今向き合っている感情の重さも苦しみも、遼はとっくに経験している。
大切な人が居なくなるのを見送ることすら出来ず、心ごと封印してしまう。
そうして全て、砕け散ってしまった。

「と言うわけで、土方さん。その涙と鼻水引っ込んで、沖田さんの前でいつもみたいにマヨネーズすすれるようになるまで、屯所帰って来ちゃダメですから。私判断でダメだと思ったら放り出しますから」

早口でまくしたてた遼は、さっと踵を返し、銀時の腕を取った。

「行こう。銀ちゃん」
「おわっ!急に引っ張るなって!」

半ば引きずられるようにして屋上を後にする銀時は、最後に視界に入った土方の背中に苦笑する。

(遼の力は偉大って事か)

恐らく土方はそう時間を置かずして立ち直るだろう。
そして、気付く筈だ。
唇を引き結んで、泣きだしそうな表情で叱咤した遼が、土方にとってどんな存在であるのかを。

「ホント、うかうかしてらんねぇなぁ」
「?」
「こっちの話だ」

立ち止まった遼の頭を些か乱暴に撫でる。

「狡いよ。土方さんは欲しいもの全部持ってたのに、格好つけて、全部捨てて、後悔して……なのに、泣くのも我慢して」

両親を失った時、仲間が散り散りになってしまった時に遼が欲しくて堪らなかったものを、土方は全て持っていた。それなのに、格好つけて使わなかった。

「なんて、八つ当たりもいいとこだね…」
「ま、仕方ねぇだろ。遼にしてみりゃ多串くんは恵まれてるからな」
「…後で謝ろう」

自分を客観的に見て、反省すべき点を見逃さないのは、遼の美徳だ。

「パフェでも食いに行くか」
「へ?」
「お前が居なかった間の話をしてやるよ」

黙って頷いた遼の手を取って、銀時は足取り軽やかに病院を後にした。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ