銀色の時間。

□行方不明の片想い
2ページ/3ページ

「遼先生」

名前を呼ばれて振り返る。

「どうしたの?神楽さん」

私を呼び止めたのは、古典を担当している3Zの神楽さんだった。
留学生の彼女は国語が苦手なようで、時々補習を見ている。
そんなこともあり、かなり懐いてくれている生徒の一人だ。

「銀八先生が呼んでたアル。3Zの教室に来て欲しいって」
「わざわざ有難う。はいこれ」

ポケットに入れていた飴を渡すと、神楽さんはやったー!と、スキップしながら去って行く。
その姿を見送って、私は3Zの教室へ急いだ。
神楽さんを遣いにして呼び出すくらいなのだから、恐らく急ぎだろう。
授業のことか、クラスのことか……この間のテストの採点方法のことか、思い当たるのは幾つかあるが。

「すみません坂田先生、遅くなりました」

3Zの扉を開けると、窓際で煙草を燻らせる坂田先生が、気怠げに振り返った。

「おー。呼び出して悪いな」
「いえ。お急ぎの用事ですか?」
「卒業式の話なんだけどよォ、俺の代わりにあいつらに証書渡してくんない?」
「何を言い出すかと思ったら……」

呆れて溜息をつくと、坂田先生はニヤニヤと笑う。

「で、本当のご用事は?」
「遼ちゃんさァ、来年はどうすんの?」
「来年ですか?」
「そ。銀魂高校に残るのか、別の学校に行くのか。そろそろ決めたんだろ?」
「……都立の採用試験は受かったんです。でも正直、迷ってます」
「何だ、銀さんと離れるのが寂しいのか〜?」

意地悪く聞いてくる坂田先生に、イラッとする。
「そうです」なんて答えたら、困るくせに。
腹が立つ。
だからほんの少しの意地悪のつもりで話に乗ってみる。

「そうなんです。坂田先生と離れたくないので、銀魂高校に残りたいなって思っていて」
「へ?」

煙草が落ちた。
ああ、何て間抜けな顔なんだろう。
というか、何でこの人が好きなんだっけ?

「冗談ですよ。煙草、ちゃんと捨てないと危ないですよ」

呆然とする坂田先生をよそに、私は余裕綽々煙草を拾い、窓際に置いてあるポケット灰皿に吸い殻を捨てた。

「いつまで間抜けな顔してるんですか?」
「え、あ、いや……」
「動揺し過ぎですよ。坂田先生」

坂田先生の反応が、嬉しいような、むず痒いような……

「遼」

そんなことを考えていたら、突然呼び捨てで名前を呼ばれた。
いつもは「神武先生」とか「遼ちゃん」って呼ぶくせに。
目が合って、瞬間的にマズいと感じた。
この先は、シリアス展開だ。
どうしようかとドキドキしていると、『ピンポンパンポーン』と間抜けなチャイムが鳴った。
ゴホンという咳払いがして、教頭がしゃべり出す。

『えー、坂田先生、坂田先生、至急職員室に帰ってくるように。至急っつったらスグって事だぞ。わかってんだろーな』

ガシャンと音がして校内放送が終わる。

「さ、坂田先生、呼ばれてますよ」
「ん?ほっときゃいーって。んな事より遼……」

言いかけた坂田先生を遮るように、また『ピンポンパンポーン』とチャイムが鳴った。
今度は『あー、あー、テストテスト、マイクのテスト中』というハタ校長の声が流れる。

『あー、坂田先生、坂田先生、至急職員室に帰ってくるように。え?さっき教頭が言った?』

間抜けな声の後『ピンポンパンポーン』と、放送を終えるチャイムが流れた。

「呼ばれてますよ」
「ほっとけ。なぁ、遼」

二度あることは三度ある。
『ピンポンパンポーン』というチャイムが鳴ると、今度は坂本先生の声が流れた。

『金八、至急職員室に来るように言われとるぞ。え?もう放送した?あはははは』

坂本先生の声が終わるか終わらないかの内に、また『ピンポンパンポーン』が鳴る。

『えー、あー……あれ、何て言うんだっけ?』

マイクが切れた。
最後のは服部先生の声だったな。
何て考えていたら、坂田先生がインターホンを取ってがなり始めた。

「オメーらしつけーんだよ!何回呼べば気が済むんだ!?こちとら良い雰囲気だってのに、邪魔すんじゃねーよ!」

ガチャンッ!
そんなに叩きつけるように置いたら壊れるんじゃないか。

「ったく、アイツらいい加減にしろよ!」

『ピンポンパンポーン』
また鳴った。

『おい銀の字、インターホン壊したら弁償だそうだ。覚悟しとけよ』
『あはははは』

源外先生の声の後、坂本先生の笑い声が響く。
どんな放送の使い方だ。
外にも聞こえるのに。
また銀魂高校の評判が偏っていくではないか。
そんな事をぼんやり考えていたら、坂田先生がすぐ傍に来ていた。

「もうあいつらは知らねー。折角のいい雰囲気壊してくれやがって」
「げ」
「もーちょい色気の有る声出せねーのか?」
「ぐえ」

目の前に坂田先生の顔があったせいで、ますます変な声が出た。
心臓に悪いから、あまり近づかないでほしい。

「さ、坂田先生?」
「ん?」
「離れて頂けますか」
「何で?」
「た、煙草くさいから」

あ。イラッとしてる。
いやだって、突然近付いてこられたら、どう反応していいか分からない。
すごく逃げたい。
喉がカラカラに渇いて声が出ない。
これ以上傍に来ないでほしいのに、坂田先生の腕が私に伸ばされて……

「うおっ!何で泣くんだよ」
「え?」

涙が溢れていた。
慌てて目元に手をやるが、次から次に涙が流れて収まらない。

「す、すみませ……っ、何か」

止めようと思えば思うほど涙が溢れて、頭が混乱する。
坂田先生が近付いて来たのは……嫌じゃなかった。

「遼、大丈夫か?」

来ないで欲しい。
いや、来て欲しいのかもしれない。

「も、やだ……」

全部坂田先生が悪いんだ。
私の事なんか覚えてないくせに、私をおちょくって。
私が片想いしてるなんて知らないだろうし、教える気なんてないけど、涙の理由は全部坂田先生だ。

「坂田先生なんて、リターンズのオマケ栞が高杉くんの裏で白黒だったくせにぃ」
「いやいやフォエバーでは、表紙・裏表紙・ピンナップまで全部カラーの俺だから!」
「10年前の坂田先生に会いたかった……」

10年前の姿は目元もキリッとしていて、もうちょっと格好いい感じで描かれてたのに。
学ランかっこ良かったな。
今じゃ眉毛もぼさぼさしてるし、何か口元もだらしない。
そもそも国語担当なのに白衣って何なんだ。

「……遼ちゃん何か今、すっげー失礼な事考えてね?」
「そうしないと、また泣きそうなんです」
「じゃあさ、こうしたら泣きやめるんじゃね?」
「は?」

抱き寄せられて、腕の中。
腕の、中?
見上げると、超近距離に坂田先生の顔。

「お。止まったじゃん」

パッと手を離され、我に返る。
今、何が起こった?
動け、思考!
と、自分に活を入れていると、またしても『ピンポンパンポーン』と放送を告げる音が鳴る。
ゴホン、という咳払いの後に松平先生の声が響いた。

『坂田先生、神武先生とイチャついてないで早く職員室に帰って来いってば』
『金八、女の子ば泣かすのは良くないぜよ』
『お前さぁ、時と場所を考えろよ』
『坂田先生、給料20%引きな』

『ピンポンパンポーン』

「……」
「…………また監視カメラかよ!小説版一巻一話の内容なんて、もう覚えてる奴いねーだろ!!」

坂田先生が黒板を殴りつけると、衝撃で「糖分」と書かれた額が落ち、監視カメラが姿を現す。
監視カメラなんて仕掛けてあったのか。
まあ、普段から素行が悪いからな。このクラス。
一度に色々あり過ぎて、いよいよ笑えてきた。
これぞ3Z。

「はーっ、何かバカバカしくなっちゃった」
「何がバカだって?」
「坂田先生の事じゃないですよ。私の気持ちとか、思い出とか、青春の1ページについてです」
「ふぅん。ま、泣き止んで良かったよ」

ポンと頭を叩かれ苦笑する。
やっぱり坂田先生とは、こういう関係でいたい。

「坂田先生、色々変な事言ってすみませんでした。それから……来年度も宜しくお願いします」

私の片想いは、もう少し続く。
坂田先生がこうやって、隣で笑ってくれる限り。







おわり



→オマケ
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ