銀色の人。

□【過去との再会】
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冷たい空気が肺に満たされると同時に、遼の意識が上昇した。
目を開けると、暗闇の中に冷たい石畳が見える。
まるで世界の終わりのようだ、と遼は思った。
暗闇で目が覚めるといつもそう思う。
理由はわからないけれど。
そう考えながら、ゆっくりと身を起こした。

「そうか。捕まったんだった」

自分の置かれている状況を思い出した遼は、足首につけられた鎖を見て自嘲する。

「間抜けだね」









【過去との再会】









屯所内に、近藤の走る音が響き渡る。
向かう先は副長室だ。

「トシ!」
「何だよ近藤さん。朝から騒がし……」
「お前、コレ!」

慌てた様子の近藤が取り出したのは、一枚の手紙。

「退職願い?誰のだ」
「トシも知らなかったのか?」
「は?」
「遼ちゃんだよ!!」

土方は近藤から手紙を奪い取ると、中身を確認する。
怒りからか、指先が少し震えていた。
内容はごく一般的な退職願いの一文と、迷惑を掛ける事を謝罪するものだった。

「隊服も置いてあって、姿が見えないんだよ。トシ、何か知らないか?」
「……退職願いが有るんだから、そういう事なんだろ」
「でも、黙って出て行くなんてそんな事!」
「そういう奴だったって事だろ」

煙草を取り出し吸い始めた土方に、近藤はますます慌てる。

「でもトシも読んだだろ、最後のこれ「私が真選組にいた事実は抹消して下さい」って、何でこんな……」
「ここに居るのが嫌になったんだろ」
「トシ、お前……」

近藤と違い理知的な分、土方は何かと行動に理由をつける。
そうして決断し、時に逃げるのだ。
誰よりも情に厚く、誰よりも傷付く事を恐れている。

「……探しに行くぞ」
「は?」
「だから、遼ちゃんを探しに行くぞ」

そんな時に、憶せず立ち向かうのは、昔から近藤や沖田の役目だ。

「トシ。俺はこんな紙切れ一枚じゃあ納得出来ない。遼ちゃんを見つけて理由を聞いてくるから」

にっ、と笑った近藤は、土方の手から退職願いを取り上げて部屋を出て行く。

「待てよ近藤さん!」

追いかけようとして、ほんの一瞬理性が勝つ。
追いかけてどうするのか?
見つけて、どうするのか……?

「俺が動く必要なんてねぇだろ」

ポトリ、と煙草の灰が落ち、畳を焦がす。

『もうっ、ちゃんと灰皿使って下さいよ!畳一枚換えるのだって経費なんですよ!』

いつの間にか、声を思い出せるようになっていたんだと、自嘲した。

「近藤さんを追いかけるか」

灰皿に煙草を押し付けて立ち上がる。
迷いが無いと言えば嘘になるが、躊躇いはもう無い。
部屋を出ようとした所で、駆けてくる足音に気付いてそちらを向くと、沖田がいた。

「土方さん、遼が!」
「ああ、探しに行くぞ。近藤さんは先に出た」

土方がそう告げると、沖田は僅かに驚いた顔をする。
いつもと何かがちがう。
そして、その違いは沖田にとって好ましくも憎らしくもあるものだ、と。

「らしくねぇ事すると、フラグが立ちますぜィ」
「あ?」
「わかんねぇなら、構いやせん。それよりも、遼の行き先にアテはあるんですかィ?」
「……不本意だが、まずはアイツらだろうな」

土方が苦々しく呟くと、沖田は早速携帯電話を取り出して連絡する。
何コール目かで、酷く不機嫌な声が電話をとった。

『はいもしもし、万事屋ですけど』
「旦那、沖田です」
『んだよ、朝からイタズラ電話じゃねーか』
「遼が消えました」

端的に伝えると、電話の向こうで息を飲む音が聞こえる。

「旦那も心当たりがねぇみたいですね」
『つーか、消えたってどういう事だ?』
「言葉のままの……っあ」
「退職願だけ置いて姿が見えねぇ」

沖田から電話を奪い取った土方がそう告げた。

『行き先に心当たりが無いわけじゃない。確認して折り返す』
「あっ、おい!
くそっ、切りやがった」
「土方さん、旦那は何て?」
「折り返すとよ。アイツは何か知ってるらしい」

苛立たしげな様子の土方に、沖田は少し考えこむと「俺もアテがあるんで、行ってみます」と呟く。

「アテ?」
「わかったら連絡します」

飛び出した沖田を止めることが出来ず、伸ばした土方の手が虚しく空を切る。

「ったくどいつもこいつも……!」

苛立つ理由は、誰もが勝手に動くからだけでは無い。
銀時も沖田も遼の失踪に焦り、そして、彼女の行き先にアテがある。つまりは、それなりの思い出があるという事だ。

「何を考えてるんだ、俺は」

去来した感情は間違いなく嫉妬で、抗えなくなっている自分が居ることに気付いてしまう。
見つけたい。誰より先に。
誰にも、渡したくない。
 

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